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松戸愚連隊  作者: ponzi
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第38話平和な世界が美しい

1. 望郷のアンコール


嵐のような拍手が、小岩クリニック作業療法士棟の天井を震わせ続けていた。


アンコールを求める地鳴りのような叫びは、管理された病院の静寂を完全に打ち砕き、今やここを自由の共和国へと変えていた。


豪志(ponzi)は、汗を拭い、再びギターのネックを握りしめた。隣に立つシャンボは、深い呼吸を繰り返し、肺の奥に溜まった小岩の澱みをすべて吐き出すかのように天を仰いでいる。


「えー、アンコールをいただきましたので。小岩クリニック限定の新曲を披露します……『マイホームタウン松戸』。そして、『今が幸せ』」


豪志の言葉に、最前列の佐藤くんや久仁子ちゃんが顔を見合わせ、喜びを噛み締める。


イントロは、どこか懐かしく、そして透明感のある旋律。江戸川区小岩の地で、豪志は自分たちのルーツである「松戸」という街を、ひとつの思想として再定義しようとしていた。


2. やさシティー、あるいは松戸的実存


シャンボの声が、力強く、そして誇り高く響き渡る。


(歌:シャンボ)


やさシティー松戸


Philosophy of 松戸


ダイバーシティー松戸


Quality of 松戸――


「松戸」は単なる地名ではない。それは、豪志が脱走し、潜伏し、そして仲間と出会い、自らの「アイデンティティー」を再構築した聖地だ。労働者階級の街としての泥臭さと、多様な価値観を許容する「お人好し」な寛容さ。


豪志はギターを弾きながら、言葉を叩きつけるように語る。


「これからの松戸には、政治に悪意を吹き込み、分断や混乱を引き起こす勢力は必要ない! 誠実に、つましく、利他的であり続ける。それが僕たちの信じる『松戸』なんだ!」


間奏の間、豪志の口から、さらに深い歴史哲学が溢れ出す。


「カントのドイツ観念論から、デリダのフランス現代哲学へ。ヘゲモニーが移行したのは、ナチス・ドイツの敗戦という歴史的必然があったからだ。日本もまた敗戦国だ。敗戦によって失ったものに固執し、歴史修正主義に走るのではなく……僕は信じたい。勝ったから正しいのではなく、正しい行いをした方が勝つのだと!」


その言葉は、監視カメラの向こうでほくそ笑んでいるテリーの、傲慢な「勝者の論理」を真っ向から否定する宣戦布告だった。21世紀という戦争の時代。病院という檻の中で、豪志たちは「正義」を貫く決意を歌に乗せた。


3. 復讐を超えた、究極の肯定


「Next song is the last song……」


汗だくのシャンボが、静かに、しかし決然と告げた。会場は再び、深い静寂に包まれる。


最後に披露されたのは、これまでの憤りや戦いをすべて包み込み、昇華させるような、光に満ちたバラードだった。


(歌:シャンボ)


後悔とか憎しみとか、ネガティブな感情は長続きしない。


見返してやるという気持ちも、明日へのエネルギーにはなりえない。


今が一番楽しい。そう言える人間でありたい――


豪志のギターが、優しくシャンボの歌声を支える。


テリーへの復讐心。自分を閉じ込めた社会への恨み。それらを燃料にして生きるには、人生はあまりに短く、そして尊い。豪志は、自分を蝕もうとする「毒」を、ここで完全に捨て去ることを決めたのだ。


(歌:シャンボ)


平和な世界が美しい。そう言える人間でありたい。


いくつになってもトシを取っても、平和がわたしは一番幸せ。


世界は愛で溢れてる。戦争と独裁が一番嫌い――


「自分に誇りを持とうじゃないか!」


ponziのバックコーラスが、魂を震わせる。


「笑顔や愛情は長続きする。社会への恩返しこそが、明日へのモチベーションなんだ!」


ホール中の患者たちが、互いに手を取り合い、あるいは涙を流しながら、そのポジティブな波動に身を委ねていた。


「戦争と独裁が一番嫌い」


この一節は、病院の管理体制、そしてテリーが信奉する全体主義的な右派思想に対する、最大級の「No」だった。


4. 抱擁、そして繋がる魂


「ありがとうございました!」


最後の一音が、冬の午後の光の中に消えていった。


ponziとシャンボは、深々と頭を下げた。それは、自分たちの声を聴いてくれたすべての「仲間」への、そして自分たち自身の魂への深い礼だった。


ステージを降りる二人の元に、真っ先に駆け寄ったのは作業療法士の小澤くんだった。


「ponziさん……シャンボさん……最高でした……!」


小澤くんは声を震わせ、涙でぐしゃぐしゃになった顔を隠そうともせず、二人を力一杯抱きしめた。


「こちらこそ、ありがとう、小澤くん。君がギターを用意してくれなかったら、この奇跡は起きなかった」


豪志も、小澤くんの背中を叩きながら、目に熱いものを浮かべていた。


ナースステーションの方では、中川ヒナが顔を真っ赤にして拍手を送り続けている。ヌシのオコノギさんは、「いいもんを見せてもらった」と満足げに頷き、佐藤くんと久仁子ちゃんは、まるで自分たちの人生が救われたかのような表情でステージを見つめていた。


この瞬間、小岩クリニックの1病棟は、もはや「病院」ではなかった。


それは、分断された人々が音楽によって繋がり、互いの差異を認め合い、平和を希求する、ひとつの「小宇宙コスモス」だった。


テリーが仕掛けた「地獄」は、豪志たちの放つ圧倒的なポジティブさと、正しい者たちが勝つという哲学によって、今、完全に「天国」へと塗り替えられたのだ。


「さあ、帰ろうか。僕たちの街、松戸へ」


豪志がささやくと、シャンボは晴れやかな笑顔で頷いた。


彼らの戦いは、この後、さらなる社会的なうねりとなって、外の世界を動かしていくことになる。

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