Gクラス-9歳-3
そのまま背中側を進行方向にして、凄まじい勢いで体が校舎側に吹き戻されて行く。
言う事をきかなかった罰として、建物にぶつけられて殺されるのでは、と一瞬最悪の想像が頭を過ぎる。
でも、私は何にもぶつかることもなく、気付けば自分の教室の真ん中で浮いていた。
冷や汗を滲ませながら周囲を見回すと、クラスの講師が鬼のような形相でステッキを向けていた。
「あなたって人は……!」
講師がため息をつき、ステッキをゆっくりと下ろすと、私の体もじわじわと床に降りていく。
足が地面に付いた瞬間、講師がパンパンと手を叩いた。
「はい!みんなも授業に戻るわよ!タチバナ・シエルさん、早く座りなさい!」
私はその言葉を無視して窓に駆け寄り、張り付いた。
「タチバナさん!!」
怒鳴る講師を再び無視し、まだ小さく見える親の姿に向かって叫んだ。
「パパ!ママ!大好きだよーー!!」
倒れたままのお父さんを抱きかかえるお母さんは、遠目でもこっちを向いて泣いていように見えた。
「パパ……ママ……」
気づけば、頬に大粒の涙が伝っていた。
教室だという事も忘れ、肩を震わせながら泣いた。
「うっ……帰りたいよぉ……」
すると、背後からすすり泣く声が耳に飛び込んで来る。
揺らぐ視界で振り返ると、教室の子どもたちのほとんどが涙を流していた。
そうだ。
この子たちも……
やっぱりこんなのおかしい!
絶対に間違ってる!
国は、本当にこうするしかなかったの!?ねぇ!
「タチバナさん、これ以上私を困らせないで頂戴」
講師の声が驚くほど遠くに聞こえた。
怒りと悲しみが混じった不満が、胸の奥で爆発しそうだった。
でも――爆発したところで、何も変わらない。
だって、学園最弱の魔力と噂される私には、ただこうして下唇を噛みしめることしかできないんだから。
無力感に押しつぶされそうになりながらも、お父さんが心配でたまらなかった。
駆け寄りたい。今すぐお父さんの無事を確かめたい。
でも、そんな事は出来ない。
両親があの門からいなくなるまで、私はただその姿をじっと祈るように見つめ続けるしかなかった。
後日、お母さんから手紙が届いた。
その手紙には、半日寝たらパパは元気になったと書かれていた。
『手紙にも書いたけど、この学園は表向きは魔法使いを育てる学校だ。でも、本来の目的は……』
お父さんの発言については、何も触れられていなかった。
……あの続きは、何?
お父さんが言っていた手紙って、どれの事?
全部読み返してみたけど学園の事について書かれている手紙なんて、一通も見当たらなかった。
噂では、学園側が手紙をすべてチェックしていると言われている。
あまり信じていなかったけど――それは本当なのかもしれない。
4年ぶりに会った両親。
当たり前なのかもしれないけど、さらに歳がいっていた。
私を産んだのが40歳前だから、今はもうすぐ50歳か……1年でも早く卒業して安心させてあげたい。
そう思う反面、なかなか進級出来ない自分の状況に頭を悩ませてしまう。
もし奇跡的に卒業出来たとして、私はきっとすぐに復讐のために動くだろう。
復讐を実行する時、自分の身に危険が生じたら……両親はどう思うだろう。
そんな事を想像するだけで、不安が押し寄せる。
この世界は、前世とは違う世界。
それを知った時は絶望したけど、チートに近い魔法がたくさん存在するこの世界なら、前世に戻る方法があるかもしれない。
そうと信じて、今、大図書館で手がかりを探しているところだ。
私は殺されるような事なんて何もしてなかったし、した覚えもない。
なのに、なぜ殺されなきゃならなかった?
何年経ったとしても、私を殺した奴に復讐を果たす。
きっとそれが生まれ変わった私の宿命だし、この思いを風化させるわけにはいかない。
でも……両親を悲しませたくない。
復讐は私の使命なのに……
もう……どうしていいのか分からない。
「私が2人いたらよかったのに……」
胸元のネックレスを両手でそっと握る。
お父さんとお母さんの笑顔を思い出しては、胸が張り裂けそうな程に痛んだ。




