放課後の実験室1
「今日の給食なんだっけ?」
給食当番が同じクラスメイトが、ロッカーからエプロンを取り出しながら話を振ってきた。
「んー、ハンバーグじゃなかった?」
私がそう答えると、クラスメイトは顔を輝かせた。
「ハンバーグ!わーい!じゃあ、先行ってるね」
「うん」
楽しそうに調理場へ向かうクラスメイトの背中を見送った後、私は自分のロッカーを開けた。
すると――
「……えっ?」
そこにあったのは、ボロボロに切り刻まれたエプロンだった。
…………
……
「ちょっと!なんでエプロン付けて来てないの!」
調理場に入った瞬間、怖い料理長に怒鳴りつけられた。
「すみません……でも、エプ……」
「はいはい!どうせ忘れたとかそんな理由でしょ?言い訳なんて聞きたくないわ!まったく、最近の子は本当にダラしないんだから!」
その言葉にグッと下唇を噛むと、背後からクスクスと笑い声が聞こえてきた。
振り返ると、上級生グループが私を見下すように笑っていた。
「ほら、調子乗ってるからぁ、天罰が下ったんじゃなぁい?」
まさか、彼女たちの仕業?
でも問い詰めたところで、素直に認めるわけないよね。証拠もないんだし。
最近、ずっとこんな調子だ。
幸いクラスでは平和で、クラスメイトは私の異変に気づいていない。
メイが言っていた通り、やっぱり上級クラス生の仕業なんだろうか。
思い当たる理由は、1つ――
…………
……
夕食を終え、破れたエプロンが入った給食袋を手に寮の2階に上がる。
すると、自分の部屋のドアをじっと見つめている数人の姿が目に入った。
私に気付いた彼女らは、慌ててそそくさと散っていく。
不思議に思いながら足早にドアの前へ向かうと――
『ここは色ボケでバカの部屋です。特技は色じかけです!』
そんな文字とセクシーポーズの絵が描かれた張り紙が、ドアに貼られていた。
さらにその下には、小さな字で『サオトメ様に近付くな!』と殴り書きが添えられている。
その内容にカッとなった私は、勢いよく張り紙を剥がした。
「なんなのよ……。誰がこんな陰湿な事を!」
手にした張り紙をクシャクシャに丸めながら、胸が怒りでいっぱいになる。
やっぱり、ローレンが原因なんだ――
あの図書館で会った日から、サオトメ・ロレンツォ、通称ローレンとは偶然会うことが増え、自然と話すようになった。
ローレンはあんなに人気があるのに謙虚で優しく、向上心もあって聞き上手。
見た目もあんなに素敵なのに、中身も完璧な人だ。
それなのに、なぜか彼女はいない。
そのせいで、私がローレンをたぶらかしているという、根も葉もない噂が流れている。
でも私からすると、ローレンは完璧すぎて、そんな感情持つこと自体恐れ多い。
それに、ローレンだって私にそんな感情を持っているわけがないのに……
…………
……
「こっちの薬品とこっちの薬品を入れて……」
魔法実験室で一人で放課後に居残り勉強している私は、ふわりと湯気立つフラスコに集中して魔力をゆっくりと注ぎ込んでいく。
「そして、魔力で薬品を融合させる」
ポンッ!
小さな爆発音が鳴ると、赤色に染まった蒸気が天井に向かって飛んだ。
それを見た私はガックリとうなだれる。
「はあぁ~、また失敗!もうやだ……」
陰湿なイジメみたいなものが、まだ続いている。未だに犯人も分からない。
そんな中で、進級試験に必ず出る融合実験は、一度も成功できていない。
焦りと苛立ちの中、どうして私だけがこんなに苦労するのか、と自問自答を繰り返す。
頭を抱えながら、思わずため息が漏れる。
「魔力が少な過ぎて、融合が上手くいかないんだろうなぁ……」
魔力を使えば使うほど、多少だけど魔力は増えていくらしい。
でも、そんな当たり前の事が、私だけには当てはまっていない気がする。
授業でも当然魔法は使っているし、みんなが遊んでいる間に勉強を続けている。なのに、私だけ魔力が増えている感じが全く無い。
「はぁー。でも、もう一回だけ頑張ろう」
嘆いても仕方ない。やるしかない!
その時、チャイムが鳴り響いて辺りを見ると、一面が夕陽色に染まっていた。
ふと時計に目をやると、もう寮に戻らないといけない時間を指していた。
「もうこんな時間か……。今日も私が夕食の給食当番なのよね……」
あのエプロンはなんとか直したけど……やっぱり嫌だな。
本当に、誰がこんな事をしてるんだろう。
犯人を突き止めたくて様子をうかがっているけど、全く尻尾がつかめない。
私は肩を落としながら机の上に広げたノートやプリントを片付け始めた、その時――
どこからともなく、前方に黒っぽい大きな影のようなものが音も立てずに現れた。
その光景に驚き、私はまとめたノートとプリントを全部床に落としてしまった。
バサバサっと大きな音が響いた瞬間、影が反応するように、鋭く碧い眼光をこちらに向いた。その視線に背筋が凍りつく。
よく見ると、人の形をしているようにも見えるが、それが人かどうかは分からない。
恐怖のあまり叫ぼうとした私は、
「キ、キャ……んん!?」
次の瞬間、その陰に口を塞がれ、不発に終わる。
「んぐっ!?」
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