ついに進級試験1
今日は年に一度の、運命の進級試験の日だ。
教室も廊下も、朝から普段とはどこか違う緊張感が漂っている。
「シエルちゃん。この後の進級試験、頑張ってね」
そう言ってくるのは、今日も麗しい姿のローレン。
100年に一度の逸材と呼ばれるローレンだけど、試験日当日になると何故か体調を崩して寝込むことが多い。
でも、今日はいつも通りのローレンの姿があって、ほっと胸を撫で下ろした。
「ありがとうございます。ローレンも頑張ってください」
「ありがとう」
「おーい。行くぞ~サオトメ。Bクラスの試験始まるぞ~」
そんな男子の声が廊下の奥から聞こえて、ローレンは首だけ後ろに振り返って返事をする。
「ああ、分かった」
私に手を振りながら、遠ざかっていくローレンの姿が次第に小さくなっていくのを見届ける。
その時、ふと以前メイが言った『もし飛び級したら、あと1年ちょっとで卒業でしょ?その後は、何年も……いや、何十年も会えなくなるかもしれないじゃない?』という台詞が頭をよぎった。
「……飛び級したら、ローレンは後1年ちょっとで卒業かぁ……。淋しいな……」
小さくため息をついて呟いた、その時、すぐ後ろから声がした。
「おーおー、あんな奴、さっさと卒業したらええねん!」
突然聞こえた大きな声に驚いて振り返ると、苦虫を嚙み潰したような顔をして舌を出すアランが立っていた。
「アラン!」
「ええやん。別にあんな奴おらんくても」
両手でシッシッと追い払う仕草をするアランは、親指で自分を差しながら続ける。
「シエルちゃんにはこの俺がいるやん」
どさくさ紛れに肩を抱いてくるアラン。
私は即座にその手を払い落とし、いつものように言い放つ。
「近いの、やめてっていつも言ってるでしょ?」
「……あ」
アランは少し悲しげに声を漏らした。
「シエルちゃん、ホンマつれないよなぁ。でも怒った顔も可愛いわ」
「まっ……前も言ったけど、褒められても困るから!」
「あんな感じで特別講師に邪魔されたけど、勘違いせんといてや。俺、本気やからな」
その言葉に、申し訳ない気持ちで目を伏せる。
「……私は、誰とも付き合う気なんて無いの。だから、他を当たって欲し……」
気が付くと、アランは両耳に指を突っ込んでそっぽを向いていていた。
「え!?ちょっと!」
「聞いてへん!聞こえてへん!」
「今日はアランが好きな、すき焼きがメニューに出るらしいよ」
「えっ!?ホンマ!?」
と笑顔で振り返るアラン。
「……聞こえてるじゃん」
「い、今は聞こえたけど、さっきのは聞こえてへん!」
アランは大人っぽいのか、子供っぽいのか分からない時がある。
「何それ」
笑ったら駄目なのに、つい笑ってしまう。
でも、私は本当に恋愛なんてしてる暇なんてないし、したいとも思わない。
だから、アランが本気なんだったら、こんなのは時間の無駄でしかない。
アランはモテるし、私よりいい人は沢山いる。
それに――
ディオンから『アランに近付くな』って言われてるし。
今のところ、この約束はディオンが居る日しかちゃんと守れてない。
しかも、何とかディオンを説得して『近付かない』から『近付かないよう努力する』に変えてもらった約束を、だ。
説得する前の約束だったら、間違いなく守れてなかったと思う。
それにしても……匂いだけで、そこまで毛嫌いする?
「俺、別に他の奴なんていらんし」
「あ!やっぱり、聞こえてたじゃん!」
…………
……
「次、お入りください~」
その声にドアを開けると、1年ぶりの試験場が顔を出した。




