豹変
「あのパーティー以来、公爵は連日ジェニファーの屋敷へ通っているそうですが……ご存知ではなかったのですね」
「……ええ、まぁ」
初めて聞く話につい動揺してしまったが、気付かれないよう目を逸らした。ダンは特に気にするでもなく、話を続ける。
「あの一件で心が荒んでしまったジェニファーに、何度も謝罪に伺っているそうです。元はと言えば、彼女の勘違いと皇女様への無礼が原因なのですから、公爵が謝罪をするのは妙だと私は思います。ですが、世間的にはなぜか彼女を擁護する声が多いのだとか……」
何やら納得のできない様子で息を吐く彼は、そもそもの発端が自分であるとは露ほども思っていないようだ。
「わざわざ貴女に隠れるみたいに謝罪に行く点も気になりますね……婚約者に黙って女性に会いに行くなど、あらぬ疑いをかけられても仕方ありません」
「その疑いというのは……今日の私たちのような?」
「フッ……ええ、私たちのように、公爵もあの日を境にジェニファーと良い仲なのかもしれませんね」
飲み物を口に含みながら私の反応を窺う、ダンの瞳に気が付いた。
「ジェニファーは惚れっぽいところがありますから、あの日助けてくれた公爵のことを感謝以上の気持ちで想っていてもおかしくありません。公爵も彼女の屋敷に通っているところを考えると、彼女の想いを受け入れたという可能性は高いでしょう……」
「……ええ、確かにそうですわね」
どんな反応を期待しているのか、ダンは自身の手を私の手に重ねてくる。
「酷い男だ……こんなに素晴らしい婚約者がいながら、他の女性にうつつを抜かすだなんて」
艶めかしく手を撫でられ、反射的に振り払おうとしてしまう。しかしグッと堪え、逆に手を握り返すと、彼はその瞳を大きく見開いた。
「あの人のことなど、どうでもいいですわ」
「……どうでもいい?」
「私は誰かの物になったつもりはありません。例え婚約者であっても、私の行動や心を制限することは私の尊厳を犯すも同意……そしてそれは、あの人に対しても同じこと。婚約者が誰とどうなっていても、私には関係のない話です」
アダルヘルムが誰を愛そうと、知ったことではない。私は私のたった一人に恋をして、その彼と約束したことだけを頼りに生きてきた。恋する人を失い、さらにはその殺した男に人生すら奪われるなど、あってはならないことだ。
あの人から解放され、自由になるためなら、私は自身を偽ってでも遊び人の男に媚びてみせる。
ダンの揺さぶりらしきものに、平気な顔をして笑ってみせる。すると、彼は満更でもなさそうに咳払いをして、改めて私に熱い視線を送る。
「それなら、皇女様も酷い婚約者のことなど忘れて、私と楽しむべきですよ」
「勿論。そのつもりで今日は貴方に会い来たんですもの。……それに、元からあの人のことなんて考えていませんわ」
「それはよかった……なんだか、貴女の心が私以外に向いているような気がして、少し勘ぐってしまいました。貴女が私と同じ気持ちかどうか、確かめたくなってしまった私が愚かでしたね」
「案外と不安症なところもおありなのね」
結局なにを試されたのかはよく分からないまま、恥ずかしがるダンを揶揄う。彼は私の手を両手でさらに強く握り、再び外見や内面を褒めはじめた。何度も褒められたのに、今更また褒めるだなんて妙な人だと思いつつも、私は彼との会話を楽しむフリをした。
暫くして、外を歩く民たちの視線が突き刺さるのにも飽きてきた頃、ダンはカフェを出ることを促してきた。もう十分に不貞の様子は見せつけたから、と私はそれに頷き、彼と共に席を立つ。
そのまま帰るのかと思い、カフェを出て帰りの馬車が待機している道へ向かおうとしたら、彼に引き止められる。
「皇女様、少しこちらへよろしいですか? どうしても伝えたいことがありまして」
ひと気のない路地裏を指さすダンに、まだ何か話があるのかと思った私は、構いませんわ、と大人しくついて行った。狭い路地裏を抜けると、建物裏の壁しかない空間に二人きりになる。
「伝えたいこととは何かしら?」
ダンの腕から離れ、正面から向き合う。彼は穏やかな笑みを浮かべたまま、私の腰に腕を回した。
「……私を試しているのですか、皇女様?」
至近距離に顔を近付けられ、身体が強ばる。
「いや……先ほど私が貴女を試すような真似をしたから、怒っているのですね? だから、飢えた男の欲望も無視して家路につこうなどとお考えになる」
「ダン様? いったい何の話を――」
言葉の意味が理解できず問いかけようとすると、腰に回された彼の腕は、私を勢いよく壁に押しつけた。
「男心を弄ぶようなことをして……悪いお人だ」
そう虚ろに呟いたダンは、獲物を狙う獣の眼をして、強い力で私を抱きしめた。全身に鳥肌を立たせ硬直する私に、彼は耳元で囁く。
「貴女の一日を私にくださる、と仰ったではありませんか……私と共に楽しむことにも同意してくださいましたよね……? それなのに、こんな焦らすような仕打ちはあんまりではありませんか……皇女様?」
「ダ、ダン……様……?」
絞り出すように名を吐いたら、彼の腕は一層力を強める。
「私が我慢強い男ではないことを、貴女はもうご存知なんでしょう? だから、私の眼差しに応えてくれた……。嬉しかったんですよ、貴女が私と同じ欲望を抱えた人だと理解できて……」
唇が震えるのを必死に隠し、彼の言葉の意味を考える。そうすると、少し体を離した彼は、私の頬を撫でながら告げた。
「淫らな欲を抱えた者同士、ちゃんと楽しまなくてはなりませんよね」
その言葉で、私はようやく自身の愚かさに気が付いたのだ。




