裂かれた大地18
信じられない気持ちでゆっくりと立ち上がり、アランの名前を呼びながら近づいていく。
その間、アランはピクリとも動かない。
いつも埃一つ無いピカピカの恰好をしていたアランは、今はひどくボロボロだった。
アランの傍で足を止めて見下ろす。
アランは軽く口を開けたまま、寝ているように目を閉じていた。
その瞬間、嫌な予感が私を支配した。
「アラン……?」
嘘……だよね?
「ねぇ……アラン……っ」
どうせ冗談やで、って笑って起き上がるんでしょ?ねぇ……
「なんで何も言ってくれないの?!ねぇ……なんで……っ!」
ローレンだけじゃなく、アランまで……!?
私は、地面に倒れたままのアランの横に膝をつき、回復魔法を使うという事も忘れて泣き叫んだ。
もう……
頭が、真っ白だ……
「……んで……」
その時、苦し気な叫び声がたくさん耳に飛び込んできた。
目を向けると、凄い勢いで歩兵がやられて行く様子が映った。
空陣が完全に崩れたせいか、アランが外れたせいかは定かではないが、私が関与していることは間違いないだろう。
地獄絵図のような光景を見せつけられ、現実を拒否したくなる。
こんなの、夢だ……
でも、これは現実で……
「……全部、私のせいだ……」
そう呟いた時、まるでとどめを刺すかのように、信じられないほど巨大な光の球が敵陣の上に現れた。
その瞬間、あの魔力の持ち主が、ついに戦争を終わらせる気になったんだと分かった。
圧倒的な力の差に、諦めの感情が頭を過る。
もう終わりだ……
頭の中でそう呟いた瞬間、太陽のように眩しいその光の球が、凄いスピードでこちらに向かって来た。
もう逃げようなんて微塵も思わなかった。
こんな力の差を見せつけられて、立ち向かおうと思う人はどこにも居ないだろう。
絶望と焦燥感に蝕まれる私は、そのまま巨大な球が近付いてくるのを、ただただ見ていた。
そして、服から出ていたネックレスを強く握りしめ、両親とちゃんとあの時に話せなかった事、初めて好きになったディオンに、好きと言えなかった事をひどく悔やんだ。
今さら、悔やんでも遅いのに……
前世は楽しい事なんて、何一つ無かった。
両親からは奴隷のように扱われ、クラスメイトからは汚いとゴミのような目で見られていた。
でも今世は全然違った。
1番目じゃないにしても、私は両親から確かに愛されていたと思う。
愛を、たくさん貰っていた。
それは両親からだけじゃない。
友人からも……
私を貶す人、妬む人は当然のようにいたけど、今世はたくさんの友人に囲まれて本当に楽しかった。
楽しくて、何度心の底から笑ったのかなんて覚えていないくらいだ。
それほどに今世の私は『幸せ』だった。
ああ……、
もっと、みんなとの時間を過ごしたかった……
涙が滲む中、目の前まで迫りくる球にギュッと目を閉じると、すっと頬に温かな涙が流れた。
その時、突然、頭の中に過去の出来事が鮮明にフラッシュバックするように映し出され始めた。
ディオンと建国祭ではしゃいだ時間、メイに呼ばれて部屋に入るといきなりクラッカーが鳴って、部屋に居た友人が一斉に『誕生日おめでとう』と祝ってくれて泣いた時、学園から脱出しようと頑張った日々、初めてメイと話した時、両親の言う事を聞かずに魔法学園に連れて行かれた時、ネックレスをもらった時、両親とあの狭く暗い部屋で笑いながら遊んでいた日、
そして……
生まれて来てくれてありがとうと、両親に泣かれた時――
「何やってんだよ。馬鹿が」
そんな怒りに震えたような声に、見えていた映像がすっ消えた。
驚くほどに聞き慣れた、愛しいその声に、一瞬でディオンの顔が浮かんだ。
でも、瞼を開けると、この目に映し出されたのは、なぜか黒髪の男子生徒の後ろ姿だった。




