表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
松戸愚連隊  作者: ponzi
43/43

第43話音楽の本質

上野の東京藝大、その冷徹なまでに静謐なラボで、伊東乾は豪志(ponzi)に一つの解を突きつけた。


「音楽の本質、それは『感動』という物理現象に集約される」


伊東の語る理論は、豪志がこれまで抱いてきた情緒的な音楽観を根底から揺さぶるものだった。人は、どのようなタイミングで、どのような周波数と構造の組み合わせに「感動」を覚えるのか。そこには、ある種の数学的、あるいは物理学的な法則性が存在するというのだ。


「例えば」と、伊東は黒板に数式を走らせるように続けた。「技術的な精密さだけで言えば、ピカソよりレンブラントの方が絵は上手い。視覚情報の再現性において、レンブラントの右に出る者はいないだろう。しかし、人々の魂を激しく揺さぶり、歴史を塗り替えるほどの『感動』を呼ぶ力において、現代の我々はピカソに軍配を上げる。この差こそが、芸術の普遍的な法則性なのだよ」


感動の法則性。それは単なる感性の問題ではなく、哲学であり、数学であり、物理学でもある。伊東の説くそれは、あらゆる専門領域を横断する「総合知」の仕事そのものだった。


松戸に戻り、豪志はこの話をシャンボに振ってみたが、相棒は眉をひそめて首を振った。


「ponziさん、それは難しすぎるよ。僕にとっては、弦を弾いて指が痛むことや、客の笑顔が見えること、それがすべてなんだ。物理学でメロディを説明されても、心が置いてけぼりになっちゃうよ」


シャンボの言うことも一理ある。そして豪志自身も、伊東から聞いたその「法則性」の全貌を、完全に掴めたわけではない。


絵画、音楽、文学、映画。あらゆる芸術の深淵に流れる、人間を「動かす」ための黄金比。それを探求することは、人間そのものの真理に迫る終わりのない旅だ。


今日も豪志は、松戸のライブハウス「ギフテッド」のステージに立つ。


安っぽい照明、タバコの煙、そして熱心なファンたちの体温。


伊東乾の高度な抽象理論と、シャンボの泥臭い実感。その二つの極点の間で揺れ動きながら、豪志はギターの弦を弾く。


いつか、自分たちの鳴らす音が、その普遍的な法則性の中心に触れる日が来るのだろうか。


人間の真理という、最も美しい未到達地点を目指して。


豪志は、少しだけ照れくさそうに微笑みながら、最初のコードを強く掻き鳴らした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ