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最低最悪の悪女を演じたら別れてくれますか?  作者: 鈴木涼


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11/14

2-2

「側仕えの使用人を変えたいのだけれど」

「使用人でございますか?」

 自室にサミエルを呼び出して告げると、彼は窺うように問いかけてくる。

「現在の側仕えたちが、何か粗相でもいたしましたでしょうか?」

「……ええ」


 彼が困惑する理由は明白だ。私付きの使用人は、サミエルが自ら指名した、私に対して軽蔑がない者たちだったから。公爵家の使用人とはいえ、異端である私を受け入れられない者は多い。だからこそ、軽蔑のない者を私の世話係にすることで、トラブルにならないよう気遣ったのだろう。

 しかし、それでは困るのだ。


「私の服に飲み物をこぼしたわ。だから別の人に変えてほしいの」

 三十日ほど前、私付きの使用人が躓いて、持ち運んでいた飲み物をこぼしたことがあった。そのときは『気にしないで』と告げたけれど、今になって不快だったことを打ち明ける。


「そうでしたか……承知いたしました。では、私が改めて使用人をお選び――」

「待って」

 サミエルの言葉を遮り引き止める。忠実な彼はすぐに口を閉ざし、私の声に耳をすませた。


「朝、いつも庭掃除をしている三人に任せてくれないかしら」

「ですが、あの者たちは……」


 渋るサミエルの気持ちは理解している。朝方、いつも話しながら庭掃除している三人の使用人は、あからさまに私への嫌悪を顔に出していた。すれ違えばお辞儀はするし、質問をしたら答えてくれるけれど、ふとしたときに私を見る瞳から全てが察せられる。


 そんな彼女たちを私の側仕えにすることは、責任ある公爵家の執事として、簡単に頷くことができないのだろう。けれど今の私にとって、彼女たちの軽蔑は必要なものだった。


「よろしくね、サミエル」

「…………承知いたしました」

 言い聞かせるように微笑むと、彼は渋々と了承した。


 翌日の朝、側仕えの使用人が変更された。

「よろしくお願いいたします、ナサリー様。精一杯、努めさせていただきます」

 代表して一人が挨拶すると、他の二人も頭を下げる。しかし、やはりその瞳には私に対する嘲笑を含んでいた。


「……ええ、よろしく」

 標的が定まり、彼女らの今後の役目に少しの申し訳なさを感じてから、甘い心を捨てた。


 私の世話をしてくれていた使用人たちは、別の仕事に回されたらしく、通りすがるときは寂しげに私を見つめてきた。その中には、街の案内をしてくれたあの使用人もいる。

 寂しげでありながらも、どこか私を心配するような視線に、胸が痛む。けれど、見て見ないふりをした。

 これでよかったのだ。胸を押え、そう自分に言い聞かせた。



 新しく側仕えになった三人は、最初は丁寧に仕事をしていた。彼女たちが私に粗相をしないよう、サミエルが定期的に確認しに来たからだ。愛想はよくないが、私の世話を仕事と割り切り働く様子に安心したサミエルは、暫く経つと自分の仕事に戻っていく。


 しかし、何処の国の血が混じっているかも分からない私に仕えることで、不満の溜まった彼女たちは、サミエルの見ていないところで密かに私を攻撃するようになった。


「ナサリー様は、一体どのようにして旦那様を射止められたのですか?」

「……なんですって?」

 風の揺らぐ庭園、ガゼボでくつろぐ私に紅茶を注ぐ使用人は、突然聞いたかと思うと口角を上げる。笑った一人に釣られるように、他二人もクスクス笑いだす。


「あ、失礼いたしました。旦那様を射止めたわけではありませんね。ナサリー様が射止めたのは、ゴレンの殿方だとか」

「…………」

「旦那様とナサリー様のご婚約は、エルサードの皇帝が押し進めたものだと都では噂になっております。愛する人と結ばれなかったこと、心中をお察しいたしますわ」


 同情するような表情を浮かべながら、すぐに笑みを浮かべる。可哀想、なんて少しも思っていないことが窺えた。

 悠長に話しながら紅茶を入れ終えた彼女は、私の元へ運ぶ途中、躓いたふりをした。ああっ! とわざとらしく声を漏らした彼女の手から、入れたての紅茶が入るカップがするりと抜ける。


 カップは中身を振りまきながら足元へ落ちた。陶器の割れる音が小さく鳴ると、私のドレスに飛び散った紅茶が付着する。怪我は負わせないよう、細心の注意を払って躓いたのだと容易に理解できる。


「まぁ! 大変申し訳ございません〜! お怪我はありませんか?」

 思っていなさそうな声で、私を気遣うふりをする。今までの私が大人しかったから、堂々とこのような嫌がらせに出たのだろう。しかし、悪女として生まれ変わった今の私には、好都合な展開だった。


 三人は頭を下げもせず地面の片付けを始めたので、立ち上がった私は彼女らを見下ろした。そして、近くにあったガラス瓶を手に取る。ガラス瓶の中には、透き通った水が入れられている。

 それを容赦なく、躓いた使用人の頭にかけた。使用人たちは、言葉を失い唖然としている。


 最後の一滴がガラス瓶の口から落ちた後、私は低く不機嫌な声で告げた。

「なぜ、私の側仕えが変更されたのか……貴女たちは知らないようね」

「ナ、ナサリー様……?」

 水浸しになった使用人は、小さく口を震わせて私を見上げる。


「紅茶がドレスの裾に付いてしまったわ。前の使用人たちもそれで側仕えを外したのだけれど、どうして同じミスができるのかしら?」

「も、申し訳……ございません……」

「思ってもいないのに謝らないで。わざとなのは分かっているのよ」

 強気な態度で睨むと、彼女の瞳は混乱と恐怖に揺れはじめる。他の二人も、顔を青くして制止している。


「最初から私を、まるで汚らしいものみたいに蔑んでいたでしょう? この見た目のせいかしら。それとも、エルサードに何か恨みでも? なんでもいいけれど、国が滅んだとはいえ私は皇女なのよ。貴女たちより身分の高い者なのに、随分とはっきり侮辱してくれたものね」

 全身を震わせる使用人は、自分の愚かさに気付いたらしく、目に涙を浮かべはじめる。その姿が滑稽で、私はさらに追い込んだ。


「あの男からなんと聞いたのか知らないけれど、真実も知らない貴女に馬鹿にされる筋合いはないわ」

「誤解です! 馬鹿になんてしておりません……!」

「そうかしら? 本当に馬鹿にしていないのなら、恋する人と結ばれなかった私の気持ちに、簡単に『心中を察する』なんて言える? 少しでも私を気遣う気があるのなら、慰めようとするものじゃない?」

「っ……!」


 適当な言葉で追い込んだら、彼女はあっさりと口篭る。思っていたより張り合いのない会話は、私を最低にさせてくれない。大人しくなった使用人たちを見つめながら、どうやって更なる悪女を振る舞うか、と考えていたとき、都合よくあの男が現れた。


「――何をしている、ナサリー」

 彼女らの主、アダルヘルムだ。

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