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小さな違和感と初めての愛情1


赤ちゃんになって、もう半年が過ぎようとしている。


赤ちゃんになったと分かった時、これが今流行りの()()()()()なんだと思った。

でも、日を追うごとに、そうでは無く普通に()()()()()()()()()()んだと分かってきた。


そう思った理由はいくつかある。

まず、この家が純和風の家だったこと。

それに、両親の会話に出てくる地名や物の名前が、異世界っぽさとはほど遠いものばかりだったからだ。

『シンジュク』『冷蔵庫』なんて言葉が、異世界で出てくるわけがない。



「あぶぶ!!」

目の前でオルゴールの音楽と共に動くクマのキャラクターに、この体は条件反射のように勝手に手が伸びてしまう。


どうせこんな非現実的な事が起きるのなら、元々ファンタジー好きだったし、異世界転生とかでバンバン魔法とか出してみたかった、なんて最初は思った。


でも、今は現代に生まれ変わって本当に良かったと思ってる。



だって、現代じゃなければ――

私を殺した奴に、復讐なんて出来ないからだ。




私は別人に生まれ変わっても、何年経っても、あの黒髪で髪の長い奴を永遠に許さない!


私は無宗教だけど、きっと神様は私に復讐ふくしゅうする機会を与える為に、生まれ変わる権利を与えて下さったんだろう。


待っててよ!

早く大きくなって、私を殺したことを後悔させてあげるから!




でも……私が死んだ後、どうなったんだろう?


私を殺した奴は捕まっているんだろうか?

もしかして、大量殺人犯で、死刑が確定しているとか?

それとも、海外に逃亡して、今は何食わぬ顔でのうのうと生きている?


捕まっていないなら、復讐できる可能性は高い。

でも、捕まらずに自由に過ごしている様子を想像するだけで、怒りではらわたが煮えくり返る。




「あぶあぶ!!」

歩く事さえ出来ない私は、手にしていた歯固めのオモチャを噛んでから怒りのままにブンブンと振り回す。


今いくら考えても、寝返りさえも出来ない赤ちゃんの姿じゃ……何も出来ないけど。

どちらにしても、もう少し先の話になるだろう。



「ふふっ、シエルちゃんは力持ちでちゅねぇ。そのオモチャ気に入ったのかな?」

隣で優しく微笑むお母さんが、ずっと幸せそうに私を見つめている。

そのお母さんが、ふわりと手を伸ばしてきた瞬間、私は反射的に体をこわばらせ、ギュッと目をつむってしまった。


でも――

すぐに頭をふわりと包まれる温かい感覚が伝わって、恐る恐る目を開けた。

すると、優しくでてくれるお母さんの愛情のこもった目と目が合った。


じんわりと胸の奥が温かくなる。

お母さんの手の感触は驚くほど柔らかくて優しい。


撫でられるだけで幸せを感じてしまう。



なのに――

前世の親に手をあげらていた記憶のせいで、頭に手を伸ばされる瞬間だけは今でも苦手で慣れない。



「お!?やっぱりそれ気に入ったか。さすが俺が選んだだけあるな」

別の部屋にいたお父さんが笑顔で飛んで入って来た。


「最初に見つけたのは私ですけどぉ?」

「あぶぶ……?」

私の声に、両親(そろ)って見詰めてくる。



この両親は嘘みたいに、本当に仲が良い。


だんだん慣れて来たけど、最初の頃は、まるでフィクション動画を見ているような気分で眺めていたっけ。



「ふふっ、可愛い」

「俺たちの子だからな」

「あなたったら」



そして、自分で言うのもなんだけど、両親は私の事が心底大好きなようだ。


つきっきりで私のお世話をするお母さん。

休みの日には、待ちわびていたかのように絵本を読み聞かせてくれるお父さん。


前世で何度も口にしていた『親ガチャ』なんて言葉を思い返すと、今の両親にそんな言葉を当てはめるのが申し訳なく思うほどだ。


こういう人達の事を『親の鏡』と言うんだろうな。



前世の両親は気に入らない事があるとすぐに暴力を振ったり、本当に散々だった。


高校も行かせてくれず、中学を卒業してからずっと働き詰め。

なのに帰宅した途端とたん家事も全部押し付けられ、稼いだ給料は全部むしり取られていた。

少しでも反抗すると手を出されて、体にはいつもどこかしらあざがあった。


私はずっと、何のために生きているのかも、よく分からないまま生きていた。

死にたくても死ぬ勇気もなくて、ダラダラと苦しみながら生きていた。



でも今世は違う。

私を本当に愛してくれる人がいる。


そのことが本当に嬉しい。

だけど、こんなにも幸福を感じている分、大きくなったら復讐しに行くという決意が、ひどい罪悪感となって私を苦しめる。


もし私の身に何かあったら――この両親を悲しませる事になってしまうだろうから。

そんな未来を思うたびに、心の奥が痛む。



本当に……中身が私なんかでごめんなさい。




ふわりと浮いた感覚がしたと思うと、いつの間にかお母さんの腕の中にいた。

私の体は、優しくゆりかごのように揺らされている。


「大好きなシエルちゃん」

お母さんの腕の中はいつも心地よくて、安心出来て、なぜか絶対に眠くなる。そんな不思議な場所だ。


「シエルちゃんは長生きしてね」

そんな願いにも似た言葉に、閉じかけたまぶたをぎゅっと力を入れて持ち上げる。

案の定、今にも泣きそうなお母さんの顔が視界に入った。


お母さんは時々、私に長生きを願っては悲しい顔をする。


普通、親が子供の長生きを願うのは当然のことなんだろうけど……



「あぶ……」

私は無意識に小さな手を伸ばしていた。


お母さんの涙が胸を刺すように痛くて……



子供の本能なのかな。

小さい頃って、こんなんだったっけな……

全然覚えてないや。


とにかくお母さんの涙を見るのは、胸が張り裂けそうな程に辛い。それだけは分かる。



でも、ごめんなさい。

私、その願いを叶えれるか分からないです。


だって自由に動けるようになったら……命の危険があったとしても復讐しに行くって決めてるから。


それが、生まれ変わらせてもらった私の使命だろうから。



本当にごめんなさい。

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