2-2
「側仕えの使用人を変えたいのだけれど」
「使用人でございますか?」
自室にサミエルを呼び出して告げると、彼は窺うように問いかけてくる。
「現在の側仕えたちが、何か粗相でもいたしましたでしょうか?」
「……ええ」
彼が困惑する理由は明白だ。私付きの使用人は、サミエルが自ら指名した、私に対して軽蔑がない者たちだったから。公爵家の使用人とはいえ、異端である私を受け入れられない者は多い。だからこそ、軽蔑のない者を私の世話係にすることで、トラブルにならないよう気遣ったのだろう。
しかし、それでは困るのだ。
「私の服に飲み物をこぼしたわ。だから別の人に変えてほしいの」
三十日ほど前、私付きの使用人が躓いて、持ち運んでいた飲み物をこぼしたことがあった。そのときは『気にしないで』と告げたけれど、今になって不快だったことを打ち明ける。
「そうでしたか……承知いたしました。では、私が改めて使用人をお選び――」
「待って」
サミエルの言葉を遮り引き止める。忠実な彼はすぐに口を閉ざし、私の声に耳をすませた。
「朝、いつも庭掃除をしている三人に任せてくれないかしら」
「ですが、あの者たちは……」
渋るサミエルの気持ちは理解している。朝方、いつも話しながら庭掃除している三人の使用人は、あからさまに私への嫌悪を顔に出していた。すれ違えばお辞儀はするし、質問をしたら答えてくれるけれど、ふとしたときに私を見る瞳から全てが察せられる。
そんな彼女たちを私の側仕えにすることは、責任ある公爵家の執事として、簡単に頷くことができないのだろう。けれど今の私にとって、彼女たちの軽蔑は必要なものだった。
「よろしくね、サミエル」
「…………承知いたしました」
言い聞かせるように微笑むと、彼は渋々と了承した。
翌日の朝、側仕えの使用人が変更された。
「よろしくお願いいたします、ナサリー様。精一杯、努めさせていただきます」
代表して一人が挨拶すると、他の二人も頭を下げる。しかし、やはりその瞳には私に対する嘲笑を含んでいた。
「……ええ、よろしく」
標的が定まり、彼女らの今後の役目に少しの申し訳なさを感じてから、甘い心を捨てた。
私の世話をしてくれていた使用人たちは、別の仕事に回されたらしく、通りすがるときは寂しげに私を見つめてきた。その中には、街の案内をしてくれたあの使用人もいる。
寂しげでありながらも、どこか私を心配するような視線に、胸が痛む。けれど、見て見ないふりをした。
これでよかったのだ。胸を押え、そう自分に言い聞かせた。
*
新しく側仕えになった三人は、最初は丁寧に仕事をしていた。彼女たちが私に粗相をしないよう、サミエルが定期的に確認しに来たからだ。愛想はよくないが、私の世話を仕事と割り切り働く様子に安心したサミエルは、暫く経つと自分の仕事に戻っていく。
しかし、何処の国の血が混じっているかも分からない私に仕えることで、不満の溜まった彼女たちは、サミエルの見ていないところで密かに私を攻撃するようになった。
「ナサリー様は、一体どのようにして旦那様を射止められたのですか?」
「……なんですって?」
風の揺らぐ庭園、ガゼボでくつろぐ私に紅茶を注ぐ使用人は、突然聞いたかと思うと口角を上げる。笑った一人に釣られるように、他二人もクスクス笑いだす。
「あ、失礼いたしました。旦那様を射止めたわけではありませんね。ナサリー様が射止めたのは、ゴレンの殿方だとか」
「…………」
「旦那様とナサリー様のご婚約は、エルサードの皇帝が押し進めたものだと都では噂になっております。愛する人と結ばれなかったこと、心中をお察しいたしますわ」
同情するような表情を浮かべながら、すぐに笑みを浮かべる。可哀想、なんて少しも思っていないことが窺えた。
悠長に話しながら紅茶を入れ終えた彼女は、私の元へ運ぶ途中、躓いたふりをした。ああっ! とわざとらしく声を漏らした彼女の手から、入れたての紅茶が入るカップがするりと抜ける。
カップは中身を振りまきながら足元へ落ちた。陶器の割れる音が小さく鳴ると、私のドレスに飛び散った紅茶が付着する。怪我は負わせないよう、細心の注意を払って躓いたのだと容易に理解できる。
「まぁ! 大変申し訳ございません〜! お怪我はありませんか?」
思っていなさそうな声で、私を気遣うふりをする。今までの私が大人しかったから、堂々とこのような嫌がらせに出たのだろう。しかし、悪女として生まれ変わった今の私には、好都合な展開だった。
三人は頭を下げもせず地面の片付けを始めたので、立ち上がった私は彼女らを見下ろした。そして、近くにあったガラス瓶を手に取る。ガラス瓶の中には、透き通った水が入れられている。
それを容赦なく、躓いた使用人の頭にかけた。使用人たちは、言葉を失い唖然としている。
最後の一滴がガラス瓶の口から落ちた後、私は低く不機嫌な声で告げた。
「なぜ、私の側仕えが変更されたのか……貴女たちは知らないようね」
「ナ、ナサリー様……?」
水浸しになった使用人は、小さく口を震わせて私を見上げる。
「紅茶がドレスの裾に付いてしまったわ。前の使用人たちもそれで側仕えを外したのだけれど、どうして同じミスができるのかしら?」
「も、申し訳……ございません……」
「思ってもいないのに謝らないで。わざとなのは分かっているのよ」
強気な態度で睨むと、彼女の瞳は混乱と恐怖に揺れはじめる。他の二人も、顔を青くして制止している。
「最初から私を、まるで汚らしいものみたいに蔑んでいたでしょう? この見た目のせいかしら。それとも、エルサードに何か恨みでも? なんでもいいけれど、国が滅んだとはいえ私は皇女なのよ。貴女たちより身分の高い者なのに、随分とはっきり侮辱してくれたものね」
全身を震わせる使用人は、自分の愚かさに気付いたらしく、目に涙を浮かべはじめる。その姿が滑稽で、私はさらに追い込んだ。
「あの男からなんと聞いたのか知らないけれど、真実も知らない貴女に馬鹿にされる筋合いはないわ」
「誤解です! 馬鹿になんてしておりません……!」
「そうかしら? 本当に馬鹿にしていないのなら、恋する人と結ばれなかった私の気持ちに、簡単に『心中を察する』なんて言える? 少しでも私を気遣う気があるのなら、慰めようとするものじゃない?」
「っ……!」
適当な言葉で追い込んだら、彼女はあっさりと口篭る。思っていたより張り合いのない会話は、私を最低にさせてくれない。大人しくなった使用人たちを見つめながら、どうやって更なる悪女を振る舞うか、と考えていたとき、都合よくあの男が現れた。
「――何をしている、ナサリー」
彼女らの主、アダルヘルムだ。




