壱の宴 ~春霞・1~
「飽きたっ!」
赤ら顔で地面に寝転ぶ萃香が、童子のように手足をばたつかせて気炎を揚げる。――文字通り、口から火を吹いて。
そんな彼女の様子を、紫はクスクス笑いながら優雅に眺めている。
「あら、あなたの大好きな桜の下で花見酒よ? とっても素敵じゃない」
「確かに桜もあるけど……何なの、これ⁈」
「何って、萃香が萃めてきたんじゃない」
「そう、だけどっ!」
――二人の能力で作り上げた、『しじょうの宴会場』。
四条の境界で切り取られた四畳ほどの空間に、私情たっぷりで私掠された四季を詰め込んだ、史上に類を見ない至上の酒飲み場(自称)、である。
出来上がって早々、第一の境界『春』へ喜び勇んで飛び込んだ萃香。
すると目の前に広がっていたのは、満開の桜、匂い立つ梅花、舞い踊る胡蝶、歌い飛ぶ鶯……等々。およそ大衆が春っぽいと感じるものを、片っ端から引っ掴んで雑多にまき散らしたような空間だった。
ちなみに、境内からは畳一枚分ぐらいの広さにしか見えなかったが、ひとたび足を踏み入れれば視界いっぱいにそれらが広がっている出鱈目っぷり。
密度を操る萃香と物事の境目を司る紫の、まさに見事な合わせ技――のはずだったのだが。
「例えばこれ、何なのさ」
そう言って、萃香は紫の腰掛けていた何かを力いっぱい殴りつける。
快音一発。それは木っ端微塵になり、一瞬の後離れたところのスキマから紫がやれやれと姿を現した。
「何って、墓石よ?」
「じゃなくて! 宴会場にどうしてお墓があるんだよ」
「知らないわ。でもほら、桜の木の下には死体が埋まってるって、みんなよく言うじゃない」
「どうせ幽々子のせいでしょ」
「それも知らないわ。萃めてきたのはあなたなんだから、あなた自身のセンスでしょう」
「で、でも、紫が境界を引いて整えてくれるんじゃ……」
「私は、季節の境界を引いて、それらが混じり合わないようにするだけ。整理はいつも私の仕事じゃないの」
飄々と悪びれず答える紫に、萃香はぐぬぬと押し黙るしかなかった。
でも、確かに。紫に整理整頓の意識があるのなら、あんな風にはならないか――と、萃香は無数の目玉がギョロギョロ見返してくるスキマを一瞥してため息をつく。
そんな彼女へ、紫は笑みを崩さず言葉を続ける。
「まぁ気に入らない物は散らして返せばいいとして。飽きの原因は、別でしょう?」
「そう、なのか?」
「ええそうよ。諸悪の根源は……ソイツよ」
今度はスキマから卒塔婆を一本取り出した紫。そして、ビシリと差し出した先は……萃香が手にする、瓢箪。
銘を『伊吹瓢』というその瓢箪は、呷れば鬼専用の酒が無限に湧き出す代物。萃香が肌身離さず持ち歩いてる、まさしく必携品だ。
そんな大事な瓢箪を悪し様に言われ、萃香は思わず眉根を寄せる。
「……ふーん。どうしてさ」
「そんな鬼気迫らなくたって、簡単なことよ」
対照的に涼しい顔の紫がふーっと息を吹き、萃香の小鼻についていた桜の花弁が宙を舞う。
「だって、いくら季節や景色が変わったとて。酒精ばかり強い同じ味の酒を飲んでいても、面白いわけがないじゃない」
「むむ……」
「花見には花見用、月見には月見用。花鳥風月にふさわしい酒と肴を用意してこその宴会よ」
「しかしねぇ。瓢箪から酒や駒は出ても、肴は出ないよ?」
今度は眉を下げて悩む萃香に、手をヒラヒラと振る紫。
「大丈夫、そんなの期待してないわ。そして無いなら……出せばいいのよ」
ゔにょん。
一際大きく空いたスキマに紫がスルリと入っていった。
そのまま待つこと、しばらく。
「――お待ちどおさま」
言いつつスキマから帰ってきた紫の手には、布巾が掛けられたお盆のようなもの。小山のように、何やらこんもり膨らんでいる。
彼女の背後からブツクサ言う声が聞こえた気もするが、そんなものは目の前への好奇心で掻き消えてしまった。
「な、何を持ってきたの?」
「もちろん、とっても良いモノよ」
「そんな勿体ぶらなくても………えいっ!」
待ちきれなかった萃香が、素早く手を振り抜いて布を取り去る。
現れたのは――。
「酒瓶と……葉っぱ?」
「そうよ。まさしく、あなたもよく知っているはずの、山に生えてる草や葉っぱよ」
彼女の言う通り。
そこにあったのは、深い緑色の酒瓶が一本。
そして、籠いっぱいに盛られた多種多様な山菜であった。
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