第18話YouTube、TikTok
音楽バンド「アナクロニズム」の活動は、ライブハウス「ギフテッド」の地下室から、インターネットの世界へと広がり始めていた。豪志とシャンボは、ノリコのアドバイスに従い、自分たちの楽曲をYouTubeやTikTokに次々とアップロードしていった。
ライブハウスでの演奏風景をスマートフォンで撮影し、有料の動画編集アプリを使って、短い動画にまとめて投稿する。それは、彼らがこれまでにやってきたこととは全く違う、新しい試みだった。
「最近のアーティストはTikTokに動画をあげて、そこから人気に火が点くことが多いみたいよ。gokiくんたちもやってみたら?」
ノリコが、そう言ってスマートフォンで動画を見せてくれたのがきっかけだった。豪志は、自分たちの音楽が、より多くの人に届く可能性に心を躍らせた。しかし、その現実は、彼らが思い描いていたほど甘いものではなかった。
YouTubeやTikTokにアップロードした動画は、お世辞にも「バズる」とは言えない状況だった。再生回数は伸びず、コメントもほとんどつかない。それでも、豪志とシャンボは、諦めずに動画を投稿し続けた。
「あーあ、こんなとき、美夏ちゃんが少しでも援助してくれたらなー」
豪志は、動画編集アプリの料金を支払うたびに、無意識にそう口走った。村田美夏。東大卒で大富豪の彼女は、豪志にとって、もはや遠い過去の存在だった。しかし、彼女の存在は、豪志の人生に深く刻み込まれており、金銭的な困難に直面するたびに、その名が口をついて出た。
シャンボは、そんな豪志の独り言を、静かに聞いていた。彼は、豪志が未だに美夏への想いを断ち切れていないことを知っていた。
動画投稿の作業は、地味で、そして忍耐力を要するものだった。ライブハウスでの演奏とは違い、観客の反応を直接感じることができない。ただ、数字として表示される再生回数や「いいね」の数だけが、彼らの努力の成果だった。
ある日、豪志がスマートフォンを眺めていると、伊勢崎市にいる湯澤さんからメッセージが届いた。
「おい、豪志。YouTube見たぞ。相変わらず、変な曲作ってるな」
その言葉に、豪志は心が温かくなるのを感じた。再生回数は伸びていなくても、遠く離れた友人たちには、自分たちの音楽が届いている。その事実に、豪志は大きな勇気をもらった。
そして、その夜、クラブ「ベーカー」に出勤した豪志は、エミとノリコにも、動画を見ているかと尋ねた。
「もちろん見てるよ!ポンちゃんの曲、何回もリピートしちゃった」
ノリコが、そう言って満面の笑みを浮かべた。
しかし、エミは、豪志の動画を見ていることを告げながらも、どこか複雑な表情をしていた。彼女は、豪志が動画の中で口にする「美夏ちゃん」という名前に、胸の奥がチクリと痛むのを感じていた。
彼らの音楽は、YouTubeやTikTokを通じて、少しずつ、しかし確実に、人々の目に触れ始めていた。そして、その動画は、豪志が予期せぬ人物の元にも届くことになる。
政治結社『日本愛国連合』の幹部、テリー。彼は、豪志たちの動画を見ていた。そして、豪志が口にした「美夏ちゃん」という言葉に、彼の顔は怒りで歪んだ。
「……ふざけるな。お前は、あいつを金づるだとしか思ってないのか?」
テリーは、豪志が美夏を利用しようとしていると、勝手に思い込んだ。彼の心の中にある、美夏への歪んだ執着と、豪志への深い憎悪が、彼を突き動かした。
彼は、豪志たちの次のライブの日程を調べると、冷たい笑みを浮かべ、呟いた。
「……お前らの音楽活動は、俺が絶対に終わらせてやる」
テリーは、自分の持つコネクションを使い、豪志たちのライブを妨害する、より危険な計画を立て始めた。彼らの音楽が、光を放てば放つほど、松戸の街の闇は、さらに深いものになっていく。彼らの「愚連隊」としての正義が、今、最大の危機を迎えることになるのだ。