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最低最悪の悪女を演じたら別れてくれますか?  作者: 鈴木涼


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初めてのデート

 ダンとの手紙のやりとりを続けていると、数日でデートの誘いがきた。もちろん誘いを受けた私は、約束の日、アダルヘルムのいない間に一人で都を訪れた。側仕えは馬車に待機させ、新しいドレスを身に纏い待ち合わせ場所に向かうと、髪をイジるダンの姿が視界に映る。彼は私が声をかける前に、こちらに気が付いた。


「あぁ……会いたかったです、美しき人……」

 愛しい者を見つめるように頬を赤らめるダンは、挨拶として私の手の甲に口付けた。手袋をしていてよかった、と私は密かに息を呑む。


「そんな他人行儀な呼び方は寂しいですね」

「では、皇女様と」

「私はもう皇女ではありませんよ」

「ですが、貴女が皇女であったという歴史は揺るがないのでは?」

「……覚えていたのですね。嬉しいわ」

 微笑む私に、彼もまた笑みを返してくる。


「はぁ……今日の貴女もとても美しい……真紅のドレスは貴女の特徴を一層輝かせる……まるで情熱の女神のようだ」

「上手いことを仰いますね。でも、貴女の瞳は正直ですわ」

「これは恥ずかしい……。皇女様の優美な姿に、つい見惚れてしまったようです」


 褒めながら、視線が私の胸元に向いていることは一目瞭然だった。そのことをさり気なく指摘すると、悪びれもなく照れ笑いを浮かべられる。その素直な反応で、彼が確かに女性を勘違いさせる性質なのだと納得できた。


 彼――ダン・バルテンは、バルテン伯爵家の三男坊。女性好きで浮気を繰り返す父親とよく似ており、常に女性関係の噂が絶えないらしい。跡を継ぐ必要のない末っ子として甘やかされたせいか、女性を振ることに躊躇もないと聞いた。

 本来の私なら毛嫌いするタイプの人物だが、悪名高い彼と不貞行為に及ぶことは、悪女としての評判を上げるには打ってつけだ。


 サミエルに頼んで調べてもらったダンの情報を脳内で復習しながら、彼と甘すぎる会話を続ける。暫くして、再会の挨拶にしては長すぎる彼の褒め言葉が落ち着いた。

「皇女様、ここに来てくれたということは、貴女の一日を私にくださるということで間違いないでしょうか?」

 許可なく髪に触れてくる彼は、確認するように問いかける。


「ええ、勿論ですわ。貴方に会うためだけに、ここまでやって来たんですもの」

「なんと……これほどまでに幸福な日を、私は知りません……」

 まるで歌劇でも始めるみたいに、大袈裟に胸を押さえる彼は、そのまま格好つけて膝をつく。


「それでは今日一日、私が皇女様をエスコートするのをお許しくださいませんか。気高く美しい貴女を退屈させる婚約者のことなど、忘れさせてみせましょう」

 地面に膝をつくダンはそう言って、私に手を差し伸べる。私は彼のエスコートに応じる形で、その手を取った。


 並んで腕を組み、都を堂々と闊歩する。すれ違う民は私たちのことをヒソヒソと眺めていた。

「皆、皇女様の美しさに見惚れていますね」

「……そうかしら」

 世辞にもほどがある言葉に、乾いた笑いが漏れる。さすがに、この冷たい視線が異端である私への軽蔑を含むものであることは明白だった。しかしダンは、そうですよ、と前向きに私を慰める。


「皇女様は珍しい容姿をしておいでですから、皆の目を惹くのでしょう」

「それだけとは思えませんが」

「いいえ、それだけです。貴女はもっと自分に自信を持つべきですね……現に私が、貴女に惹かれているのですから」


 無理やり言い聞かせてくる彼は、周りの目など気にしない態度で私に微笑みかけてくる。そんな様子が、女性の落とし方を的確に心得ているのだと窺えた。少し前の私なら、彼の言葉を純粋に受け止めていただろう。なんていい人なんだ、とすぐさま心を許したかもしれない。

 しかし、今の私にそのやり方は通じない。


「ダン様ったら、人を喜ばせるのが本当にお上手ね。いったいどれほどの女性と浮名を流してきたのかしら?」

「皇女様には敵いませんね……」

 揶揄ってみると、彼はまた照れくさそうに頬を搔いた。


 そんな彼のエスコートで辿り着いたのは、落ち着いた雰囲気のカフェだった。貴婦人たちが穏やかに会話を楽しむテラス席を指定し、優雅なティータイムを過ごしはじめる。

「高貴な貴女が、個室でなくてよろしいのですか?」

 不思議そうに問いかけてくるダンへ、私は微笑みを絶やさず頷いた。


「外の空気を吸いながらの紅茶は格別ですもの」

 適当な理由を告げると、彼は少し黙って「確かに」と共感する。本当は、堂々と浮気している様を民に見せつけたいだけなのだが、彼が私の意図に気付く様子はなさそうだ。

 きっと、純粋に私の好みなのだと感じたはずだ。


「そういえば、ジェニファーさんとはきちんと話せましたか?」

 注文した飲み物がそれぞれに届いたとき、思い出したように聞いてみる。彼は何度か瞼を瞬かせると、小さく笑みをこぼして返答する。


「話すもなにも、彼女の言い分は自分に都合の良いものばかりでしたから」

「まぁ……もしかして、放ったらかし? 優しそうに見えて、案外酷い人なんですね」

「誤解ですよ。確かに彼女とは関係を持っていましたが、それだけです。恋人になることを仄めかしたことは一度もありません」


 真摯な物言いに、慣れた言い訳だと感心していたら、それに……と彼の口からあの男の名が吐き出された。

「貴女の婚約者、アッヘンヴァル公爵の方が、私より彼女とお会いしているようですから」

「……アダルヘルムが?」

 思わずティーカップを持とうとした手を止める。

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