4カ月遅れの誕生日4
心臓がドクンと大きな音を立てる。
「あっ……違う。こ、これはっ、忘れてたとかじゃなくって……」
慌てて手を離して後ずさりする。
私の失態のせいで、ディオンが何か行動に出るんじゃないかと身構えたけど、その予感は珍しく外れた。
ため息をついたディオンは、いつもの定位置であるロッキングチェアに腰を下ろす。
肘をつき、指先をこめかみに当てながら、静かに口を開いた。
「で、どうすんだ。どっか行きたいって、どこに行きてぇんだ?」
あれ?何もしないんだ。
そんな小さな違和感を感じた。
てっきり押し倒されると思ったのに……
その時、ふわふわっと頭上に浮かんできた色気のあるディオンの姿に、『何考えてんの!!』と慌てて頭を振った。
「ど、どこでもいい」
なんか変な汗が出てきた。何?今のイメージは!
「は?なんだそれ」
私は、本当に外の世界を知らない。
5歳まで家から一歩も出る事も許されず、その次はこの学園に入れられてしまった。
外の世界で知るのは、本の情報と展望台から小さく見える建物くらいだ。
だから、もし復讐という使命がなかったら、私は――きっとこう願ったんだと思う!
「今すぐ行きたい!学園の外に出てみたい!」
私の言葉に「あぁ、そういう事か」と納得したような声を出すと、「ん」と言って手を出してきた。
本当に、今から連れ出してくれるんだ。
やっと、この閉鎖された空間から……出れる!
爆発しそうな程のワクワク感と小さな緊張感を抱えながら、差し出された手に自分の手を乗せた。
すると次の瞬間、目の前の景色が変わって――私は上空にいた。
「……っ」
まだ心の準備が出来ていなかった私は、大きな口を開けて足元をそっと見下ろした。
するとジオラマみたいに小さくなった学園が私の瞳に映り込んだ。
「嘘っ……本当に、出れた……」
その瞬間、信じられない気持ちになった。
12年間、心底出たいと願い続けてきた学園。
なのに、こんなにも簡単に出れてしまうなんて……
驚いていると、髪をなびかすほどの強い風が吹いた。
すると、突然この高さが恐ろしくなり、『落下』の恐怖がこみ上げてきた。
思わず繋いでいる手に力が入る。
それだけだと心もとなくて、ディオンの腕にぎゅっと抱き着くと、ディオンが不思議そうな顔をした。
「なんだ?その手は」
あ!また、近付きすぎだとか言われる?でも離れのは怖すぎる。
「えっ?」
怖いから、なんて言ったら馬鹿にされるんだろう。
そう思った私は、咄嗟に誤魔化す。
「ね、念のため?」
「は?」
私がそんな事を考えているとは知らないディオンは、困り果てたような声を出す。
「……それにしても難しいな」
「何が?」
「お前が学園を出たいって言ったから、とりあえず出たけど……。女が好きな場所なんて分かんねぇ」
「あー……」
確かに、知らなさそうな気がする。
「お前……、今の『あー』ってどういう意味だ」
ディオンが睨んでくるから、慌てて目が泳いでしまう。
「べ、別に、そんなつもりで言ったんじゃ……」
「そんなつもりって、どんなつもりだったんだよ」
「え、えっと……っ!」
墓穴を掘ってしまったと思った私の両頬が、突然ディオンの手に強く挟まれる。
「しゅ……しゅみません……ん」
その時、ふと視線の先に、展望台から先端だけ見えていたスカイツリーが映り込む。
その瞬間、ひらめいた。
ディオンの手が頬から離れると、私はすぐに口を開いた。
「ディオン」
「ん?なんだよ」
「私、スカイツリーに行きたい!」
指をスカイツリーの方向へ向けながら言う。




