第11話ウソ
2024年11月。松戸のライブハウス「ギフテッド」は、いつにも増して熱気に包まれていた。ステージには、豪志、シャンボ、そしてスクリーンに映し出された湯澤さんとヒデオさんの姿があった。正式にバンド「アナクロニズム」が発足して以来、彼らのライブは、松戸の街の音楽ファンにとって欠かせないものとなっていた。
この日は、彼らの新曲披露の場でもあった。ライブが始まると、シャンボがマイクを握り、客席に語りかけた。
「今日は、新しい曲を歌います。タイトルは『ウソ』。……ちょっと重いテーマかもしれませんけど、俺たちにとって、すごく大切な歌です」
彼の言葉は、観客の心に静かに染み渡っていく。豪志のギターが静かに、しかし力強くコードを刻み始めた。湯澤さんのベースラインが加わり、ヒデオさんのドラムが重厚なリズムを奏でる。そして、シャンボの歌声が、会場全体に響き渡った。
(歌:アナクロニズム)
子供って追い詰められるとウソをつくじゃないですか
自分を守るためにギリギリのところでウソをつくじゃないですか
可愛いウソかもしれないじゃないですか
ウソをつくことで自分たちの何かを守っているのかもしれない
私は子供達のつくウソが大好きです
彼らは私の昔の姿なのですから
今を生きる為のウソと誰かを騙す為のウソ
似てるようでいて全然違うものじゃないですか
シャンボの歌声は、まるで聴衆一人ひとりの心に直接語りかけるかのようだった。彼の歌に乗せられた豪志の歌詞は、深く、そして鋭く、現代社会の核心を突いていた。
人を信じる事って難しい事じゃないですか
誰も信用できない人が誰かから信用されるでしょうか
生きる為のウソかもしれないじゃないですか
ウソをつく事が子供達の哲学そのものかもしれない
私は子供達のつくウソが大好きです
彼らのウソは未来への希望ですから
自分を守る為のウソと誰かを傷つける為のウソ
似てるようでいて全然違うものじゃないですか
今を生き延びる為の精一杯のウソ
誰がそれを責められるんですか、ねえ?
ここから曲調は一転、重厚なロックサウンドへと変わる。豪志のギターが激しく歪み、ヒデオさんのドラムが力強いビートを刻む。
みんな真面目ないいコを演じるじゃないですか
権力に忖度したり従順なフリをするじゃないですか
ウソをついてでも人を出し抜こうとするじゃないですか
「権力に逆らうからだ」などと悪びれるじゃないですか
私はそれが絶対許せないんですよ
お金や売名の為にウソをつく事が
今を生きる為のウソと誰かを騙す為のウソ
似てるようでいて全然違うものじゃないですか
怒りにも似た感情が、シャンボの歌声に乗って会場を支配する。彼は、豪志の歌詞に込められた強いメッセージを、全身で表現していた。
政治や経済にウソを持ち込むじゃないですか
科学や宗教まで歪めてしまうウソをつくじゃないですか
ウソをついてでも人を出し抜こうとするじゃないですか
「これが資本主義だ」などと悪びれるじゃないですか
私はそれが絶対許せないんですよ
第一自分自身にウソをついてます
自分を守る為のウソと誰かを傷つける為のウソ
似てるようでいて全然違うものじゃないですか
今を生き延びる為の精一杯のウソ
誰がそれを責められるんですか、ねえ?
そして、再びメロディーが静かになる。冒頭のパートが繰り返され、シャンボの歌声が優しく、会場に語りかけるように響いた。
私は子供達のつくウソが大好きです
彼らは私の昔の姿なのですから
今を生きる為のウソと誰かを騙す為のウソ
似てるようでいて全然違うものじゃないですか
演奏が終わると、会場は一瞬、静寂に包まれた。そして、その静寂を破るように、割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。観客たちは、彼らの音楽に込められた、深く、そして普遍的なメッセージに心を揺さぶられたのだ。
ライブ終了後、豪志は疲労と達成感に満ちた顔で、シャンボと湯澤さんとヒデオさんと画面越しに乾杯した。
「すごい曲だな、豪志」
ヒデオさんがそう言うと、湯澤さんも頷いた。
「俺、あの曲を聴いて、なんか、泣きそうになったよ。豪志の、これまで言えなかった想いが全部詰まってるみたいでさ」
豪志は何も答えず、ただ静かに微笑んだ。彼の心の中には、FM松戸の時とは違う、確かな手ごたえがあった。彼らの音楽は、着実に人々の心を掴み始めていた。
しかし、その夜のライブの様子は、思わぬ人物の目に留まることになる。ある一人の男が、そのライブの様子をスマートフォンの画面越しに見ていた。彼の顔には、怒りにも似た、複雑な感情が浮かんでいる。
「……ウソ、だと?ふざけるな」
彼の呟きは、ライブハウスの熱気とは全く違う、冷たい怒りに満ちていた。豪志とシャンボの「愚連隊」としての正義感、そして音楽が持つ力が、かつての因縁を再び引き寄せることになる。そして、彼らの運命は、またしても嵐に巻き込まれることになるだろう。