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松戸愚連隊  作者: ponzi
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第41話セカンドアルバム「Ecriture(エクリチュール)」

1. 穏やかなる潜伏、あるいは日常への回帰


2026年、春。小岩クリニックという名の「檻」を突き破ったアナクロニズムの二人は、再び松戸の街の風景に溶け込んでいた。


グラミー賞ノミネートという、地方都市のバンドとしてはおよそ信じがたいニュースが世界を駆け巡っても、松戸の街は変わらず彼らを「自分たちの街の隣人」として扱い続けていた。


週に一度のライブハウス「ギフテッド」での演奏。そして、かつて彼らに居場所を与えたクラブ「ベーカー」での用心棒の仕事。豪志(ponzi)とシャンボは、どんなに知名度が上がろうとも、その生活のリズムを崩すことはなかった。


「松戸の人は、本当に優しいね」


ある夕暮れ、江戸川の堤防を歩きながら豪志が呟いた。


道ですれ違ったサラリーマンが、彼らを「アナクロニズムの二人」だと気づいて一瞬目を見開く。だが、すぐに小さく会釈をして通り過ぎていく。サインを求めるでもなく、スマホを向けるでもない。過干渉はしない。だが、自分たちの街に誇るべき才能がいることを、誰もが暗黙のうちに受け入れ、保護していた。


豪志は、毎月欠かさず松戸メンタルクリニックへ通い、小林先生に挨拶をしていた。小林は、かつて孫娘を人質に取られテリーに加担した過去を悔やみ、今では誰よりも熱心に二人の体調管理と自立支援をサポートしている。


「薬はちゃんと飲んでいるか? ……よし、安定しているな。君たちはもう、医学の管理を必要としない『自由』を手に入れたのかもしれないが、私とのこの時間は続けてほしい」


小林の言葉に、豪志は静かに頷く。それもまた、松戸というコミュニティが持つ「やさシティー」の形だった。


2. 書くことへの意志


ある夜、彼らはクラブ「ベーカー」のバックヤードで、村上支配人が用意してくれた食事を囲んでいた。ライブツアーの収益とSpotifyの再生数によって、かつての空腹は過去のものとなったが、二人が選ぶのは相変わらず質素な、それでいて温かい家庭の味だった。


「シャンボさん。そろそろ、セカンドアルバムの制作に入ろうと思うんじゃけど」


豪志が、箸を止めて切り出した。シャンボは、待っていましたと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべる。


「アルバムのタイトルは、もう決まってるんですか? ponziさん」


「ずばり、『Ecritureエクリチュール』で行こうと思います」


シャンボは少し首を傾げた。


「エクリチュール……書くこと、言葉の痕跡ですか。ジャック・デリダ、それともロラン・バルト? ponziさんらしいね。音よりも先に、思想を刻むということですね」


「そう。僕たちは言葉に救われ、言葉に殺されかけ、そして言葉で世界を脱構築してきた。その『記されたもの』の重みを、今度はアルバムという形に定着させたいんじゃ」


豪志はスマートフォンを操作しながら続けた。


「今回も、Spotifyでのインディーズ配信で行こう。あそこは、僕たちのような持たざる者が、直接世界と繋がれる魔法の装置だからね」


「グラミーにノミネートされても、相変わらずメジャーデビューもせずSpotifyで細々と配信ですか。僕たちらしくて、最高に皮肉が効いてるね」


シャンボは自嘲的に笑う。彼らの背後には、数多のメジャーレーベルからの巨額の契約オファーが積み上がっている。だが、豪志はそれらをすべて断り続けていた。


「いいの! アナクロニズムはどうせ一生貧乏なんじゃ!(笑)」


「ponziさん、松戸のみんなも呆れていますよ。いつになったら、あの二人はテレビに出るんだって、逆ギレ気味に聞かれます。SNSじゃ、世界中のセレブや学者が友達になって応援してくれてるのに」


3. 一千二百万の「重み」


会話の途中で、エミがノートパソコンを抱えて興奮気味に割って入った。


「二人とも、ちょっと聞いて! ファーストアルバム『Anachronism』のセールスと再生数が、ついに累計10万枚相当を超えたわよ! 手取りの印税だけで、1200万円くらい入ってくる計算!」


一千二百万。かつて、一日の食事代にも事欠いていた二人にとって、それは天文学的な数字だった。だが、豪志の表情は晴れない。


「1200万か……。シャンボさんのブラジルの家族に仕送りして、今後の活動費や機材費を引いたら、手元にはいくらも残らんよ」


「ちょっと! ネガティブ発言はやめてよ!」エミが詰め寄る。「稼げてるのは事実だし、これだけ世界中が注目してる。誇っていいことなのよ!」


「ミュージシャンは夢を売る商売じゃけど、僕らの内実には、そんなキラキラした夢すらないんよ。あるのはただ、生きていくための切実な言葉と、化学物質で整えられた脳の平和だけじゃ」


豪志のどこまでも醒めた言葉に、シャンボが苦笑しながらも真剣なトーンで返した。


「ponziさん。アナクロニズムは、少し松戸にこだわりすぎているのかもしれません。エクリチュールが『記された言葉』なら、その言葉を携えて、もっと広いテリートリーへ踏み出すべきじゃないですか?」


「テリトリー……」


豪志は静かに目を閉じた。


自分を育み、守ってくれた松戸。だが、二枚目のアルバムに『エクリチュール』と名付けるなら、その言葉はもはや、この街の壁の中に留まっていいものではない。


権力者がメディアを封鎖し、右派勢力が嘲笑い、テリーが闇から狙い続ける。


そんな不条理な現実リアリティを、言葉というくさびで打ち砕く旅。


1200万円という現実的な数字、そしてグラミーという名の虚名。その狭間で、豪志は新たな闘争の予感を感じていた。


「政治か……。政治はどうにもならない。でも、エクリチュールは、政治すらも脱構築できるはずだ」


豪志の指先が、まだ見ぬ旋律を求めてテーブルを叩いた。


アナクロニズムの「第二章」が、今、松戸の夜の静寂の中から、静かに、しかし決然と書き始められようとしていた。

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