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きっといつか、自分を愛してくれる人と結ばれる。そう信じていた。
そして二十歳の誕生日、その願いが近い未来で叶うことを知った私は、来る日を待ち侘びた――。
エルサード帝国の第四皇女、ナサリー・イーサンスデムは、誰にも見向きもされない忘れられた皇女である。私のことをそう形容する人は多いけれど、あながち間違いではなかった。
南洋方面にある遠い異国の姫を側室に迎えたエルサードの皇帝は、その子である私を皇族の異分子として接した。愛することは疎か、最低限の食事と服を用意するだけで、気にかける素振りもなかった。
気付いたときには、若さを失い皇帝に見限られた母と、皇城の離れで二人きりだった。
それでも気丈に振る舞う母は優しかったが、私が五つの頃に亡くなった。流行病に罹り医者を手配したが、どうしてか医者の到着が遅かったことで、手遅れとなったのだ。その頃、皇帝は新しく側室を迎えたばかりだった。きっと、子を産み歳を召した母を煩わしく思った皇帝が、意図的に医者の到着を遅らせたのだろう。
私は、たった五つで唯一の家族を失った。
自分の境遇に大した違和感も抱かないまま、私は十八歳になった。母と比べると僅かに物足りない薄褐色の肌、エルサード帝国では珍しい純粋な白髪は、使用人や兄妹たちには嘲笑われるけれど、私は密かに気に入っていた。
しかし異国の血が混じる異端者を、皆が皆、蔑むような目で見つめた。
そんなとき、彼が現れたのだ。
「あれ? なんだ、離れにも人がいるんじゃないか」
「――!?」
ある日突然、塀を乗り越えてやってきた見知らぬ男に、草が生い茂った庭で日向ぼっこをしていた私は恐怖で身構えた。
「だ、誰!? 私を殺す気!?」
「え? いや、そんなことしないって。というかちょっと、落ち着いて」
「いやっ!! 来ないで!! それ以上近づいたら叫ぶわよ!!」
「もう叫んでる……っていうかホント、何もするつもりないから騒がないでくれよ」
容赦なく距離を詰めてくる赤髪の男から、立ち上がった私は躓きながらも逃げ回る。男は軽薄そうな言葉遣いで、しかし着実に私の逃げ道を塞いでいく。狭い庭園内、とうとう逃げ場がなくなった私は、体を小さくして自身の震えを感じた。
抵抗の仕方なんてものも、教わっていなかったのだ。
「お願い……殺さないで……! こんなに早くお母様のところへ行ったら怒られちゃう……!」
「ハハッ、可愛らしい命乞いだな。殺さないから安心しろ。迷ってここまで来てしまっただけだ」
「ほ、本当……?」
「ホントホント。でさ、帰り道教えてくれない?」
調子のいい態度をしつつも、怯える私に目線を合わせてくれた男に、私は律儀に帰り道を教えた。しかし男はすぐに道を戻るわけでもなく、私について問いかけてきた。
「あんた、こんなところで何してるんだ?」
「何も……私、ここに住んでいるだけだもの」
「ここに住んでる? おかしいな、皇帝陛下は離れに人がいるなんてこと言ってなかったけど」
「それは……私が忘れられた第四皇女だから……」
「なんだそれ、自分の娘のことを忘れる親なんているか?」
私が虐げられた皇女だと知って尚、気軽に接してくる男は、言葉の節々に異国の血を感じた。殺す気がないと知って安心した私は、身を縮こませながらも問いかけてみる。
「あの……貴方は誰なの? エルサードの人?」
「いや、俺はゴレンから来た。父の大公と外交目的でエルサードを訪ねたんだ」
「大公の息子……ということは、貴方は公子様……?」
「その呼び方、堅苦しいから苦手なんだ。普通に呼んでくれ」
地図上ではエルサード帝国の真上に位置する、ゴレン大公国。大公が統べる海の多い国で、血気盛んな者が多いと聞く。
改めてカイザック・ゴーランドと名乗った彼は、そんな大公国の公子とのことだった。
「ナサリー第四皇女、か……皇帝と挨拶を交わしたときは、そんな皇女の名は聞かなかったな」
「……でしょうね。私のことは、みんな忘れたみたいに放置しているもの」
「酷いことをするものだな、皇帝も。仮にも自分の娘だっていうのに」
誰が聞いているかも分からないのに、カイザックは堂々と皇帝を悪く言う。今まで誰にも同情なんてされたことがなかった私には、彼のその態度が好意的に映った。
その後しばらくして彼は本城の方へ戻って行ったけれど、翌日また現れた。
「ずっと一人じゃ退屈だろうと思って、遊びに来てやった」
そう言って、カイザックは皇城での滞在中、日に一度は私を訪ねてくれた。外交で忙しい中、私のことを思い出して会いに来てくれる彼に、私は次第に心を許すようになっていた。




