展望台4
ディオンの胸板に顔を埋める形となった私は、真っ赤になって混乱する。
「これで見えないだろ」
うっ……
確かにそうだけど……見えないけど!
でも、なんでこんなことになってるの!?
あぁ……
でも、もういいや……
「う……ぅん……」
認めたくないけど、なぜかディオンの腕の中は……とても心地いいから。
でも、それと同じくらいにドキドキしてしまうけど。
だから……今だけは……
こうしていたい。
そう思った。
引き離そうとしていた手を、そっとディオンの背に回し、抱きしめ返す。
その瞬間、ディオンの体が一瞬ビクっと震えた気がした。
すぐにディオン手が私の頭に触れ、何をするのかと思えば、その手が優しく後頭部を撫で始める。
その動きに、ずっと張り詰めていた心の糸がぷつんと切れたように、涙がどっと溢れ出した。
「うっ……」
それはまるで、自分をむしばんでいた毒を吐き出しているかのようだった。
しゃくり上げて泣く私の姿は、まるで子供のようで、ディオンもきっと呆れているに違いない。
それでも、ディオンは何も言わず、ずっと私を抱きしめ続けてくれていた。
落ち着いたら、ディオンにお礼を言おう。
そう思いながら、ディオンに包まれたまま、涙が枯れるまで泣き続けた。
ディオン目線――
自分の腕の中で、泣き疲れて眠ってしまったシエルに視線を落とす。
時折しゃくり上げるシエルの頬には、乾いた涙の跡が細い線がいくつも残っている。
その姿に、言葉にできない感情が胸の奥から溢れてきた。
「何やってんだ、俺……ほんと、頭イカれたかもしんねぇな」
呆れたように小さく呟き、吸い込まれるようにシエルの頬にそっと触れる。
乾いた涙の線を辿るようにすっと線を描くと、自然と深い溜め息が漏れた。
「お前……、一体なんなんだよ」
こいつと関わると、自分が自分でなくなるような感覚に陥る。
しかも……時々、俺の頭の中を占領しやがる。
あの転校生がこいつを口説いていた時だってそうだ。
それを見ただけで……居ても立っても居られなくなった。
さっきだって、こいつだけが食堂にいないことに気付いて、気がつけばここまで足を運んでいた。
自分で自分を制御できないのが心底ウザい。
なら、放っておけばいいはずなのに――なぜか、それが出来ない。
それどころか、むしろ近付こうとしてしまう俺の知らない俺がいるように感じる。
こいつについては、徹底的に調べた。
が、魔力の覚醒者にしては不自然なほどに魔力が少ない、という点以外は、特に怪しい所はなかった。ずっと疑っていたが、スパイではなかったようだ。
「なんなんだ……」
これは、一体いつまで続くんだ……
頬に触れていた手で前髪をサラっと避けると、普段は隠れている丸く綺麗な額が顔を出した。
やっぱこいつ、無駄に顔だけはいいよな。
だからあのアランとか言う転校生も……
その時、胸の奥から謎の苛立ちがムクムクと湧き上がってきた。
理由も分からない苛立ちに突き動かされるように、俺は寝ているシエルの額に軽くデコピンをした。
「うっ……」
すると、シエルが眉間にシワを寄せ、小さく呻き声を漏らす。
「あ」
思わずやってしまった事に、今度は慌てて赤くなってしまった額に回復魔法をかける。
自分の支離滅裂な行動に気付いた俺は、呆れてゲンナリする。
「……マジで重症だな、俺。まさかこれが『心の病』って奴か?」
自分の腕の中で静かに寝息を立てるシエルを見下ろすと、今度はなぜかイライラが薄れていく。
……何100年も生きて来たのに……こんなのは初めてだ。
シエルを抱えたまま宙を飛び、部屋の出窓の鍵を魔法で開けて中に入った。
静かに足を下ろし、魔法で真っ白な布団をめくると、シエルをふわりとベッドに降ろす。




