不安定な魔力5
ポケットに手を突っ込み、シエルのネックレスに触れる。
この石に入っているヒビ。
おそらく、俺がシエルを屋根から突き落とした時にできたものだろう。
あの時、助かろうとして使ったシエルの魔力が、制御の限界を大幅に超えたことでヒビが入った。
そのせいで魔力の制御力が弱まり、外から見るとまるで魔力が急激に増えたように見えた。
それが、最初に魔力の覚醒と誤解された原因だ。
そして2度目の覚醒も、俺がこの制御装置であるネックレスを、ただ外しただけ。
つまり、どちらも覚醒ではない。
制御装置で制御できる魔力には限界がある。
普通の魔力量なら制御装置で十分事足りるだろう。
でも、普通じゃねぇ奴だったら……あの塔に入れられていた時の俺のように、多少なりとも使えてしまう。
シエルはこの制御装置があるのに、ずっと魔法が使えていた。
それは、魔力量が通常の範囲以上だったからだ。
シエルの魔力が普通の奴より多いという事は、あのネックレスが闇の物だと睨んでいた時から予想していた。
だからネックレスを外したら、一瞬で膨らんだ魔力の圧力に負けて、魔力の暴走が起きる可能性が高いと分かっていた。
でもそうなったら、いつもみたいに俺が抑えこめば済むだけだと思っていた。
でも、実際はそうはいかなかった……
俺は、シエルの魔力を完全に見くびっていた。
予想もしていなかった。
こいつが……
大魔法使いである、俺並みの魔力の素材を持っているなんて……
それに、ネックレスがこんなに出来の良いものだというのも、大きな誤算だった。
闇魔法の魔道具は手に入れるだけでも至難の業だ。
もし手に入れたというのがバレたら、それだけで何十年も牢屋行きか、終身刑が確定するほどの危険物だ。
そんな魔道具の中でも最上級の出来のものを付けていたなんて……、誰が思う?
通常の魔法使いなら、こんな出来の良い闇魔法が練りこまれたネックレスなんて付けたら、まず魔力感知器をかけても一切反応が出ない程に魔力が抑えられるだろう。
でも、シエルはこんなネックレスを付けていたのに、長年魔力が使えていた。
それほどに膨大な魔力を持って生まれて来ていた、という事だ。
どうして両親はシエルにこんな物を与えたのかと考えた時、ふと両親に興味を持った。
すぐに俺は資料室からシエルの生まれた場所を調べて足を運んだ。
だが、そこは既に空き家となっていた。
このネックレス1つ買うのに、きっと家が何個も買えるくらいの額が必要だったことは簡単に予想できる。
なのに、驚くことにシエルの住んでいた場所は、TOKYO23区ではあるが、その中でも最も安く住める地域だった。
建物からしても何世代も前に建てられた感じで、家の中もボロボロで何もかもが古かった。
あんな家に住んでいた人間が、そんな大金を持ってるとは思えない。
何がどうなっているんだ。
本当……、
自分の失態でシエルがこんな状況になったというのにも気分悪いのに、新たに分からない事が増えて、マジで気持ち悪りぃ。
まぁ、色々な手を使えば両親の場所も調べれなくはないが……そこまでじゃねぇんだよな。
そんな事を考えていると、メイの手に乗っていた熊野郎が、ピョコンとベッドに降りてシエルに頬をすり寄せた。
「ラブ、メイに会いたかったよね。今日もよく我慢したね」
そう言ってメイはポケットからドングリを出して来て、ラブのすぐ横に置いた。
でも、見向きもしない。
「シエルの傍でも食べないの?お昼も食べてなかったじゃん。ちゃんと食べないとラブまで倒れちゃうよ?」
ラブは、つぶらな瞳で眉を寄せるメイをジっと見上げると、ゆっくりと足元にあるドングリを見た。
すると、やっとドングリを手に取り、かじり始めた。
そんなラブを見たメイは、ホッと小さな息をこぼしてからこちらに目を向ける。
「カミヅキ講師。このまま……目を覚まさないなんて事、無いですよね?」
「……分からない」
長年生きてる俺だって、こんなのは初めてだ。
ダメ元であの書庫で色々と調べてみたけど、やはりこんな事例は載ってなかった。
当たり前だ。
世界でも最高級の出来栄えの魔力制御装置を付けて育ってきた、世界でもトップクラスの魔力を持っていた人間の魔力を一気に解放したらどうなるか
……なんて……
載っているわけがない。
「特別講師なのに……」
ボソっと言われたメイの言葉にイラっとした。
「は?」
「特別講師だったらなんだって分かるんじゃないですか!?」
「んな訳ねぇだろ。なんでも分かるんだったら、この世に魔法研究者なんて居ねーんだよ」
その時、すぐ近くから「ウエッ」と吐くような音が聞こえた。




