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松戸愚連隊  作者: ponzi
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第35話ミニコンサートin小岩クリニック

1. 冬の陽光と「ヌシ」の激励


2026年1月中旬。小岩の街を凍てつかせる寒気とは対照的に、小岩クリニックの作業療法士(OT)棟は、異様な熱気と、どこか浮き足立った期待感に包まれていた。


今日は、全病棟合同の「新年カラオケ大会」。本来ならば、管理される側である患者たちが、決められた枠組みの中でささやかな娯楽を享受する、いわば「管理システム」の一環としてのイベントだ。しかし、今日の空気は明らかに違っていた。


「ponziさん。今日は頑張ってくださいね。期待してるよ」


声をかけてきたのは、深く刻まれた顔の皺が印象的な、60代後半の男性患者だった。


「あ、オコノギさんですよ。小岩クリニックの『ヌシ』と呼ばれている、一番の古株さんです」


傍らにいた作業療法士の真弓ちゃんが、耳打ちするように教えてくれた。


「オレは今D棟にいるんだが、1病棟にすごいのが入ってきたって噂で持ちきりなんだ。よろしく頼むよ、お二人さん」


「あ、どうも、オコノギさん。お手柔らかにお願いします」


豪志(ponzi)は少し面食らいながらも、努めて穏やかに愛想笑いを返した。だが、驚きはそれだけではなかった。会場に向かう廊下で、あるいは座席についた観客たちの間から、「ponziさん!」「シャンボさん!」と、まるで凱旋した英雄を呼ぶような声が次々と上がる。


隔離され、名前を奪われ、番号や病名で管理されるはずの場所で、彼らの名はすでに「解放の象徴」として流通していたのだ。


2. 託された武器、完璧な調律


「ponziさん、シャンボさん。準備はいいですか?」


OTの小澤くんが、二本のケースを抱えて現れた。その顔は、まるで革命を共謀する同志のように引き締まっている。


「今日使うアコースティック・ギターです。実は……これ、僕ら作業療法士たちの私物なんですよ。病院の備品じゃ、お二人の音には耐えられないと思って(笑)」


手渡されたギターを手に取り、豪志は驚いた。弦の高さ、指板のコンディション、そして何より、狂い一つない完璧な調律。小澤くんたちが、この日のためにどれほどの想いで手入れをしてきたかが、指先を通じて伝わってきた。


「念のため、Spotifyのアナクロニズムの音源もバックコーラス用としてミキサーに通してあります。シャンボさんの歌声を、僕が絶妙なタイミングでサポートしますから」


小澤くんの配慮に、シャンボが満足げに頷く。


「最高ですよ、小澤くん。これなら、僕たちの魂をそのまま音にできます」


いよいよ、司会者が震える声でアナウンスした。


「……続きまして、1病棟、アナクロニズムの皆さんです!」


3. 「片づけ」への宣戦布告


小さな、簡素な木造のステージ。


そこに豪志とシャンボが立った瞬間、会場のざわめきが止まり、針が落ちても聞こえるほどの静寂が訪れた。最前列には、1病棟の佐藤くんや久仁子ちゃん、そして看護師のヒナちゃんが、祈るような表情で見つめている。


豪志は、ド近眼の視線を観客の奥、つまり監視カメラの向こう側にいるであろう青山院長や、その背後の闇に向けて放ち、アコースティック・ギターを軽く鳴らした。


「……えー、こんにちは、小岩クリニック」


低く、しかし通る声。一瞬の間を置いて、「おー!」という、怒号に近いレスポンスが返ってきた。それは、長らく抑圧されてきた者たちが、自分たちの存在を証明しようとする叫びだった。


「では、時間もないので。早速演奏します。『恋は小岩』」


豪志のギターが、力強く、エッジの効いたリフを刻み始める。それに呼応するように、シャンボの朗々としたボーカルが、病院の壁を、天井を、そして人々の心の膜を突き破った。


(歌:シャンボ)


恋はいつも突然やってくるもの


正常と異常の脱構築


小岩いいとこ今宵は濃いわ


狂気の隔離も始まった


恋は故意だわ憩いは小岩


センター小岩ここ良いわ


間奏に入ると、豪志はギターを弾きながらマイクを引き寄せ、鋭い口調で「語り」を入れた。それは、彼が病院の中で「お薬辞典」を読み解き、自らの境遇を哲学で武装させた言葉だった。


「今日では、心の問題、あるいは意識の持ち方に訴えかけてもしょうがないので、ただもう即物的にコントロールするしかないのだという傾向がより強まっている。……つまり、生政治の部分が強くなってきているんだ!」


観客の患者たちが、息を呑む。彼らが日々感じている「言葉の通じない管理」の正体が、今、音楽によって名指しされた。


「人はものを管理するとスッキリして安心する。机の上を綺麗に片づける。だが、社会についても同じことが言えるのか? いわば『社会の片づけ』……それをしてもよいものでしょうか? ここで、僕たちの倫理が問われているのです!」


4. 爆発するエモーション


曲が後半に差し掛かると、シャンボの声量はさらに増し、小澤くんが仕掛けた音源と重なって、会場の熱狂は頂点に達した。豪志のギターも、もはやアコースティックとは思えないほどの激しさを帯びていく。


(歌:シャンボ)


恋はいつも小岩から始まり


近現代社会においては、


規律訓練と生政治が両輪で動いている


小岩得的ディシプリン、恋はパノプティコン


センター小岩ここ良いわ


「心から脳へ!」豪志がバックコーラスと共に叫ぶ。「精神医学の転換は、支配の強まりだ! 秩序に当てはまらないものを『異常』と呼んで分類し、秩序づけようとする。だが、アーティストの机は、ある程度適当な方がクリエイティブになれるんだ!」


最後のサビ。会場中の患者たちが立ち上がり、あるいは車椅子の上で手を振り、シャンボの歌声に合わせて一斉に唱和し始めた。


「小岩! センター小岩ここ良いわ!」


その声は、厚いコンクリートの壁を突き抜け、小岩の街の空へと響き渡った。管理される側の「ゴミ」として片づけられた者たちが、自分たちの美しさを、ノイズの素晴らしさを、全力で肯定した瞬間だった。


演奏が終わった瞬間。


一瞬の静寂の後、小岩クリニック作業療法士棟は、地鳴りのような拍手と歓声に包まれた。


「ponzi!」「シャンボ!」「アナクロニズム!」


オコノギさんが立ち上がり、涙を流しながら拳を突き上げている。ヒナちゃんは顔を覆って泣き、小澤くんはミキサーの前でガッツポーズを作っていた。


豪志は汗を拭い、ボーカルとして魂を使い果たしたシャンボと力強く視線を交わした。


この音は、間違いなく届いた。


管理という名の「片づけ」を拒否し、散らかった机のような、混沌として豊かな「生」を取り戻すための革命が、今、ここから始まったのだ。


たとえこの後、青山院長が現れ、テリーの圧力がかかろうとも、この熱狂という「事実」だけは、もう誰にも片づけることはできなかった。

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