殺人鬼と呼ばれる子6
「とりあえず、祝いのジュースを出そうかね」
学園長はポンッとリンゴを出し、次にガラスのコップを出す。
宙に浮いているリンゴはコップの真上に移動し、ゆっくりと丸みが無くなって細長くなっていく。
リンゴから垂れる汁は綺麗にコップに注ぎこまれ、落ちる汁が無くなったところで自分の前までスライドして来た。
「よし!乾杯じゃ!」
微笑む学園長は、僕にグラスを向けてくる。
それを見て、僕は首を傾げる。
「ああ。君はパーティに参加しない子じゃったな。こういう時は、グラスを重ねるんじゃよ」
そう言われて、僕は言われた通りにコップを手にして学園長が向けるコップと重ねた。
チンと高い音が部屋に響いたあと、僕は机の上にコップを置いた。
「はて?確か、君はリンゴジュースが好きだったと記憶してるが……違ったかな?」
なんで知ってるんだ?
「……合ってる」
「なら飲んでみてくれ。しぼりたては格別じゃよ」
そう言われて再びコップに手を伸ばすと、新鮮なリンゴの酸味とほのかに甘い香りが鼻を突いた。
「いやぁ~、それにしても7歳で卒業とは……。初めて君を見た時にある程度確信していたが、まさに想像以上じゃった!このワシでも9歳だったのにの~。まんまと超えられたわい」
学園長は満足げに笑い、自慢の長く白いひげを上から下へと撫でた。
「7歳じゃと世界的新記録じゃな。特別に3歳からIクラスになった君が、全て飛び級じゃったんだからな」
いや~めでたいめでたい、と学園長は声を弾ませた。
「でも、魔法で喧嘩をして塔謹慎になった時は、新記録に差し支えるんじゃないかと、実にハラハラさせられたのぉ。
あっ!ちなみに君が火を付けた生徒は無事じゃったよ。あの場にいた看護師がすぐに治癒魔法をしたおかげで、2か月程で跡形もなく治りよったわい」
どうでもいい話だと思う反面、心の奥でホッとしたような気もした。
「で、飲まないのかね?リンゴジュース」
そう言われて、ずっと手にしていたリンゴジュースの存在を思い出し、一口飲んだ。
……美味しい。
あまりにも美味しくて、慌ててもう一口飲む。
ふと、向かい側からニコニコとした学園長の視線が飛んで来ているのに気付き、なんとなく気分が悪くなって机の上にコップを戻した。
「かなり前から話しているが、さすがにもう決まったかね?就職先は」
机越しの学園長は期待に満ちた顔で僕の返事を待つ。
「……前にも言ったけど、僕は何もしたくない」
「まだそんな事を思っているんじゃな。本来なら、こんなに選びたい放題の好条件な案件なんて、そうそうないんじゃぞ?」
「別に、興味ない」
「君の特性を考えると、大統領のSPなんかいいんじゃないかと思っているんじゃがのー。無口な所も向いていると思うぞ。待遇も魔法使いとしてトップクラスじゃ」
「いらない」
「そうか……。まぁ、君はまだ7歳じゃしのぉ~。正直、働くにはあまりにも早過ぎる。わしも9歳で就職先を決めないといけない立場じゃったから、よく分かる」
学園長は、うんうんと頷く。
「通常ならまだ小学生じゃが、魔法学校は卒業したら法律上、何歳であっても一人前の大人と同じと見なされてしまうのは君も知っているな。
この国は完全無職は許されていない。労働は国民の義務とされているからのぉ」
人と、関わりたくない。
学園でも、塔でも殺人鬼と呼ばれ、蔑まれてきた。
だから、就職先でも同じになるのは目に見えている。
「じゃあ……一番働かなくていい所か、誰とも話さない所がいい」
僕の言葉に大きなため息をつかれる。
「人生投げやりになるにはあまりにも早いんじゃないかのぉ……。まぁ、君がそうなるのもよく分かるんじゃが……。そうじゃ!」
学園長は何か思いついたように手を叩いた。
「カミヅキ・ディオンくん。ここの講師をしてみないか?」
「……講師……?」
人と関わらない仕事がいいって、さっき言ったばかりなのに……
「で、わしと『家族』みたいに、一緒に住んでみないか?」
僕はその言葉に驚きを隠せず、目を見開いた。
「えっ……?」
落としていた視線を上げて学園長の目を見た。
その目には、嘘の気配はなかった。それがかえって僕を混乱させた。
「まぁ学園の規則上、あまり学園外には出られんし、ちゃんとした『家』みたいなのは持てんが、少し広い部屋なら持てる。今よりは不自由しないじゃろう。どうじゃ?」
学園長と……一緒に住む?
『家族』みたいに?




