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松戸愚連隊  作者: ponzi
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第34話恋は小岩

1. 隔離の向こう側から


2025年12月半ば。小岩の街に本格的な冬の冷気が訪れた頃、ついにその時がやってきた。


鉄扉の重い鍵が開く音が1病棟に響き渡り、看護師に付き添われた一人の男がデイルームに姿を現した。シャンボだ。


2週間という時間は、閉鎖病棟の、さらにその奥にある隔離室という静寂の檻の中では、永遠にも等しい長さに感じられたはずだった。しかし、現れたシャンボの顔に、かつての絶望の影はなかった。新しい処方が彼の脳内の化学物質を適切に整えたのか、その肌には血色が戻り、瞳には柔らかな光が宿っていた。


「ponziさん……お久しぶりです。ようやく、光の下に出られました」


シャンボの声が、少し震えている。豪志(ponzi)は椅子から立ち上がり、親友の肩を力強く叩いた。


「元気そうじゃない、シャンボさん。心配したんよ」


「すみません、ご迷惑をおかけして。でも、隔離室は……意外と悪くありませんでした。自分と、そして音楽と向き合う時間になりましたから」


豪志は、周囲で見守っていた「仲間たち」に視線を送った。


「シャンボさん、紹介するよ。こちら、佐藤くんに久仁子ちゃん。二人とも、僕たちが松戸や新小岩で暴れ回っていた頃のコンサートを観て、感激してくれたんじゃって」


佐藤が立ち上がり、憧れのスターを前にした少年のように手を差し出した。


「シャンボさん、はじめまして! あなたのギターのカッティング、本当に痺れました。この病棟であなたに会えるなんて、夢みたいです」


久仁子も、少し潤んだ瞳で会釈する。


「シャンボさんの歌声……隔離室の壁を越えて、私たちの心まで届いていましたよ」


シャンボは驚き、そして破顔した。


「ああ、知っていますよ! 実は隔離室にいる間、看護師さんたちが食事を運んでくるたびに教えてくれたんです。『アナクロニズムの二人が揃うのを、みんなが待ってるよ』って。YouTubeで僕たちのツアーを観て感動したっていうスタッフさんもたくさんいて……。隔離されていながら、自分が一人じゃないって、これほど強く感じたことはありませんでした」


2. 戦術会議セットリスト


二人はデイルームの隅、冬の陽光がわずかに差し込むテーブルに座り、身を乗り出した。そこにはもはや「患者」の顔はなく、次のステージを企てる「表現者」の鋭い眼差しがあった。


「OT(作業療法士)の小澤くんの話も、耳に入ってる?」


豪志が声を潜めて尋ねると、シャンボは力強く頷いた。


「もちろんです。小岩クリニックの内部で、僕たちのミニコンサートを演るんでしょう? 望むところですよ、ponziさん。ここで僕たちの音を鳴らさずに、どうしてここを出られますか」


シャンボの闘志は、隔離生活を経てより純粋に研ぎ澄まされていた。豪志は膝を叩いた。


「よし。じゃあ、どの曲を演ろうか。リクエストの多い『恋は小岩』は外せないとして……」


「日本語の曲をメインにした方がいいんじゃないですか? ponziさん。ここのオーディエンスは日本人がほとんどだし、言葉の力が必要だ」


シャンボの提案に、豪志も同意する。


「そうだなぁ。じゃあ、今の僕たちの実存をぶつける5曲で行こう」


二人はナプキンの端に、セットリストを書き連ねた。


恋は小岩(この場所への宣戦布告)


お金では買えないもの(新自由主義への回答)


ウソ(社会の仮面を剥ぐ歌)


今を生きる(今、この瞬間の肯定)


ノアの方舟(希望の提示)


「いい流れだ。それで、もしアンコールがあったら……」


豪志が不敵な笑みを浮かべる。


「松戸の皆への想いを込めた新曲『マイホームタウン松戸』と、この場所で見つけた幸せを歌う『今が幸せ』を演ろう!」


「おっけー! それで行きましょう、ponziさん!」


シャンボの声がデイルームに響き、他の患者たちが何事かと振り返ったが、二人は構わず笑い合った。


3. 青山院長の「許可」


数日後、デイルームに小澤くんが血相を変えて飛び込んできた。その顔は興奮で紅潮し、手に持ったクリップボードが激しく揺れている。


「ponziさん! シャンボさん! 朗報です!」


小澤くんは二人の元へ駆け寄ると、息を切らしながら言葉を継いだ。


「青山院長の許可が降りました! 1月中旬の新年会……作業療法士棟で開催される入院患者のカラオケ大会。その枠を丸々使って、アナクロニズムのライブを行っていいと正式に決まりました!」


豪志は一瞬、耳を疑った。あの、テリーと通じ、自分たちを「管理」下に置いたはずの青山が、なぜ表現の自由を認めたのか。


「……院長、本当に首を縦に振ったの?」


「ええ。若狭病棟長やマキさん、それに須賀副病棟長までが連名で『これは治療の一環として極めて有効である』という意見書を出してくれたんです。現場の熱意に、院長も折れざるを得なかったみたいです」


小澤くんは声を一段低くして続けた。


「さすがにエレキギターやアンプの持ち込みは『騒音』を理由に却下されましたが、アコースティックギターなら許可が出ました。当日、僕が私物を持ってきて、お二人に渡します!」


豪志は胸の奥が熱くなるのを感じた。テリーがどんなに権力や暴力で自分たちを縛り付けようとも、現場で働く人間たちの、純粋な「感動」までは支配できなかったのだ。


「……練習は、させてもらえるの?」


豪志が真剣な眼差しで尋ねる。


「週に3回ある作業療法の時間……僕の目が届く範囲という条件付きですが、音楽室の使用を許可してもらいました。毎週水曜日のカラオケの時間も、練習に使っていいと病棟の許可を取っています!」


4. 聖域のセッション


「分かりました。その時間を使って、シャンボさんと徹底的にセッションして、曲を煮詰めたい」


豪志の言葉に、小澤くんは感銘を受けたように目を見開いた。


「おー……。本気ですね、ponziさん」


「そりゃ、やるからには本気でやりますよ。ここは病院かもしれないけど、僕らにとっては、かつての武道館や日比谷野音と同じ、真剣勝負のステージですから」


その翌日から、1病棟の空気が明らかに変わった。


作業療法の時間、音楽室から漏れ聞こえてくるアコースティックギターの音色と、二人の重厚なハーモニー。それは、長らく「病い」というレッテルによって声を奪われていた患者たちにとって、魂を呼び覚ます福音となった。


デイルームでは、佐藤が率先して「コンサート用のポスター」を描き始め、久仁子は色紙を使って飾り付けの準備を始めた。看護師のヒナも、仕事の合間に練習室を覗いては、二人に差し入れの麦茶を運んできた。


病院という名の「管理社会」の中に、音楽を軸とした新しいコミュニティが芽生え始めていた。


豪志はギターの弦を弾きながら、自分たちの指先に宿る力を再確認していた。


青山院長が、そしてその背後のテリーが何を企んでいようとも、この「音」が鳴り響く瞬間、世界は自分たちのものになる。


「さあ、始めようか。シャンボさん。小岩の夜を、僕たちの歌で脱構築するんだ」


二人のセッションは、冬の冷たい空気さえも熱く変えていくほどに、激しく、そして美しく重なり合っていった。

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