展望台2
あの本には、平行世界を渡ることができた場合、時間軸がズレて到着する可能性があるとも書かれていた。
もしそれが本当なら、どの時間軸に着くかが最大の問題になりそうだ。
なぜなら、奇跡的に研究を成功させたとしても、奴が死んだあとの時間軸に着いてしまう可能性があるからだ。そうなったら元も子もない。
この道は、成功すればいい。
でも、もし失敗すれば――私の残りの人生を棒に振るだけになる。
そうは分かっていても、諦めたくない。
この世界に来て約17年。
本当は認めたくはないけど……復讐心が多少薄れて来ている。
精神的には、その方がいいはずなのに、私はその『薄れる感情』に酷く焦りを感じている。
だって、ここで私が復讐を諦めたら、人を殺しても年数が経ったから許されているみたいだから。そんな時効みたいなの、絶対に許せない。
せめて刑務所に入って罪を償ってくれているのならマシなのに……
それさえも知ることが出来ないのがもどかしい。
「あー、……疲れた……」
いくら考えた所で、いつも堂々巡り。
何も変わらないし何も答えが出ない。
なのに同じ事を考えずにはいられない。
「私は……どうしたらいいんだろう……?」
その時――
コツコツと靴音が響いてきた。
展望台から見下ろすと、本館側から続く道を歩いてくるディオンらしき姿が見えた。
「えっ……なんで……」
今は講師も含め、食堂やレストランで魔法会のお開きパーティが行われているはず。
なのに、どうして……
驚いていると、顔を上げたディオンと目が合った。
慌てて壁際に隠れるようにしゃがみ込む。
すると――
「こんな所で何してんだよ」
真横から飛んできた声に、ビクッと肩が跳ねた。
その声に思いっきり首を振ると、肩が触れそうなほど至近距離に、私と同じようにしゃがむディオンの姿があった。
「なっ……」
「優勝したってのに酷ぇ面だな。……ん?なんだ?お、前髪巻いてんのか?」
クルクルになった私の髪を摘まんで指にかけるディオン。
「こ、これはクラスメイトが……」
「ふぅん……」
不思議そうにジッと私を見つめるディオン。
その視線に耐えきれなくなって、私は思わず目を伏せた。
「恰好も、なんかいつもと違うな」
「えっ……うん……」
髪を耳にかけられると、なんだか恥ずかしくなった。
ディオンが黙り込む。
一体何を考えているのか分からなくて、私は戸惑いながら目を伏せたままだった。
「お前……、やっぱあの書庫でなんかあっただろ」
その一言に、驚いて顔を上げる。
ディオンの視線は、私の心を見透かすようだった。
「……な、なんの……事?」
声が裏返る。
「書庫で倒れそうになった時から、明らかに変なんだよ」
そう言われてギクっとしてしまう。
「あそこで何があったんだ?」
問い詰めるようなその声は、どこか心配しているようにも聞こえる。
だからか、突然目頭が熱くなった。
「……っ」
次に胸の奥がじわじわと熱を帯びて、何かが込み上げてくる感覚に襲われる。
私は慌てて目元を隠し、立ち上がった。
「な、なにも無い!」
「んな話信じるかよ」
「本当だってば!」
そう言いながらも声が震える。
「だから、あっち行って!」
「なんだ、その言い方は」
私は勢いよく背を向け、思い切って言った。
「ひ、一人になりたいの!」
酷い態度を取っているのは分かってる。
でも、こうでもしないと、今にも泣いてしまいそうだから……
「お前……マジでムカつくな」
「ムカついてくれて結構よ」
「お前っ……」
「お願いだから早く……どっか……行ってよ……」
歯を食いしばっても、もう無理。
視界が揺らぎ、瞬きするだけで涙が零れそうになる。
「お願い……」
俯きながら絞り出した声は、震えていた。
「……わかった」
ディオンのその言葉が響いた後、急に人の気配が消えた。
振り返ると、本当にディオンはそこにはいなかった。
泣き顔なんて心底見せたくなかった。
その事に必死だった。
なのに、居なくなったと分かった瞬間、突然押し寄せる孤独感。
「うっ……」
溢れる涙を袖で拭う。
すると――突然、全身を強い拘束感が襲った。
状況を理解しようと、視線を自分の体に落とすと、腹部で交差する腕が目に飛び込む。
驚きのあまり、私は反射的に首を振り返った。
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