進級試験前10
信じられない状況に、半口を開けて固まった。
「理解力が足りないお前に教えてやる……警戒心が、なんで必要か」
そんな警告するかのような言葉を発するディオンは、言葉では言い表せないような表情をしていた。
よく見ると、瞳の奥に葛藤が見えた気がした。
その瞬間から、怒っているようにも、苦しそうにも見えて来て、逆に心配になってきた。
もしかして……
ディオンは、本当はこんな事したくてしてる訳じゃないんじゃ……
私の首元に顔を埋めてきたディオンは、そのまま首筋を舐めた。
「ひゃっ……」
「これは……全部お前自身が招いたことだ」
そんな事を首元で話すディオン。
その時、私は胸元にあったディオンの手首を掴んだ。
「こんな事……しなくていいよ」
「は?」
「ディオンは……こんな事したいわけじゃないでしょ?」
「何言って……」
「女の人に興味ないの、知ってるし……」
仕事外だと、すっごく綺麗な人が相手でも、いつも鬱陶しそうにしていた。
気付くと、ディオンの目が吊り上がっていた。
見下ろすその目はとても冷たくて、心がヒヤッとする。
「……お前、まさか俺が性的無関心なアセクシャルとでも思っているのか?」
「そ、そこまでじゃないけど……でも、興味がないのは合ってるでしょ?
それに、ディオンは口が悪いだけで本当は優しい人だと思うし……」
私の言葉を聞いたディオンは、目をカッと見開き、強引に口を塞いで来た。
「んんっ!?」
瞬時にさっきの出来事を思い出して唇を強く閉じると、今度は親指を突っ込まれて無理やりこじ開けられる。
「はぇ……」
強引に唇を割られ、温かくて肉厚な舌が再び侵入してくる。
その瞬間、体の奥から熱がこみ上げて、全身の体温が強制的に上げられていく。
その時、口内に引き込まれていた意識が、ふと胸元に引き戻される。
自分の胸が、まるで勝手に動いているような感覚がした。
揉みしだかれていると気付いて、ディオンを止める手に更に力が入る。
「んんっ!」
これが本当に、警戒心の無さを教えるために必要な行動だというの?
もしそうなら……教えてくれなくていいっ!
「んん――っ!」
そう叫びたいけど、私の口は塞がれたままで叶わない。
抵抗すればするほど、ディオンの目に映る戸惑いの色が濃くなって行くように見える。
ディオンのこの目をさせているのが苦しい……
……酷く苦し気で……
悲し気で……
こんな顔、させたくないのに……
悲しくなってゆっくり目を閉じると、突然前触れもなく唇が離れて行った。
驚いてそっと瞼を開けると、酷く歪んでいるディオンの顔が映った。
「はぁー。またかよ」
そんなディオンの台詞にキョトンとしてしまう。
「おい」
頬を長い指の背でペチっと叩かれる。
「泣けばいいって思ってんのかよ」
その言葉で、自分が泣いているんだと知った。
私は、泣いているのかを確かめることなくディオンを見続けた。
だって、ディオンが今にも泣きそうに見えたから――
その表情に胸が締め付けられるほどの苦しさを覚え、どうしようもなく溢れ上がった気持ちに釣られて、ディオンに抱きついてしまった。




