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壱の宴 ~春霞・2~

 紫が用意してきた酒と肴に未だピンと来ていない萃香だったが、彼女の勧めもあってまずは場を整えることから始めることにした。

 とはいえ細かい取捨選択も面倒臭かったので、お気に入りの桜の大樹とお囃子(はやし)代わりの鶯たち以外は、疎に散らして返してゆく。

 まぁまた欲しくなったら、萃めれば良いだけの話だ。

 そして、紫がいつの間にか取り寄せていたちゃぶ台を草むらに据えて、萃香はどかっと座りこんだ。


「こんなんでいい?」

「雑ねぇ」

「あんたには言われたくない。……それで、どうするの? まさか、鹿よろしく青草を食むわけじゃないでしょ」

「当たらずとも遠からず、かしら。ちなみに、これらはみーんな山に生えているモノなんだけれど、あなたは食べたこと無いのかしら?」

「無い」

 食い気味に即答する萃香。冗談で言ったはずのことを否定されず、猜疑(さいぎ)的に目を細めている。

「でしょうね。でももちろん、そのまま貪るわけじゃないわ」

「ふーん」

「まぁでも、まずはこちらから頂きましょう」


 そう言うと、紫は酒瓶を手に取った。瓶の口は木屑を押し固めたようなモノで封されていたが、紫が手を振ると瞬く間にかき消える。

 ――同時に立ち上る、熟成された果実の爽やかな香り。


「……おぉ、こんなものまで所蔵していたの?」

「いいえ。どこぞの人形好きな魔法使いさんが、それはそれは(こころよ)く差し出してくれたわ」

「ふーん」


 あら、と自らの肩に付いていた糸くずをさり気なく払って、紫は酒瓶を差し向ける。


「白い葡萄のお酒だそうよ。あなたにとっては酒精が足りないでしょうけど」

「わかってる、そういう趣旨じゃないんでしょ? 頂くね」


 これまたいつの間にかちゃぶ台へ乗せられていたグラスを手に取り、萃香が酌を受ける。

 トク、トク、トク。

 小気味良い音と共に、甘い香りが辺りに広がってゆく。

 注ぐことで先ほど感じた果実の匂いが強くなるのに加えて、古い木と香辛料の薫香もふわりと感じられた。

 萃香の瞳も期待に輝く。


「これはこれで美味そう!」

「それは良かった。――せっかくだから、私も頂くわ」


 紫も手元のグラスへ注ぎ込み、手に取る。萃香もすぐさま応じて腕を前へ。

 淡い緑色の酒を揺らし、春霞(はるがすみ)で滲む月と薄紅色の満開桜へ掲げて。

 声も高らかに。


「カンパーイ!」

「乾杯」


 チリン。

 グラスが合わさる涼やかな音色が響く。

 そして、ゴクリ。ゴクリ。二人の喉が鳴る。

 紫は味わうように一口、対する萃香のグラスは一瞬で(から)に。

 しかし全く同時に、満足そうに息を吐いた。


「うん、美味いこれっ! 確かに酒精は弱いが、爽やかな酸味と控えめな甘さ、そして仄かな苦味が心地いいねぇ。鼻から抜ける香りも、ほんのり土と古木の感じがあって……よーし、もう一杯!」

「ふふっ、本当美味しいわ。……あの子、まだこんなに良いお酒を持ってたのね。また今度貰いましょう」


 きっと少女(アリス)は「もう、またなの⁈」などと憤慨するだろうけれど、紫はいつも通り意に介さない。欲しくなったら、当然のようにまた()()()()()だけだ。

 一方、上機嫌な萃香は再びグラスをなみなみにして、グイッと呷る直前ではたと気がつく。

 いつの間にか、山菜を乗せた籠がちゃぶ台から消えていた。


「そういえば、葉っぱの方はどうしたんだ?」

「ちょうど頃合いみたいね。あれが、()()なるのよ」


 紫が(たお)やかに腕をスキマに差し入れると、再びあの籠が現れる。

 ――ただし。山菜たちは、その様相が完全に変化していた。


「お、おぉ。これはっ……!」


 ふわりと立ち上る湯気、薄く纏う美しい黄金色の衣、芳ばしい油と豊かな山菜の香り。

 五感へ強烈に訴えかけてくる『美味しそう』に、思わず萃香もゴクリと唾を飲み込んだ。

 

 出てきたのは、揚げたての『山菜の天ぷら盛り合わせ』である。

 

 ふきのとう、こごみ、タラの芽、よもぎ、コシアブラ……等々。

 名前こそ知らずとも、どれも萃香が目にしているはずの山に生えている植物ばかり。

 彼女がそれらを(もっぱ)ら食糧とみなしておらず、一切の興味を向けていなかっただけだ。


「さぁ、熱い内にいただきましょ」

「うむ!」


 辛抱たまらんと、萃香は天ぷらを手づかみに。そして、一気に口へと放り込んだ。

 サクッ、ザクッ、カリッ……じゅわ。


「あふっはふっ……んっ、んーっ!」


 響く快音。

 間髪入れず口中に溢れる旨味と心地よい苦味、鼻から抜ける『春』の香り。

 その美味しさに、萃香は拳を握り締め、目を閉じて震える。


「美味い! 葉っぱ、美味い!」

「山菜よ山菜。それにまだ終わりじゃないわ、萃香」

「何っ⁈」

「ほら……ここで、さっきの葡萄酒(ワイン)を一緒に頂くのよ」

「おお、なるほど。これが『肴』ね!」


 紫から聞かされていた目的をすっかり忘れていた萃香は、慌ててグラスを手に取った。

 口の中に天ぷらの風味が残っているうちに、ぐいっと葡萄酒を呷る。

 ――そして再び口腔に広がる、幸福感。全身に満ちる、多幸感。

 いや。はっきりと『これまで以上』だった。


「な、何これ……さっきの酒が一段も二段も美味く感じるじゃない!」

「外の人間は、こういう素晴らしい取り合わせを『婚儀』と比喩することもあるらしいわ」

「それはよく分からない概念だけど……うむ、とかく素晴らしいっ!」


 瞠目して固まっていた萃香だったが、すぐさま次の天ぷらに手をかけ、葡萄酒を呷る……の輪廻に突入する。


「はぐっはぐっ……天ぷらのコッテリしたところを葡萄の爽やかな酸味が流してくれるし、山菜の野生味と葡萄酒の持つ木の風味がお互いを高め合っている、気がする! 美味いっ!」

「ふふっ、そうでしょう」

「山菜もそれぞれ個性があるねぇ。このゴロっとしているのは苦味がかなり強いけど、香りも一段と強い! 噛むと、じゅわっと油が染みでるのも良い良い!」

「それは『ふきのとう』よ」

「こっちの先っちょが渦を巻いているやつは食感が面白いね! 弾力がありつつ、サクッとした歯切れがまた素晴らしい!」

「『こごみ』ね」

「な、何この葉っぱ⁈ 見た目はただの木の葉のクセに、甘みと旨味があって……衣のザクザクが合わさると、止まらない!」

「『コシアブラ』……というかあなた、意外と()()()()が上手ね」


 へぇと感心する紫だが、全く目に入らない様子で、萃香は天ぷらと葡萄酒を一心不乱にかき込む。

 籠いっぱいの天ぷらが、葡萄酒が、みるみる無くなっていく。


「――萃香。ちょっと止まりなさい、萃香」

「はぐっ、はふっ……あっ」


 呼びかけにも答えない彼女に苦笑し、残り僅かとなった籠をスキマ経由で取り上げる紫。

 期待で伸ばした手が(くう)を切り、萃香は不満そうだ。


「落ち着きなさい。私の言いたかった事は、もう一つあるんだから」

「むぅ……何さ」

「さぁさぁ。今一度、鼻から深呼吸をしてごらんなさいな」


 むくれながらも、萃香は素直に口を(つぐ)んで深く息を吸い込んだ。小さな体に見合わず、空気がどんどん吸い込まれていく。

 ふぅっと吐き出してから、まだ得心がいかないという風に萃香が紫へ詰め寄る。


「言われた通りしたけど、それが何――あれ?」


 御託(ごたく)は良いから天ぷらを返して、と言おうとしたその時。

 鼻をくすぐるその感覚に、萃香はハッと気がついて動きを止めた。


「ふふっ、どう?」

「どうって……これは……」


 萃香の鼻に流れ込んできたのは、春そのものの匂い。

 雪解けの土、桜の花と樹皮、芽吹いた青葉――。それらが一体となって、吸い込んだ萃香の身体中に染み渡った。

 しかも、それだけではない。


「はっは……すごい、すごいよ紫! 天ぷらと葡萄酒の香りと、春の匂いが、私の中で一つになっている!」

「萃香。それは、何でだと思う?」

「何、で?」


 興奮から一転。

 紫に問いを投げられ、キョトンとする萃香。


「何でって……何でだ⁈」

「もう、諦めるのが早いわ。……まぁ別に教えてあげても良いのだけれど」


 少し思案してから、紫はニヤリと笑う。


「……ふふ。折角だから、わかるまで内緒にするわ」

「えぇー?」

「そうしたら、()()()()で答えを探しましょう」

「まどろっこしいなぁ」

「ほら。天ぷらは返してあげるから」


 口を窄めて不満を漏らす萃香に対し、紫は小さなスキマを開いて先ほどの天ぷらを無理矢理押し込む。


「んぐっ……んー、んー!」


 言葉にならない抗議は無視。

 紫は至極優雅にスカートを(ひるがえ)し、口端から天ぷらをはみ出させる少女の手を引いて、微笑む。

 傘に浮かぶいくつもの瞳も、心なしか楽しそうだ。


「さぁ行きましょう。境界を越えて、次の――『夏の宴』へ」


 一瞬だけ戸惑いながらも、萃香は残った春味と共にその戸惑いも嚥下(えんげ)して、すぐに歩き出す。

 ――だって。

 萃香の小さな胸は、次の宴への熾盛(しじょう)な期待で踊っていたのだから。

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