ついに進級試験10
月色に染められるローレンは、私と目が合うと嬉しそうに目が緩んだ。
「あれ?シエルちゃん。いたの?」
「あっ……」
「でも、どうしてそんな所に?」
その表情は、さっきまでとはまるで別人のようだと思った。
ローレンのスーツ姿は、いつになく大人っぽい。
たった数年なのに、出会った時より断然大人っぽくなったローレンは、中性的な顔立ちではあるけど、もうどこからどう見ても大人の男性だ。
「ごめんなさい!盗み聞きするつもりは無かったんですけど……、その、聞いてしまいました!そして、私を庇って頂きありがとうございました!」
深々と頭を下げると、ローレンは綺麗な笑みを浮かべて、靴音を鳴らしながら近付いて来る。
「そんなの、当然の事だよ。それより飛び級おめでとう」
「ありがとうございます。ローレンも、進級おめでとうございます」
いつもみたいに、ほんの少しの距離をあけた場所に立ち止まるローレン。
「ありがとう。シエルちゃん」
「スーツ姿、とても似合ってます」
「シエルちゃんには負けるよ」
「えっ!そんな……」
「本当だよ。綺麗すぎて……僕だけで独り占めして、どこかに閉じ込めてしまいたくなる位だ……」
ニコッとして言われた言葉に、一瞬で自分の耳を疑う。
「えっ……?」
閉じ、込め……?
いやいや、き、聞き間違い……だよね?
そんな物騒な言葉を真面目なローレンが言うわけがない。
「本当に、綺麗だ……」
うっとりした目で言われて驚く。
「また、そんな冗談……」
と笑って返すと、ジッと見詰めてくるローレンの目がいつもと違ってどこか熱を帯びているようで……途中で台詞が止まった。
「いつも言ってるでしょ?僕は冗談やお世辞は嫌いだって」
なぜか、目が離せない。
「いつものシエルちゃんも凄く綺麗だけど、今日のシエルちゃんは本当に……」
すっと屈んだローレンは、向けて来た手で私の長い髪をすくった。
愛おし気な瞳を向けるローレンは、手のひらにある私の長い髪を見つめる。
何をしているのかと思っていると、ローレンはそのまま私の髪にキスを落とした。
ローレンは、アランと違って一度たりともむやみに触ってくることはなかった。それほど女性に対して誠実な人。
そんなローレンが何故こんな事をしているのか、全く理解できない。
伏せていた長い睫毛が持ち上がり、再び熱が帯びたローレンの瞳と目が合うと、小さく心臓が跳ねた。
「……綺麗だ」
ため息をついて困ったように言われた言葉に、私の方が困ってしまう。
これもお世辞じゃないのなら、一体なんなんだろう。
「少しだけ……触れてもいいかな?」
触れる?ローレンが?どこを!?
長く、綺麗な指が私の頬に向かってくる。
そのせいで心臓が勝手に早まる。
近い……
いや、これはアラン並みの近さじゃ。
薄暗くて分からなかったけど、接近されてローレンの頬がとても赤い事に気付いた。
そっと宝物のように頬に触れられる。
肌を確かめるように撫でてくるローレンに、もうどうしていいのか分からずに固まっていると、うっとりとした目をしたローレンが深いため息をついた。
「はぁ……。可愛い……」
いつもと全然違うローレンと、何も返せない私。
「こんなに可愛いと……もう、罪だね……」
ローレンが、いつもと違う。
そう思った時、ローレンの指先が頬からこめかみ、そして耳裏へと滑る。
「ロ、ローレン?……なんか、今日……」
「駄目だな……。僕……歯止めきかなくなりそうだよ……」
ぐっと眉を寄せるローレンに、ついに心配になってくる。
「……え?」
「シエルちゃんが、可愛いすぎるから……」
私に触れる手が離れると、ローレンは、私を挟み込むようにしてテラスの手すりに手をついた。
ローレンの腕の中に閉じ込められた私は、そんなローレンの行動に目を見開きながら背の高いローレンの顔を見上げる。
私の視界は、可愛さも感じるようなとても綺麗な顔が占めている。
数年の付き合いだけど、こんな近くでローレンの顔を見るのなんて初めてだ。
「ロ、ローレン……?」
その時、私の鼻先にふわりとチェリーとプラムの果実の香りが漂って来た。
ん?この香り、なんだっけ……
なんだか、嫌な記憶と重なるような……
あ!そうだ!
去年のパーティで出されていた、あのワインだ!
去年、私がぶどうジュースと間違って飲んでしまって、大変な事になったのよね。
……って……
「えぇ!?もしかしてローレンっ!お酒飲んじゃったんですか!?」




