招かざる訪問者30
『やめてっ!』
嫌がる私を、無理やり魔法陣の上に押しつけるディオン。
必死に訴えても、ディオンは私に無視を続ける。
その時、突然、魔法陣から浮かび上がっていた怪しげな光がスッと消えた。
次の瞬間、ディオンは取り乱したように頭を掻きむしり、髪を掴んで叫んだ。
『はぁ!!??』
その声に、私は驚きビクッとしてしまう。
『どうして!!今まで成功していたのに、なんでだ!?』
声を荒げたディオンは、ハッと魔法陣を見つめ、静かに呟いた。
『まさか……あの魔法石だけ不完全だったのか……?』
私は、驚く暇もないほどに、次々と断片的に蘇る記憶に、思わず口元に手を当てた。
この世の終わりのような顔をしたディオンの映像が、突然途切れ始めたと思うと……ザザっと頭の中の映像が砂嵐のようにかき消された。
「あれ……?」
頭を押さえて独り言を漏らしたその時――
ポンと頭に手が乗る感覚がした。
「また勝手に出たのか?」
顎を上げて見上げると、呆れ顔のディオンが私を見下ろしていた。
「ひゃぁ!」
驚いて後ろにひっくり返りそうになると、「危ねぇだろ」と言って背中を支えてくれた。
私は、ため息をついて隣に腰を下ろしたディオンをじっと見る。
「なんだ?」
「ううん。お……おはよ」
ここに来た日、ディオンの顔には疲れの色が濃く出ていて、言っちゃ駄目かもしれないけど、老けて見えた。
だから、道中で『なんか顔が凄く疲れてるけど、大丈夫?』と尋ねた。
すると、ディオンは少し間を置いて『……ただの寝不足だ』と答えた。
その時はその言葉を疑ったけど、今なら分かる。
あれは本当だったんだって。
「シエルの魔力は遠目でも分かりやすいから、出たいときは俺と一緒の時だけにしろって言っただろ」
そう言うと、私によく分からない魔法をかけた。
「大丈夫だよ。ここ、NIHONから凄く遠い場所なんでしょ?」
「万が一ってのがあるだろ」
不満そうな顔が見える。
また違和感。
なんだろう?前はもっと心に余裕があったはずなのに……
ディオンらしくないと思ってしまう。
何をそんなに怯えているんだろう。大魔法使い様であるディオン様はどこに行ったの?
「それに、学園に私にそっくりな人を置いて来たんでしょ?」
だから捜索なんてされないって言ってたじゃん。
「……ああ……」
ここに来てからずっと変な感じ。
私は、前の堂々としていた頃のディオンの方が好きだなって、密かに思ってしまう。
あれ?
そう言えば、さっき何か大事な事を思い出したような……?
絶対、忘れてはいけないような事だった気がするのに……
なんでだろう?
全く思い出せそうにない。
私は首をひねってからぼんやりと空を見上げた。
「……?」
…………
……
「そろそろ帰ろうと思う。冬休みも今日で終わりだし」
ついに年も明けて明日から新学期だ。
なんだかんだで、このディオンの別荘にも半月以上居たと思う。
残念な事に、ディオンとは最後まであまり一緒に居れなかったけど……
でも、素敵な海もたっぷりと楽しめたし、ラブなんてかなり満喫出来たいみたいだし、ここに来れてよかったと思ってる。
生き生きとした目で小魚を手掴みで狩って食べるラブを思い出しては、可愛くてふふっと笑いがこみ上げてくる。
「もう少しくらい居てもいいんじゃねぇか?学園にはお前の代わりがいるんだから」
「そうだけど……、Dクラスになって意識を失って出遅れた時、馴染むのに結構時間がかかったんだよね。だから新しいクラスには早く慣れておきたいの。新学期がチャンスだと思うし!」
ディオンとは学園でも一緒に居れるし。
……あれ?研究があるなら暫く休むのかな?どうなんだろう?
「……俺の研究は、あと数日で完成する予定だ。だからそれまで待ってくれ」
ん?ああ、そっか。ディオンは忙しいもんね。
送るのが難しいって事だよね。
「いいよ。私一人で帰るし。ディオンは研究を続けて」
「はぁ?無理だろ。方向音痴のくせに」
「うっ……」
どうしてそれを知ってるの。
「それに、ここがNIHONからどれだけ離れてると思ってんだ」
「知らないけど、きっとどうにかなるよ。魔法もあるし、世界地図だって持ったし!」
と、世界地図を広げて見せる。
「はー、簡単に考えすぎだ。間違って訳の分かんねー国に行くと、一生帰れなくなることだってあるんだぞ」
「じゃあ出来るだけ海の上を通って行くよ」
「馬鹿か。海の上も安全じゃねぇんだよ。何かあったらどうする気なんだ」
異常に過保護なディオンの発言に、私は首をひねった。
「前から思ってたんだけど、ここに来てから変じゃない?その、今やってる研究と関係あるの?」
私が質問すると、ディオンは不機嫌そうにこちらをチラッと見るだけで、何も答えなかった。
結局、何を言っても帰ることに反対するディオンと言い合いをしてしまった。
そして私は一旦頭を冷やそうと、部屋に引き籠ることにした。
でも、数時間経っても頭が冷えない私は、ついに立ち上がった。
「もういい!」
私は反抗的な気持ちでリビングで、勝手に帰り支度を始める。
「一人で帰るって言ってるのに!どうして駄目なのよ!!」
ラブが心配するほどにカンカンに怒っていると、突然ある台詞が頭に浮かんできた。
『……と手を出せなかったが、理論通りに考えると、ただお前を殺せばいいだけだ……』
「……ん?」
その言葉が引っかかり、思い出そうと頭を巡らせた瞬間、ひどい頭痛が襲ってきて、まるで頭が割れそうになった。
「うっ……また……」
なんでいつも……




