第8話松戸のライブハウス「ギフテッド」
FM松戸での出演は、彼らが期待したような劇的な変化をもたらさなかった。ラジオ放送後、ライブハウス「ギフテッド」に電話が殺到することもなければ、街で声をかけられることもない。豪志とシャンボの日常は、何事もなかったかのように、いつも通り過ぎていった。昼間は音楽活動、夜はクラブ「ベーカー」での用心棒。その繰り返しだ。
「まあ、こんなもんですよね。俺たち、そんなに甘い世界にいるわけじゃないし」
シャンボが自嘲気味に笑った。しかし、豪志の心の中には、FM松戸での経験が、一つの火種となって燻っていた。彼らの音楽は、確実に誰かの心に響く力を持っている。その確信が、彼を突き動かした。
ある日の午後、「ギフテッド」の薄暗い地下室で、豪志はシャンボに真剣な眼差しを向けた。
「シャンボさん、本格的にやろう。このまま二人で打ち込み音源を使ってても、限界がある。やっぱり、バンドとして、生で音をぶつけ合いたい」
「…そうっすね。俺も、ライブでギター弾きながら歌ってて、なんか物足りないって思ってたんです」
二人の意見は一致した。しかし、問題は、ベースとドラムをどうするかだ。松戸に知り合いはいない。彼らの過去を知る人間は、関わりを持ちたがらないだろう。
豪志は、スマートフォンを取り出し、Facebookのメッセンジャーを開いた。彼の頭の中に浮かんだのは、精神病院に入る前に群馬県伊勢崎市で一緒に音楽活動をしていた友人、湯澤さんとヒデオさんの顔だった。
「湯澤さん、今、千葉県松戸市でシャンボさんと音楽バンド活動をしているんですよ!ベースを担当してもらえませんか?当面、Zoomで構わないので。ライブもZoomで参加してください」
「ヒデオさんも。ドラムを担当してください。お願いしますよ!」
豪志は、思いの丈をメッセージにぶつけた。返信は、すぐに来た。
「松戸市って千葉県の北西部?東京寄りの?」
湯澤さんからのメッセージに、豪志は笑みを浮かべた。
「そうです。その東京寄りの松戸市!」
すると、ヒデオさんから電話がかかってきた。
「おい、豪志!松戸って、中途半端な田舎じゃねぇか。いきなり呼び出すなよ」
ヒデオさんの遠慮のない言葉に、豪志は少しだけ安心した。昔と変わらない、彼らのストレートな口調。
「群馬よりはずっと都会ですよ。ていうか、アナクロニズムは都会性を求めてないんです。俺たちが目指すのは、田舎から庶民が世界を変える、みたいな。オアシスのように、労働者階級の町であることがウリなんです」
豪志は、バンドのコンセプトを熱く語った。彼らの音楽が、特定の場所や階級に限定されるものではないこと、そして、彼ら自身が社会の底辺から這い上がってきた人間であることを、彼らに伝えたかったのだ。
ヒデオさんは、しばらく沈黙した後、小さくため息をついた。
「…なるほどねぇ。相変わらず、変なこと考えてんな」
しかし、その声には、どこか興味を惹かれているような響きがあった。
それから二日後、湯澤さんとヒデオさんから、それぞれメッセージが届いた。
「分かった。ベース、やるよ。Zoomライブ、楽しみにしてるぜ」
「しょうがないな。ドラム、叩いてやる。ただし、ギャラは弾んでくれよな」
湯澤さんとヒデオさん、二人の承諾を得て、音楽バンド「アナクロニズム」は、正式に四人組のバンドとして再出発することになった。
「やったな、豪志さん!これで、俺らの音楽、もっと強くなりますよ!」
シャンボが興奮気味に叫んだ。
彼らの音楽活動は、松戸の街を飛び出し、群馬の友人たちをも巻き込んでいく。遠く離れた場所から、彼らは一つの音楽を奏でる。それは、物理的な距離を超えた、新しい時代のバンドの形だった。しかし、この新たな繋がりが、彼らの過去を再び現在へと引き戻すきっかけになることを、豪志はまだ知らなかった。彼らの音楽が、遠い場所で眠っていた過去の因縁を、呼び覚ますことになるのだから。




