第13話ワンオクの「wherever you are」、英語版
真冬の空気が、松戸の街を凍てつかせようとしていた。12月のライブハウス「ギフテッド」は、そんな外の寒さとは無縁の、熱気に満ちていた。この日、豪志とシャンボは、新たな試みをしようとしていた。
ステージ上には、彼ら二人に加え、一人の若い男が立っている。ボーカリストを募集するため、豪志がインターネットの掲示板で見つけた人物だ。彼は緊張した面持ちで、マイクを握りしめている。
「……今日は、新曲ではありません」
シャンボが静かにマイクに向かって語りかけた。
「今日は、新しい仲間に歌ってもらいます。彼がアナクロニズムのボーカリストにふさわしいかどうか、みんなで判断してやってください」
観客から、わずかなざわめきが起こった。彼らのバンド「アナクロニズム」に、新しいボーカリストが加わる。その事実に、期待と不安が入り混じった空気が流れた。
豪志は、アコースティックギターを手に取り、静かにコードを鳴らし始めた。そのメロディは、誰もが知る、あの名曲。ONE OK ROCKの**「Wherever You Are」**だった。
「著作権?JASRAC?なんですかそれ?食べたときありません」
豪志は、心の中でそう呟きながら、新しいボーカリストに視線を送った。彼が、この名曲をどのように歌い上げるか。そして、この曲に豪志が込めた、特別な歌詞を、どのように表現してくれるのか。
新しいボーカリストは、深く息を吸い込むと、歌い始めた。
(歌:新ボーカリスト)
I'm telling you
I softly whisper
Tonight Tonight
You are my angel
To live is to love, oh yeah
The two will become one
Tonight Tonight
I just say. .
Wherever you are, I always make you smile
Wherever you are, I'm always by your side
Whatever you say, my feeling about you
I promise you "forever" right now
I don't need a reason
I just want you baby
Alright Alright
Day after day
Spend a long life together
To love is to believe
'till the finale, Stay with me
We carry on. .
Wherever you are, I always make you smile
Wherever you are, I'm always by your side
Whatever you say, my feeling about you
I promise you "forever" right now
彼の歌声は、力強く、そして透明感に満ちていた。シャンボの声とは全く違う、しかし、豪志の歌詞に込められた想いを、まっすぐに伝える力を持っていた。観客は、ただその歌声に聞き入っていた。
Wherever you are, I never make you cry
Wherever you are, I'll never say goodbye
Whatever you say, my feeling about you
I promise you "forever" right now
Our philosophy is to love each other sincerely
And, our philosophy will change the world dramatically
Whenever you fall, I always raise your being
However you feel, I always think about you
Whoever you are, my feeling about you
I promise you "forever" right now
歌詞の途中で、豪志が書き加えた、彼らの「愚連隊」の哲学が歌われる。
「僕たちのフィロソフィーはお互いを真剣に愛すること。そして、僕たちのフィロソフィーは劇的に世界を変えてしまうはずさ」
その言葉に、新しいボーカリストは、感情を込めて歌い上げた。それは、豪志とシャンボが、このバンドを通して伝えたいメッセージそのものだった。
Wherever you are, I always make you smile
Wherever you are, I'm always by your side
Whatever you say, my feeling about you
I promise you "forever" right now
演奏が終わると、会場は一瞬静寂に包まれた。そして、それを破るように、割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。新しいボーカリストは、観客の反応に驚いたように、マイクを握りしめたまま立ち尽くしている。
「…すごいや、あんた。最高だよ」
シャンボがそう言って、新しいボーカリストの肩を叩いた。
「これで、アナクロニズムは、もう一段階上のステージに行ける。間違いない」
豪志は、心の中でそう確信した。彼は、この若きボーカリストに、かつての自分自身の姿を重ねていた。社会から見放され、それでもなお、自分の信じる道を進もうとする、純粋な魂。
その夜、クラブ「ベーカー」に出勤した豪志とシャンボは、エミとノリコに、新しいボーカリストのことを熱く語った。
「彼なら、俺たちの音楽をもっと多くの人に届けられると思うんだ」
豪志が言うと、ノリコは笑顔で頷いた。
「良かったね、豪志くん。ポンちゃんたちの夢、叶うといいな」
しかし、エミは、どこか寂しげな表情で、豪志を見つめていた。彼女は、彼らの夢が叶うほどに、彼らが遠い存在になっていくような予感を抱いていた。
その予感は、すぐに現実となる。彼らのライブの様子は、再びインターネットに投稿され、その動画は、瞬く間に拡散されていった。そして、その動画は、松戸の街の闇に潜む、ある男の元にも届いた。
政治結社『日本愛国連合』の幹部、テリー。彼は、豪志が書き換えた「Wherever You Are」の歌詞に、怒りを露わにしていた。
「……『愛』だと?『世界を変える』だと?ふざけるな」
テリーの怒りの矛先は、もはや豪志たちだけに向けられていなかった。彼らの音楽が、社会の不条理を批判するだけでなく、その解決策として「愛」を掲げたことに、彼は激しく反発した。
彼は、スマートフォンを握りしめ、冷たい笑みを浮かべた。
「お前らの『哲学』は、俺が叩き潰してやる」
テリーは、自分の持つコネクションを使い、彼らの次のライブを妨害する計画を立て始めた。そして、彼の計画は、豪志たちの想像をはるかに超えた規模で、彼らの人生に襲い掛かることになるだろう。
彼らの音楽が、光を放てば放つほど、松戸の街の闇は、さらに深いものになっていく。彼らの「愚連隊」としての正義が、今、最大の危機を迎えることになるのだ。