進級試験前1
私は昨夜、生まれて初めて本気で人前で泣いた。
大して知らない、あいつの前で――
前世の親の影響なのか、人前で泣くのは恥ずかしい事で、どこかでいけない事のように思っていた。
……でも、実際はそうじゃなかった。
人前で泣くのは、本当に勇気のいることだ。
でも、あんな風に優しく甘やかされると、不思議と心が軽くなるんだと知った。
一人では、きっとこんな風にはなれなかったと思う。
復讐の事については、今でも絶望しかないけれど……
まだ卒業までには時間がたっぷりあるし、ここはチート魔法だって存在する世界だ。
だから、もう少しだけ、他に方法がないのか調べてみようと思う。
朝日を浴びながら、着替えた記憶もないパジャマを全部床に脱ぎ落す。
そしてハンガーにかけていた学園の制服のスカートに足をくぐらせ、サイドのチャックを締めると、キャミソールの上で揺れる、碧いネックレスが鏡越しに目に入った。
「お父さんとお母さん……、昨日の放送見てくれたかな?」
あの放送はほぼ生放送で、当日中に放送されるらしいんだけど……
「ほんと、電話とかできたらいいのに」
ちなみに、一応この世界にも電話はあるようだ。未だに1度も見た事はないけど。
手紙の内容だって相当チェックされてそうだし、電話だと簡単に学園の内情が外にバレてしまうから駄目なんだろうな。
そもそも、どのあたりの内情がバレたら駄目なんだろう?卒業生はいいの?
『この学園は表向きは魔法使いを育てる学校だ。でも、本来の目的は……』
こんなに長く学園に居るのに、結局お父さんの言いたかった事がなんなのか、未だに分からない。
本来の目的って?
目的は国民の安全確保と、魔法使いの育成じゃないの?
『表』……と言う事は『裏』があるんだよね?
裏なんて感じた事ないんだけどなぁ。
「うーん……」
その時「クルック~」と聞こえて声のした方を見ると、出窓で手紙を咥えた白い鳥がちょこんと立っていた。
この鳥は学園長の使い鳥。
丸くて可愛い白い鳥で、頭の上に碧いベレー帽をかぶっている。
「Fクラス~、タチバナ・シエルさん。Fクラス~、タチバナ・シエルさん。お手紙です~」
使い鳥は、さえずりのような高い声で言うと、加えていた手紙を足元にそっと置いた。
「あっ!」
お父さんとお母さんからの手紙だ!!
「鳥さん、いつもありがとう」
私がそう声をかけると、使い鳥は羽を広げ、目の前からパッと消えた。
きっと他の部屋にも手紙を届けに行ったのだろう。
ワクワクしながら手紙を手に取り、裏面を見る。
そこには、予想通り、お父さんとお母さんの名前があった。
すぐにノリでしっかりと留められている手紙を開封する。
『テレビ見たよ。
すっごく大きくなったのね。シエルの姿を見れて本当に嬉しくて2人とも何度も泣いちゃったわ。
生まれた時はパパにそっくりだったのに、大きくなってママに似て来たのね。
早く卒業して元気な姿をこの目で見せてください。
私達は、いつでもあなたの味方よ。
パパとママより』
……もう愛してくれてないなんて、無かった。
だって、こんなにも素敵な手紙を送ってくれるんだから。
私はいつでもあなたの味方よ。
なんて心が温かくなる言葉なんだろう。
凄く、強くなれる気がする。
手紙を顔の前に持って来て、ため息まじりに呟く。
「はぁ……会いたいよ……。パパ……ママ……」
その時――
ふわりと果物のような香りが鼻をついた。
「いい香り……」
手紙を鼻に付けてクンと嗅ぐと、その香りが濃くなった。
あ、やっぱり手紙からだ。
「りんご……?」
冬だから季節感を感じさせようと思ったのかな?
もしかして、今まで気づかなかっただけで、他の手紙もその季節の果物の香りがしていた、とか?
……なんて。
チラっと時計を見てから、窓辺横の机に目をやる。
正直、時間はないけど……
「気になる」
机に向かい、手紙専用にしている引き出しを開けると、何枚かの手紙が顔を出した。




