不安定な魔力9
鋭い切れ長の目なのに、なぜか温かみを感じてしまう。
私、やっぱりこの目をよく知ってる。
なのにどうして思い出せないんだろう。
「俺と違って、お前の事を必要としてる奴は五万といるだろうが。
その証拠にみんな待ってんだよ。お前が戻ってくる日を」
そう言うと目の前の彼は、すっと立ち上がった。
「みんな……って?」
自分の倍くらいはありそうなこの美男子を見上げる。
「ここで言っても多分無駄だ。でも戻れば分かる」
その言葉にハテナを浮かべてしまう。
「本当に、私を必要としてくれている人がいるの?」
「ああ。ウゼぇくらいにお前を待ってる。だからさっさと戻るぞ」
彼は「ん」と言って手を出してくる。
私はその大きな手を見つめ、一瞬躊躇いながらも、そっと手を取った。
すると――
次の瞬間、指先から全身にかけて、まるで忘れていた記憶が細胞の中から蘇るような感覚が走り抜けた。
そして……
「……ディ……オン……?」
「やっと思い出したか」
その瞬間、ディオンの目が優し気に緩んだように見えた。
「……うん。思い出した」
「チビじゃなくなったのに黒髪のままだな」
と、どこか懐かし気に言われて自分の姿を見るけど、記憶にある自分の姿のままで、なんの事だか分からない。
首を傾げてディオンを見ると、さっきまでディオンの腰あたりにあった目線が、いつの間にか肩下あたりに変わっていることに気づいた。
その時、水滴が落ちるような音がして、反射的に首を振ると、周囲はかなり薄暗い洞窟のような光景が広がっていた。
「あれ?ここは……、どこ?」
記憶を辿ろうとしても、どうしてこんな場所にいるのか思い出せない。
今まで何をしていたのか、頭がぼんやりとして曖昧だ。
むしろ、思い出そうとするほど記憶が抜け落ちていくような感覚に襲われる。
ついさっきの出来事さえ、まるで夢の中の出来事のようにぼやけている。
でも、ディオンが私にくれた言葉は覚えている。
「ディオン。ありがとう」
「ん?」
「私を待ってくれている人の話……凄く嬉しかった」
私を励まそうとしてくれたんだよね。
「あー、……あぁ」
そう言うと目をそらして頭を掻いた。
「ほら、さっさと行くぞ!ってかなんだ、この足元のキノコは。湿度高すぎだろ。キノコ鍋でもする気かよ」
そう言われて見た足元には、なぜか所々にキノコが生えていた。
「あっ。ほんとだ。キノコ鍋出来そうだね」
「ほんとだ、って、お前のした事だろ」
「そうなの?なんか、もう覚えてないや」
苦笑いしながら頬をポリっと掻いた。
「なんだそれ。救いようのない馬鹿だな」
ディオンはククっと笑うのを見ると、さっきまでの悲しみの余韻が残っていた心が、じわりと温かくなるのを感じた。
馬鹿だなんて言われて悔しいのに、どこか嬉しく思ってしまう。これは、何?
それにしても、さっきまで人生の終わりが永遠に続くような、とても苦しくて悲しい事が沢山あったはずなのに……どんなに首をひねっても、不思議とそれがなんなのか思い出せない。
そうだ!そういえば、この場所に来る前に、すごく大事な事を思い出したはず!
あれ?
うーん、なんだっけ……?
なんとなく、前世の記憶だったような気が……
「これからちょっとヤバい所を通るから、ちゃんと掴まっとけ」
「ヤバい所!?」
一瞬でお化け屋敷のようなところを想像した私は、咄嗟に握っていた手を放してディオンの腕にしがみついた。
その瞬間、ディオンの腕がビクッと震えたのを感じた。
ちらっと顔を見上げると、彼はそっぽを向いていて表情は見えなかった。
突然、体がふわっと浮き上がる。
「ひゃっ!」
どこまでも高く上昇していく感覚に、思わず目を閉じた。




