俺は、お前が……8
シエルは、いきなり瞬間移動でここに連れて来られたんだろう。
ネックレスを握りしめたまま、回復魔法をかけていたような体勢のシエルは、何かに気付いたように瞳を大きくした。
ゆっくりと体を起こし、俺を見る。
そして次に、恐る恐る奴の方へ視線を移した。
「……えっ?」
状況が全く理解できていないといった様子のシエルを至近距離で見たヴァイスは、すっと目を細めた。
「ほう……あまりにも遠くて分からなかったが、これはこれは面白い魔力の持ち主だな。しかも愛でたくなるような愛らし顔つきをしている……。これはカミヅキが夢中になるわけだ……」
ヴァイスは、シエルの舐めまわすような目で見て笑みを深めた。
「離せ!」
そう叫んで瞬間移動しようとしたが、何故か発動しない。
それどころか、指先さえも動かせない。
「……なんだこれは!?」
「やっぱり気が付いてなかったんだね。僕が、陰ながら魔法をかけていた事を……」
「!?」
「やっぱり、女に気を取られていたせいかな?」
と話すヴァイスは、自慢げにシエルの髪をすくった。
「汚ねぇ手で触んな!!」
「だ……誰……?ディオンに何かしたの?」
俺とヴァイスのやり取りを聞いていたシエルは、震えた声で聞く。
「僕はヴァイス」
「ヴァイス……?」
「リヴァーバル帝国では有名なんだけどね。知らないのかい?」
「リヴァーバル……帝国……!?」
シエルは驚いたように周りを見渡した。
「ディオンには、ちょっとした魔法をかけただけだよ」
シエルはリヴァーバル帝国の鎧を着た兵士や魔法使いを目にし、信じられないという表情をヴァイスに向けた。
その表情は、瞬く間に怒りの炎に変わったのがハッキリと見て取れた。
「……ローレンやアランやメイたちを傷つけたのは、あなたね!」
そう言うと、即座にヴァイスに手の平を向けた。
「おい待……」
俺が止める間もない程に早く、シエルはヴァイスに向かって魔法を放った。
ボンッと爆発音が鳴ってヴァイスたちの周りを煙がを覆いつくす。
次々と止むことのない爆発音に、辺り一帯に煙が立ち込める。
「そいつはお前が敵う相手じゃない!」
と叫んでみるが、俺の声はこの大音量にかき消されているようだ。
「シエル!」
ヴァイスは生粋の女好きだ。
さっきの感じからして、こんな事をしてもシエルを殺すなんて事はないとは思うが……
「……みんな、あなたのせいで……っ!!」
爆発音と爆発音との隙間に、そんな言葉が聞こえた。
きっと、やられた仲間のための敵討ちでもするつもりなんだろう。
でも、今のシエルでは到底かなわない。
そんな事は今のシエルでも分かるはずなのに。
強烈な煙でのせいで、今の状況すら全く分からない。
「くそっ!」
この動けなくなる魔法さえ解ければ……
手が動かせない状態で、この高度な魔法を解くのはかなりの時間がかかりそうだ。
手が使えたら一瞬なのに!
まるで解き方を知っている知恵の輪を、赤子の手で解いているかのようだ。
簡単に魔法を解除されないよう、ヴァイスはあえてこの魔法を使ったんだろう。
本当に趣味が悪い。趣味が悪いのはその恰好だけにしろよ。
そんな事を考えていた時、シエルの叫び声が俺の鼓膜を貫いた。
「きゃぁーー!!なに、これ……」
その時、風が煙を一掃し、姿を現したのは――
王宮ベッドの4本柱のうちの2本に、植物の蔓のようなもので張り付けられたシエルと、そんなシエルに手をかざしているヴァイスだった。




