納口上 ~盛宴~
幻想郷の要石であり、いつも種々雑多な妖怪で賑わう博麗神社。
今夜は珍しくひっそりとしていたところへ、続々と客が集いつつあった。
しかも普段何がなくとも訪れる常連とは、だいぶ毛色の異なる面々ばかりである。
ある者は興味本位、ある者は戸惑い、ある者は怒り……。しかしその誰もが皆、一通の便箋を持って訪れていた。
中身も一様で、要約すれば『招待状』。差出名は、八雲 紫。
神社の巫女・霊夢を目当てに集うのが常であることからも、これは非常に珍しい状況と言える。
とはいえ、当事者本人の紫は細やかに出迎えて持て成すような性格などではない。
なので今も、結局霊夢があたふたとしながらも対応している遥か後方で、優雅に傘を差して楽しそうに佇んでいるのだった。
その隣には、同じく楽しそうに笑顔で座る伊吹 萃香。足をぶらぶらと振りつつ、瓢箪から酒を呷っている。
「ふふ、みんな律儀に来るものね」
「……一応聞いておくけれど、何をしたの?」
「何ってことも無いわ。お酒やら何やらを快く提供してもらった時に、礼状代わりにここへ招待してあげたのよ。もちろん、来るならまたお酒を持ってきてねって」
「ふーん。私が言うのも何だけど、みんなよく来たね」
「理由なんてどうでもいいのよ。適当な口実があって、美味しい酒が飲めれば、それだけでね」
「そんなものかねぇ」
「そんなものよ」
グビリ。萃香がまた一口酒を飲み下し。
コクリ。紫も琥珀色の酒で唇を濡らす。
「紫、それ相当気に入ったんだね」
「たまたま、たくさん手に入っただけよ」
「あー……だから彼女、一等怒って現れたんだねぇ」
「狭量よねぇ」
「そうかなぁ?」
萃香の疑問符には答えず、紫は楽しそうに笑う。
だから萃香は話題を変えて、別の疑問をぶつける。
「それでさ、酒はともかくあんなにいっぱいの肴、よくいきなり用意出来たよねぇ? でもどれもこれも、本当に美味しかったよ」
「良かったわ。……ウチの式神は、優秀でしょう?」
「あぁ、そういうことね」
八雲 藍。紫の忠実なる式神であり、九尾の狐の少女。
彼女の真面目で苦労人気質なあり様は、衆知のところだ。つまり、スキマの向こう側では、彼女が尻尾を揺らしてあくせく走り回ってくれていたと言うことなのだろう。
――いつか気が向いたら、油揚げでも差し入れてあげようか。萃めて散らすだけの鬼をして、そう思わせるほどの良い働きだった。
「ねぇ、萃香」
今度は、紫が前を向いたまま訊ねる。
「『至上の宴会場』、どうだった?」
「うん。楽しかったし、美味しかったよ!」
萃香は間髪入れずに答える。そして「……でも」と続ける。
「でも何かちょっと違うかも、とも思った。それがどうしてなのか、わからなかったけど」
萃香が『冬』で感じた感情の渦は、今やすっかり消えていた。しかし、体験の記憶として澱のように残ってもいた。
あるいは、萃めてきた物が悪かったのだろうかと省みようにも、元・神社の縁側以外の物は全て疎に返してしまっているし。
そのようなことを萃香なりに具に話してみるが、紫は首を横に振る。
「ねぇ、萃香。あなたは、いつでも四季を自由に行き来できる宴会場が『至上』じゃないかと思いついたのよね?」
「うん。やっぱり、四畳は狭すぎたんじゃない?」
「そういうことじゃないでしょう。……あなたは、あの料理を最高だと思ったみたいだけど、全然違うわ」
「え、そうなの?」
それは、萃香にとって俄かに信じがたいことだった。
あれらを超える物が、まだまだあるということなのだろうか?
「例えば、鮎。本物の夏鮎は上質な苔をたくさん食べて、まるで西瓜のような甘く爽やかな香りがするらしいわ。……あぁ。もちろん果物の方の、よ?」
「え、えぇ?」
「それに、あなたも霊夢も絶賛していた雉鍋。冬の雉はもっと脂を蓄えて、旨味が強くて別物のように美味しいのよ」
「あっ、あれよりさらに美味しくなるの⁈」
萃香は驚愕して、思わず瓢箪を地面に取り落とす。……転倒防止機能が付いていなければ、酒が地面にとめどなく流れ出ていたことだろう。
しかし、しばらく思考停止してから、萃香は首を傾げて問いかける。
「でもじゃあ、紫はなんでそれを知ってて使わなかったの?」
「そんなの、簡単なことよ。――今は、時季じゃないの」
――確かに。
紫が言う通り、現実の幻想郷の季節は春。夏や冬の旬物が頂けないのは、普通の道理である。
とはいえ、あらゆる境界を越えられる紫の力を持ってすれば、その辺りは何とでもなりそうではあるが。
……そんな萃香の考えを透かした紫は、言葉を続ける。
「幻想郷はあらゆるものを受け入れるけれど、それでも世の物事は理通りに、あらゆる生命は営みを順繰り繋いでいくもの。そういった、当然の過程と積み重ねがあるからこそ、食べ物は正しく美味しくなるのよ」
旬ってそういうものよ、と紫は傘をくるりくるりと回してみせた。
春の若鮎から冬の氷魚まで獲れる鮎も、里の恵みとして鳴けば撃たれる雉も、季節の巡りに合わせて命を育むからこそ旬がある、と。
「だからそれを横着したとしても、『至上』になんて絶対なり得ないわ」
「最初から知ってたなら、何で協力してくれたのさ」
「暇潰しよ」
――即答。萃香はがっくり肩を落とす。
しかし、紫はなおも続ける。
「でもね、それすらも本題じゃないわ」
「……と、言うと?」
「ねぇ、萃香――」
傘の動きを止めた紫が、萃香の方を向く。その目は弓形に細められ、酔いのせいか頬はほんのり色づいている。
「私、あなたと一緒に呑めてとっても楽しかったわ」
深青い視線を真正面から受け止め、萃香は固まる。
そしてその瞬間――彼女は、理解した。
あぁ、そうか。そう言うことだったのか、と。
あの『冬』の時の形容し難いアレは。
そもそも、何で『至上の宴会場』なんてものを作ろうと思ったのか。
はたまた、かつての私は何で皆の夢想を萃めて、三日ごとの宴会を開くようにしたのか……。
「うん、そうだよね。結局ただ、私はみんなで酒が飲む口実が欲しかっただけ、なんだよね」
「単純な動機で幻想郷中を巻き込まれるのには、慣れているわ」
「いや、今回は巻き込んだのはどちらかと言うと紫が……まぁ、いっか!」
すっきりとした顔で、萃香は勢いよく立ち上がる。
そして、満面の――至上の笑顔で紫の手を取る。
「えへへ。せっかくみんなで集まる口実ができたんだから……呑まなきゃね!」
「きっと怒ってる子もいるわよ?」
「関係ないよっ。ほらほら、早く行こう!」
「ふふ、しょうがないわね」
紫は、萃香に従ってふわりと歩き出す。
としゃり、としゃり。
境内の玉砂利を歌うように踏む足音が、二つ。
それを、呆れと怒気が混じった霊夢の声が迎えるけれど……当の二人は気にしないだろう。
かくして。
幻想郷の夜は、今宵も楽しく美味しく更けていくのだった。
❖ 了 ❖
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