良くない視線
王家主催のパーティーに出席することが決まり、頼んでいたマダムミラーのパーティー用ドレスが数点届いた。まだ注文してからひと月も経っていないというのに、パーティーの話を聞き付けて急いで仕上げたのだろう。出来栄えを確認するも、完璧なまでに私が希望した通りのドレスだった。
赤や金の派手な色の生地に、大きく開いた胸元、体の線を強調させるマーメイドライン、そして歩けば素足が覗くよう切れ目が入ったスカート。
どこか美しくありながらも、社交界では下品と称される、悪女らしいドレスが完成していた。
マダムミラーに感心しつつ、ドレスを自身の体に重ねてみる。貧相な体には不釣り合いだけれど、姿勢を正して濃いメイクを施せば様になりそうだ。
来る日を想像しながら、私は計画を練った。
そして当日、夕日が沈んだ頃、私は新しいドレスを着て部屋を出た。側仕えたちは下を向き、すれ違う使用人たちの好奇の視線が突き刺さる。
アダルヘルムの待つ玄関まで行くと、サミエルが先に出迎えた。
「……ナサリー様、よろしければこれを」
ふわふわと暖かそうな毛皮のストールをサミエルから差し出され、ありがとうと受け取る。きっと、マダムミラーとのやりとりの際、薄着のドレスばかりを頼んでいたことを覚えていたのだろう。
ストールを肩にかけた私は、礼服に身を包んだアダルヘルムと対面し、愛想よく挨拶した。
「お待たせしました、アダルヘルム様」
「…………あぁ」
私のドレスをチラリと見た彼は、珍しく眉をひそめる。
「その格好は……」
「マダムミラーに依頼していたパーティー用ドレスです。何点か届いたので着てみました」
どうですか? と回転してみせる。彼は酷く複雑そうに顔を背けると、返事もせず私の手を取った。
早足で馬車までエスコートし、乗り込むと彼の鋭い視線が向けられる。初めて彼を不愉快にできた気がして、気分がよくなった私は笑みを浮かべる。
「この格好に何か問題でも?」
「……いや、そういうわけではない」
意地悪心で問いかけてみたが、否定したアダルヘルムはわざとらしく目を逸らし、そのまま黙り込んだ。
黙り込む彼と気分よく馬車に揺られた私は、王城の舞踏会場にたどり着く。都の外れにある公爵家の屋敷から、王城はそう遠くない。まだ人が少ないかと思っていたが、いざ舞踏会場へ足を踏み入れると、すでに多くの貴族が集まっていた。
王家主催のパーティーが年に数度もないことから、皆気合いが入っているのだと周囲の話し声から理解する。
まだ王族の現れない会場内で、人々の視線は、アダルヘルムと私に集中していた。純粋そうな若い女性たちは、強面でありながらも端正な顔立ちのアダルヘルムに見惚れる。傍若無人という噂があるせいか、やはり多くの人が彼を恐怖視していたが、噂に疎く幼い令嬢たちは彼の男らしい美貌にうっとりとしていた。信じられない、という気持ちで私は隣にいる彼を睨んだ。
「……今まで気付きませんでしたが、貴方って顔だけはいいんですね。令嬢たちが貴方を見ていますよ」
「……君こそ、男の視線を釘付けにしている」
どうせなら私でなく彼女たちと結婚してくれないものか、と嫌味を込めて褒めたのだが、彼もまた褒め返してきた。その言葉に促されるように周囲を見回すと、確かに男性たちの獣のような瞳は、私の身体を舐め回すように見つめていた。
「……君のその格好は男を魅了する。気を付けろ」
「ええ、そうします」
狙い通りの展開なのでまったく気を付けるつもりはないが、愛想笑いで頷いておく。アダルヘルムは不満そうに周囲を睨み、私を見る男性たちを追い払った。
しかしそれにも屈しない一人の男性と目が合って、私は微笑みで返す。それに気付いたのか、アダルヘルムの手が私の腰に回された。私を引き寄せる力はとても強い。
かつてないほど分かりやすく不満を浮かべる彼に、手応えを感じた。
暫くして、派手な音楽と共に王族の入場が知らされる。招待客の中で一番に身分の高いアダルヘルムは、玉座に着いた王のもとへ逸早く挨拶へ向かう。婚約者である私も彼と共に短い挨拶を済ませると、その後は特にやることもなかった。
婚約者がどこかの誰かと仕事の話でその場を離れ、ひとり会場に取り残されたとき、私はすぐに行動に出た。入場してから熱心に視線を向けてきていた男性に歩み寄り、声をかけたのだ。
「そんなに見られたら穴が空いてしまいますわ」
下品さを際立たせる上目遣いで見ると、男性は満更でもないような笑みを浮かべ、私の手を取った。
「これは……失礼しました。類を見ない美しい方に、不躾な視線を送ってしまったようですね」
「不躾だなんて。不快に思ったりなんかしていませんよ」
「それはよかった」
言葉での礼儀は弁えつつも、無遠慮に手の甲へ口付ける男性は、まさしく女性好きであると窺えた。しかし、悪女である私は甘んじてそれを受け入れる。決して不快感などおくびにも出さず。
「私のことを軽蔑しないのですね」
「どうしてそんなことを?」
「だって……皆、私のことを余所者のように見つめてきますわ。この髪と肌のせいで」
欲しい言葉を引き出したくて、憂いを帯びた表情を意識する。狙い通り、男性は私の腰を艶めかしく撫でながら、その言葉を吐いた。
「周りはどう思っているか分かりませんが、少なくとも私には、貴女がとても魅力的に見えますよ」
「まぁ、嬉しい」
「良ければ二人きりになれる場所へ行きませんか? 堅苦しいダンスや食事なんかより、楽しいことをしましょう」
「ふふ……魅力的なお誘いね。でも、もう少しパーティーも楽しみませんこと?」
誰もが嫌な顔を浮かべるくらい、ベタベタと触れ合った。早くその場をアダルヘルムに目撃してほしくて、わざとらしく時間を稼ぎ、男性の体に胸を当てた。最低でありながらもどうしてか優しく振る舞ってくる、婚約者に幻滅されるため。
すると、彼ではない声が私を男性から引き剥がした。
「他人のものに手を出すとは、随分とふしだらな方ですのね」




