招かざる訪問者31
「はぁ……はぁ……」
ズキズキと痛む頭を抱え、傍に会ったソファに腰を下ろす。
そしてすぐに、さっき浮かんだ台詞を追いかけるように無理やり自分の記憶を引き出そうと試みた。
『放してください』
『嫌だ。結婚しねぇって言うんだったら放してやる』
酷い頭痛に、ついには吐き気まで襲ってくる。
でも、もう少しで思い出せそうな感覚に、私は止めることなく口元に手を当てた。
「うっ……」
…………
……
懐かしい景色が広がっていく。
遠くからぼんやりと見つめるような感覚で、人気のない道が見える。
信号、横断歩道……これが前世の世界だとすぐに分かった。
私はまだ客観的にその景色を見ているだけだったけど、次第にその光景に引き込まれるような感覚が訪れた。
足音が聞こえてきて、風が顔に当たる。
まるで、そこに自分が立っているように――
「からかってなんてねぇよ」
突然、声が耳に飛び込んできて、体がその場に溶け込む。
「これが、からかってないならなんなんですか!?」
「……お前じゃないと駄目なんだよ!」
「えっ……」
衝撃の台詞に思わず驚いてしまった。
そんなの嘘に決まっているのに。
「な……何言ってるんですか?」
完全に、馬鹿にされてる。
やっぱり親の回し者だったのね。
両親の事を知っている事もおかしかったし、無駄にイケメン過ぎるし怪しいと思っていたのよ!
「あなたが何を言おうと、私は今日あの人と結婚します!」
そう言って手を振り払って背を向けると、ギリっと奥歯を噛みしめる音が聞こえた。
「……なんで他の男のとこに行くんだよ……、俺がどれほど……。もういい……俺言ったよな。結婚なんてしたら、お前を……シエルを殺すって……」
ブツブツと独り言のように呟かれた恐ろしい言葉に、ギョっとして足を止めて振り返る。
すると、彼の顔にかかっていた靄が消えスッと消えて、どこかで見たような容姿端麗な男性の顔が映り込んだ。
その男性は、ゾッとするくらいに死んだような目で私を見ていた。
手にしているバッグを、グッと握りしめて口を開ける。
「さ……さっきも言いましたけど、人違いです。私、シエルなんて名前じゃ……」
そう話していると、目の前の男性の髪が、スルスルっと腰くらいまで伸びていき、初めて見た時くらいの長さになった。
その変化に、私は思わず目を見開いた。




