私、死にたくない……29
鉛のように重い体をなんとか動かそうと、なんとか仰向けから横向きになった瞬間、何もない空間にスッとディオンが現れた。
「ディ……」
驚いて名前を呼ぼうとした瞬間、目に入って来たディオンの表情に息が止まった。
何故なら、ディオンの表情には酷い殺意が宿っていて、冷酷極まりない目をしていたからだ。
ディオンにまとわりついている氷のような空気が、私の肌にまで突き刺さった。
「が……ぐ……」
男たちの唸り声がずっと部屋に響いている。
この冷たい目をしたディオンと、瞬く間に土色になっていく男たちの姿。
直感でわかる――これはディオンの仕業だ、と。
このままだとディオンが殺人犯になってしまう、という恐ろしい考えが頭を過る。
「こ……しちゃ……だめ……」
あの主犯格にかけられた魔法のせいか、まだ声が上手く出せないし、起き上がることさえできない。
ディオンを止めたいのに、近づくことすらできない。
ディオンは、男たちが苦しげに大きな唸り声を上げる様子を、無表情のまま見下し見ている。
「……ン……」
何度もディオンの名前を呼んでも、私の弱々しい声は男たちの苦痛の声にかき消され、ディオンには届かない。
「……オ……ン……」
喉に手を当て、絞り出すように声を振り絞る。
「殺さ……いで……」
やっと私の声が届いたのか、ディオンは怒りに翻弄された瞳のまま、こちらを見下ろした。
「…………お前……こいつらが何しようとしてたか、分かってて言ってんのか?」
悍ましい程の狂気に溢れたディオンの目に、全身に寒気が走った。
「わ……かってる……」
私の言葉を聞いた途端、ディオンの目がカッと見開かれた。
「分かってねぇだろ!!」
そして、私の足元でうずくまっていた主犯格を長い脚で勢いよく蹴り上げ、机に吹き飛ばした。
ガン!とぶつかる音が耳に飛び込んでくる。
「うっ……」
主犯格は苦そうに顔を歪める様子に、上手く上がらない手をディオンに伸ばす。
「……めて……っ」
「るせぇ」
「……やめ……て……よ……」
「煩せぇって言ってんだろ!!」
ディオンは振り返りもせず、背中越しに叫んだ。
冷たい空気が部屋を包み込む。
私の視線の先には、力なく崩れ落ちた主犯格が横たわっていた。
頭部からは血がだらりと垂れ、床に赤い染みを広げている。
「ディ……オン、……もう……止め……て。……お願……!」
このままじゃ、ディオンが殺人を犯してしまうかもしれない。
講師の資格を失い、あの恐ろしい塔に入れられるかもしれない。
全て、私のせいで……
そんな事を考えていると、心が痛み、自然と涙が溢れて来た。
「うっ……お願い……」
涙声で懇願する私の声は震えていたけれど、ディオンの背中に届いてほしいと必死に祈る。
すると――ディオンの動きがピタリと止まった。
「なんでだよ……」
ディオンはゆっくりと振り返ると、苦しげな顔を浮かべた。
「なんでお前は、いつも……っ!!」
その顔を見た途端、堰を切ったように涙が溢れてくる。
「だって……ディオンが……うっ……」
「泣くんじゃねぇよ!!なんで泣くんだよ!!こんな奴の為に!!」
ディオンはそう叫ぶと、勢いよく主犯格に手をかざした。
その瞬間、視覚に映ったのは、ディオンの体の周りで渦を巻き、次第に手のひらに集中していく魔力だった。
「こんな奴らなんて、今すぐ死ねばいい」
鋭く刺さるその声に、私は思わず息を呑んでから大きく口を開けた。
「や………………やめて――――――!!!!」




