展望台3
すると、息が触れそうなほど近くに、あの美しいディオンの顔があって、心臓が激しく跳ねた。
「あっ、な……なんで……?」
驚きで、少し涙が引っ込んだ気がした。
「さっき分かったって……」
「こんなお前をほって……行けるかよ」
ディオンらしくないそんな優しい声で、心配するような言葉を言われたせいで、再びぽろっと涙が落ちた。
「え?お前……泣いてんのか……?」
ディオンの言葉に、ハッとした私は再び前を向いて、離れようと暴れる。
「み、見ないで!離して!」
「おい!ジタバタすんな!」
ディオンは私を離そうとしてくれない。
「なんで泣いてんだよ」
そう言われて答えれるような内容じゃなくて、グッと口を噤んだ。
なんでディオンが戻って来たの?
なんで、ディオンの顔を見ただけで、心の殻が割れるみたいに悲しみが溢れるの?
いつもそう。
ディオンに心を乱される。
なのにディオンはいつも平気な顔して……それがムカつくし、悔しい。
「ム……ムカつく。一体なんなの!?」
「それは俺の台詞だ」
「へ?」
「心底自分にムカつく。今だって……」
「自分?どういう意味?」
「馬鹿は分かんなくていい。俺もよく分からねぇし」
ディオンは大きなため息をつくと、ガシガシと頭をかいた。
いつも意味が分からないけど、今日は更に訳が分からないと思った。
ふと目が合う。
なんとなく目を逸らすように前を向くと、なぜかさっきよりも強く抱きしめられてしまう。
それだけで、再び涙が溢れてきそうになるのは、どうしてだろう。
これ以上、私の心をかき乱さないで欲しい。
「お前、ムカつく……」
肩越しから飛んで来た言葉に、即座につっこみを入れる。
「さっき自分だって、言ったじゃない」
「どっちもって意味だろ。馬鹿」
馬鹿と言われてイラ立ちが顔を出す。
すると、顎を軽く掴んで顔を向かせたディオンは、涙が通った道を指で拭う。
「別に……言えないような事なら話さなくていい。でも、言ってスッキリような話なら言えばいい。聞いてやる」
なんで、そんな……
追い打ちみたいに優しい言葉を言うの?
そんな台詞、私を気に入らないとかいう理由で首を絞めて、さらには屋上から突き落としたような奴が言う台詞じゃないよ。
また泣いちゃいそうだ。
凄く胸が締め付けられるし、喉が焼けるように苦しい。
「あは……。ディオン、なんか変だよ?なんか変なものでも食べたの?」
私は、無理やり作り笑いをした。
1秒でも早くこの空気を変えたくて、必死で自分をも誤魔化そうとした。
でも、ディオンは怒るわけでもなく、見守るような目を向けてくる。
てっきり、なにか言い返すんだと思っていたのに。
予想外の行動に、自分でも思い通りにならない程に、大きく眉が下がる。
「今日の、ディオン……な……ん……か……」
こんな奴の前で泣くつもりなんて微塵も無いのに、自分の思い通りにならない涙が、ついに頬に伝った。
「あっ……。どうしよう……私……また泣いちゃ……」
頬を伝う感覚に、慌てて手の甲で涙を拭うけど、拭った以上に涙が溢れて来る。
「……なんで涙が止まらな……」
「別に、泣きたきゃ気の済むまで泣けばいいだろ。見られたくねぇんだったらもう見ねぇよ」
本当に、どうしたの?
でも、ディオンに優しい言葉を言われると、息が詰まりそうになるくらいに……胸がギュっとなる。
これは、何?
「……いいの?そんな事言ったら……本当に朝まで泣ぐがも……じんな…………」
「別にいい」
突然、ディオンにクルっと向き合うように体をひっくり返されて驚く。
「えっ!?」
ディオンが見せる優し気な目が滲む視界に見えて、慌てて顔を背けて、手で日差しを作る。
「ちょっ……!み、見られたくないなら……見ない、っで……言っだのに……」
「見るな、なんて言ってないだろうが」
「あ、そう……だった……。じゃあ……見な‟い、で……?」
ぼろぼろと泣きながらそう言うと、ディオンは私の後頭部と腰に手を回し、今度はそのまま向き合うようにギュッと抱きしめてきた。
その動きに、私は驚いて目を見開いた。
頬に触れる男性もののコートから、ディオンの香りがふわりと漂ってくる。
「……え……、こ、これは……?」




