優しさの形1
休日――
「あの子よ。魔力覚醒したって言う……」
「しかも、生き物を召喚したって子でしょ?」
学園中が私の噂で持ち切りになっている。
学園内は田舎のようなもので、噂が回るスピードは音速だ。
ちなみに学園の生徒数は800人くらいしかいない。にもかかわらず、外の世界と遮断されていて、特に目立った話題もない。
そんな中で、Fクラスの生徒が生き物を召喚するという前代未聞の出来事が起こり、その直後に魔力覚醒が起きたとなれば……注目の的にならないわけがない。
しかも、学園最弱で有名だった私だから、なおさらだ。
目立つのは苦手なんだけどなぁ……
「シエルちゃん」
その声に意識がこちら側に戻ってくると、ローレンの麗しい尊顔が目に入った。
今日は初めて、ローレンと休日を一緒に過ごしている。
正直、休みの日に2人きりで過ごすなんて、また陰湿な嫌がらせを受けるのでは、と不安が頭をよぎり、誘われた時は少し戸惑った。
でも、敷居が高くて入れなかった学園一高級なレストランで、ローレンとの楽しい会話を楽しむ今は――断らなくて良かったと思ってる。
ディオンとかいう講師が助けてくれて以来、あの2人組からの嫌がらせはピタリと止んだし、大丈夫だよね?
「食後の飲み物に珈琲と紅茶があるんだけど、どっちが好き?」
「紅茶が好きです」
「僕と同じだね」
ローレンは優しく微笑むと、小さく手を挙げてウエイターを呼んだ。
ちなみに、ラブは今、親友のメイが見てくれている。
なにやら、ラブがいない方が私達が引っ付くと勘違いしているようだ。
そんなの、天と地がひっくり返っても起きるはずないのに。
「食事は口に合った?」
「はい」
木漏れ日が入るこのテラス席で、柔らかなローレンの髪が揺れて落ちる影が優しく揺れる。
「そう、良かった。ここは、紅茶もすごく美味しいんだよ」
「そうなんですね」
普段見慣れているのは、男子用の紺の縁取りがある黒いローブに白いカッターシャツ、紺のズボン、学園公式の紺色ベスト姿。
だから、今の彼の姿はとても新鮮だ。
鎖骨がチラリと見える首の広い白シャツに、高級感のある濃いグレーのジャケット。
肩にはストールのようなものが巻かれている。それが何か分からないけれど、とにかく上品でおしゃれだ。
高級感漂うその服装が、彼の整った顔立ちをさらに引き立てているのは間違いない。
ローレンの実家は名家だもんね。
きっと、学園の個人口座にも沢山送金して貰っているんだろうなぁ……
なんて、自分と比べるなんてよくないのに、つい考えてしまう。
それにしても、こんないいレストランに来るなら、お気に入りのワンピースを着てくればよかった。
普段から釣り合わないけど、今日はいつも以上に不釣り合いに感じてしまって嫌になる。
『気合が入ってると思われたくない』なんて言い訳して普通の服を選んだ、数時間前の自分を叱りたい。
風がそよいで木々がざわめく。
ふとローレンの優しい視線と絡むと、目が合った瞬間、彼が微笑む。
それだけで、一瞬ドキっとしてしまう。
「お待たせしました」
私たちの間を、茶葉がふわりと舞うガラスポットと白いティーカップが遮った。
すぐに風に乗って茶葉の芳醇な香りが漂ってくる。
「もう蒸らし時間は終わっておりますので、すぐお飲みになれます」
「ありがとう」
慣れたようにローレンが店員にそう言うと、私の前にあるポットに手を伸ばした。
「えっ」
「入れてあげる」
「あ、りがとうございます」
紅茶を入れるローレンの姿はとても絵になっている。
と考えている間に、私の前にあるティーカップは薄茶色の紅茶で満たされていた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
カップを手に取り、紅茶を一口含む。次の瞬間、驚きが走った。
まろやかな味わいが舌の上で広がり、今まで体験したことのない深い香りに、心まで温まるような美味しさが広がっていく。
口元に手を当て、あまりのおいしさに驚いていると、ローレンはニッコリと微笑んだ。
「休日にシエルちゃんとこんな風に過ごせるなんて、夢みたいだ」
「えっ?そんな、おおげさですよ」
「本当はずっと前からこうしたいって思っていたんけど、なかなか勇気が出なくて……」
ローレンは困ったように笑う。
「え?なんでですか?私、いつも断りそうな態度していますか?」
自分の行動を思い返してみるけど、ローレンにはずっと好意があるし、思い当たる節が無くて首を傾げた。
すると、ふっと笑われる。




