第23話2025年7月、千葉県市川市本八幡「ケアレス・ウィスパー」
2025年7月。灼熱の太陽が照りつける中、千葉県市川市本八幡のライブハウス「ケアレス・ウィスパー」の前には、開演数時間前から長蛇の列ができていた。250人が定員の小さな会場は、この日のために集まった観客たちの熱気で、開場前からすでに熱気を帯びていた。
「アナクロニズム」初のライブツアーは、ここ市川市本八幡から始まる。豪志とシャンボ、そしてスクリーン越しの湯澤さんとヒデオさん。彼らの姿を一目見ようと、多くの人々が詰めかけていた。ハルカちゃんが紹介してくれたこのライブハウスは、彼らの旅の最初の舞台として、完璧な場所だった。
開演時間が迫り、観客がライブハウスの内部へと案内されていく。ステージの幕が上がり、豪志とシャンボが姿を現すと、会場は割れんばかりの歓声に包まれた。
「こんにちは、本八幡の皆さん!」
シャンボがマイクを握り、笑顔で挨拶した。彼の声は、歓声にかき消されそうになるほど、観客たちは興奮していた。
「今日は、このツアーのために、新曲を用意してきました。聴いてください。『今を生きる』です」
豪志がギターを鳴らし始めると、会場は静まり返った。シャンボの歌声が、観客一人ひとりの心に語りかけるように響いた。
『今を生きる』
(歌:アナクロニズム)
わたしは誰かに何かを与えたり、誰かを評価したりできるような、偉い人間であったろうか?
博愛がモットーのわたしではありますが、今を生きるのに精一杯で、誰かを思いやる余裕はない
死に至る病から生還し、
終わりよければすべてよし。
革新をデザインするイニシエーション、
不幸から抜け出すモチベーション
今を生きる、今を生きる
未来は全部「今」の積み重ね
今を生きる、今を生きる
過去の自分もそのときの「今」
今を生きる、今を生きる
努力の自責性、時間の不可逆性
今を生きろ、しっかり生きろ
過熱した時代に実存を誓う
歌は、まるで豪志の心の叫びをそのまま歌っているかのようだった。過去に精神病院で苦しんだ日々、そして、そこから立ち上がり、今を生きることに精一杯な彼の姿が、観客たちの心に深く響いた。
今を生きる、今を生きる
未来は全部「今」の積み重ね
今を生きる、今を生きる
過去の自分もそのときの「今」
今を生きる、今を生きる
愛こそすべて、ジョン・レノンの哲学
今を生きろ、しっかり生きろ
みんな怯えながら生きてるのだから
曲調は、次第に激しさを増していく。それは、彼らの「愚連隊」としての、社会への抵抗を表しているようだった。
今を精一杯生きていればそれで後悔はない、というような刹那的な気持ちもあります
立派な経歴、立派な人格、そういったものとは最初から無縁の、ゴミためから始まった第二の人生
僕はいつだって甲斐性なし
健常に動けるだけマシ
脱構築的なインクルージョン
パラダイムシフト的イノベーション
演奏が終わると、会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。観客たちは、彼らの音楽が持つ、単なるエンターテインメントを超えた力に、心を揺さぶられたのだ。
豪志は、興奮を抑えきれない様子でマイクを握り直した。
「…続いても、新曲です」
会場は、再び静まり返った。
「『ふたり』」
豪志がギターを鳴らし始めると、今度は、先ほどとは違う、どこか穏やかで、しかし深い感情に満ちたメロディーが会場に響き渡った。
『ふたり』
(歌:アナクロニズム)
ロクな恋愛をしてこなかった自分には、恋愛をする資格がないと思ってた
いつも一方的に恋をしてフラれて、自分には生きてる価値がないと思ってた
これでも頭は使ってたんだ
世の中に溢れる恋愛学者たちのテキストを勉強して
キミと出会って気づいたんだ
小手先の恋愛テクニックなんて、全部無意味だって
この曲は、豪志がエミに捧げた曲だ。彼女との出会いが、彼の人生にどのような変化をもたらしたのか、そのすべてが歌詞に込められていた。
一生懸命仕事に打ち込んでいれば、いつか報われると信じてた
誰かが見てくれてる、評価してくれると思ってた、わりと本気で
利他的で馬鹿正直なお人好し
それを貫いてやると意地になってた
キミと出会わなければ
僕は世の中を逆恨みしたままだったかもしれない
いつもふたりで、いつもふたりで
いつもふたりで、ずっとふたりで
いつもふたりで、いつもふたりで
いつもふたりで、これからもずっと
観客たちは、豪志の恋愛に対する、純粋で、しかし不器用な想いに、心を動かされていた。
ふたりで生きる、ふたりで生きる
ふたりの人生、これからもふたり
いつも一緒に、いつも一緒に
いつも一緒に、いつまで一緒に?
偶然性というより必然性、でもっと言うと絶対性、代えは利かない
僕は愛するということの意味を完全に誤解していたんだ、キミと会うまで
哲学書なんかより遥かに為になる愛の授業、全身全霊で教わって
学校なんかロクに出てないキミに、僕は人生で一番大切なものを教えられたよ
愛するということの意味、信じるということの意味、許すということの本当の意味を
だって、今なら誰だって愛せる、何だって信じられる、何だって許せるんだから
愛する人がいる者の強さ、守るものがある者の強さ。そうだろう?
リスクを負ってほしい、愛する者の為に、愛するというリスクを、信じるというリスクを
曲は、終盤に向けて、さらに感動的な高まりを見せる。
キミとふたりで、キミとふたりで
僕とふたりで、ずっとふたりで
キミとふたりで、キミとふたりで
僕とふたりで、これからもずっと
ふたりで生きる、ふたりで生きる
ふたりの人生、これからもふたり
いつも一緒に、いつも一緒に
いつも一緒に、いつまで一緒に?
演奏が終わると、会場は静寂に包まれた。そして、一瞬の沈黙の後、割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。
「ポンジー!」「シャンボー!」
観客たちは、彼らの名前を叫び、アンコールを求めた。
「アンコール、アンコール!」
聴衆の黄色い歓声は、いつまでも鳴りやまなかった。豪志とシャンボは、その熱狂的な反応に、ただ呆然と立ち尽くしていた。
彼らの音楽は、確実に人々の心に届いていた。ライブツアーの初日は、大成功に終わった。しかし、この成功が、彼らの旅路に、新たな試練をもたらすことを、豪志たちはまだ知らなかった。彼らの活躍は、松戸の街の闇に潜む、テリーの耳にも、確実に届いているはずだった。




