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砂蟲を枕に(中編)


 砂蟲の住処は放置された廃坑で、市庁に内部の詳細な坑図があったものの、砂蟲自身が穴を掘り進め、構造が一変しているらしかった。“大戦廻”はギルドメンバーを廃坑の出入り口に配置し、生まれたばかりの小さな砂蟲が這い出てくるのを駆除していた。小さな砂蟲は固い岩盤に潜り込むことができず、エサを求めて廃坑の外に出てくる。そこを叩けば、極端に数が増えるのを防ぐことができた。とはいえ、大きくなった砂蟲は岩盤を喰い破り、成長と増殖を続ける。そして増えた砂蟲は共食いを繰り返し、総体を増やしていく。一刻も早く駆除しなければ取り返しのつかない規模になりかねない。


 メトとガイは廃坑入り口脇にある山道を延々と上り、今はすっかり廃れた資材置き場近くの地点に移動した。本来ここは廃坑への出入り口がなかったのだが、砂蟲が開通したようだ。他の出入り口は人工的な形状をしていたが、ここだけは巨大な槌で打ち砕いたかのような穴が鉱山に穿たれていた。


 入り口には“大戦廻”のギルドメンバーが二名、待機していた。メトとガイをじろじろ見てくる。ガイは気弱な表情を見せることなく、堂々と入り口に入っていった。メトも少し演技したほうがいいかと思い、猫背になって少しでも小さく見えるように配慮しながら続いた。


「お嬢さんもここで待機したらどうだ。見習いなんだろう?」


 一人に話しかけられた。メトは構わず中に入り、背中越しに、


「臆していたらいつまでも一人前になれないんで」


 と答えた。廃坑に入ってすぐ、ガイが光魔法を発動した。一つだけだと照明が心許なかったので、光源を廃坑の天井に投げつけ、どんどん光を増やしていった。光を直視すると眩しいので、二人はやや視線を落として先に進んでいった。廃坑内の地図は頭の中に入っていた。メトが先頭となり、進んでいく。


「メトさ――メトちゃん、話によると砂蟲は寒さに弱いらしい。だが、俺は氷魔法が苦手で……」


「りょーかい。変に規模の大きな魔法を使われると、この狭い空間内だと自分たちの首を絞めかねない。自分の身を守ることだけ考えてくれればいいよ」


「分かった。小さな砂蟲なら、岩で押し潰して殺せるそうだ。切ったり焼いたりしてもなかなか死なないらしいから、気を付けてくれ」


「うん。まあ、その辺は実際に見て確かめる」


 メトは直刀に触れながら言った。ガイはそれを興味深げに見ていた。


「なあ、メトちゃん。その武器、自由に姿形を変えるが、メトちゃんの魔法がその都度、操作しているのか? それとも誰が使っても形を変えることができるのか?」


「あー……、両方かな」


「そうだよな。普通の武器の形を変えるのは、魔法でできなくもないが、相当手間がかかる。戦闘中に瞬時に武器の形を変え続けるのは、かなり無理がある」


「うん、特別な武器だよ。誰でも扱えるわけじゃない」


「扱いに特別な技能が必要なのかな」


「技能というより、資格かな……」


 二人は廃坑内をゆっくりと進んだ。辺りは静寂に包まれていた。生命の気配が全くない。小さな砂蟲の一匹でも見かけなかった。親玉がいると思われる地点まで半分のところまで進んだのに、まだ何も見つからなかった。廃坑内は砂蟲の縄張りだと思っていたのに、穏やかなものだった。


「拍子抜けだな。もっと戦闘の連続だと思っていたんだけど」


 ガイはそう言いつつも緊張した面持ちだった。


「ギルドの人たちが廃坑内を駆けずり回って駆除した影響かも」


「思っていたよりも楽な仕事だってことかい?」


「いや。その逆。砂蟲が私たちを警戒して、活動範囲を狭めているのだとしたら……。親玉の退治は難しくなったかも」


「レッド班が俺たちよりも早く突入して、そちらに警戒が向かっている可能性は?」


「この魔物が、統率の取れた軍団なら、そういうこともあるかもしれない。けど砂蟲はそうじゃなさそう。片方をつついたらもう片方に逃げてくる魔物が一定数いるものじゃないかな」


「えーと、つまり俺たちはどうすればいいんだ?」


「やることは変わらないよ。魔物は殺す……。この武器で」


 メトは呟いた。二人は黙々と廃坑内を進んだ。そしてようやく一匹目の砂蟲に出会った。メトは抜刀し、博士に魔物の分析をさせた。


《発生して数時間の個体だな。毒液を分泌し、それで岩盤を溶かして、牙を使いながら地中を進む。氷雪系の攻撃が最も有効なのは事前情報通りだ》


「となると、最適の形は?」


《これだ》


 武器が曲刀に変じた。メトはそれを構えた。砂蟲はもそもそと地面を這い廻っていたが、メトが近づくとぴたりと動きを止めてそのおぞましい頭部を――溶けた氷像の人面のような尖端部をこちらに向けた。そして胴体に生えた小さな手を使って大きく跳ね上がった。天井に激突し、のたうち回りながらこちらに向かってきた。


 ガイが悲鳴を上げた。思っていたより激しい動きだったが想定内だった。冷静に曲刀を振るい、最小限の動きで砂蟲を両断した。躰が真っ二つになって一瞬で動かなくなった。体液がどぼどぼと漏れ出してくる。


 ガイがおそるおそる近づく。


「お、思っていたよりあっさり死んだが……。メトちゃん、何か特別なことをしたのか?」


 メトは一旦顔を伏せて、ガイには聞こえない小さな声で呟いた。


「聞かれてるけど」


《砂蟲に氷雪系の攻撃が有効なのは奴らの神経系が温度変化に弱いからだ。しかし火炎攻撃や爆発攻撃を食らわせてもなかなか死なないのは奴らの神経系が衝撃で一時的に活性状態になり単純な命令でも生存に向けた動きを取るように仕組まれているというのが理由だ。つまり火炎攻撃は効いてはいるのだが、最後の抵抗として暴れ回っているに過ぎない。神経系を静かに機能停止させるには凍らせるか、雷撃を加えて一時的に麻痺させるしかない。切断ついでに痺れさせれば、麻痺している間に失血し静かに死ぬ》


「よく分からないけど、雷撃系の攻撃が有効なわけね」


《外部から雷撃を食らわせても、あるいは威力が強過ぎても、発火して火炎攻撃を食らわせたのと同じ結果になる。適切な威力は個体の大きさによって変動する。切断しつつ最適な威力の雷撃を加えられる魔法戦士でなければこの戦い方はできない》


「じゃあ、私が砂蟲を切るときに博士が雷魔法を使ってくれているというわけ?」


《弱い魔法ならこの状態からでも使用可能だからな。魔力はメトのを借用しているわけだが》


「ふうん……」


 一応理解したが、ガイに上手く説明する自信がなかった。答えを待っているガイに対し、メトはぎこちなく笑みを浮かべた。


「雷魔法で一瞬気絶させてるだけだから、触らないで。いずれ完全に死ぬだろうから、このまま放置して行こう」


 メトの言葉にガイは頷いた。


「なるほど。さすがだな、メトちゃん。魔法もお手の物か」


「まあね」


 簡単な魔法ならメトも使える。しかし得意なわけではない。使い過ぎれば疲れるし、威力もたかが知れている。何より体を動かしながら魔法を使うのは思考力が奪われる。小難しいことは博士に任せるのが良い。自分の能力を振るいたくて、博士もうずうずしているはずだ。


 二人は砂蟲の骸を置いて、先へ進んだ。少しずつ砂蟲の数が増え、油断できない時間が続いたが、どの砂蟲も跳ね上がりながら襲い掛かってくるだけなので、メトの相手ではなかった。地面を転がる巨大な砂蟲をよけながら親玉のもとへと急ぐ。


 親玉がいるとされる地点は廃坑の中でも他の坑道の集積地点であり、幅も天井も広くなっていた。さらに砂蟲が拡張工事を行い無数の砂蟲が蠢くおぞましい空間になっていた。親玉のいる地点までさっさと進みたかったが、急激に砂蟲の量が増え、対処に忙しくなった。切り飛ばした砂蟲の上をまた別の砂蟲が這い、のたうち回りながら麻痺状態から復活する個体もちらほら見られた。


「氷魔法は使えないの……。雷魔法じゃなくてさ」


《もちろん使えるが、出力が必要だ。霜が降りる程度の冷気では意味がない。あの巨大なミミズの全身を一気に凍らせるには相当な魔力を要する。それを何百、何千匹と処理するのは現実的ではない》


「でも雷魔法で気絶させるのにも限度があるみたいだけど」


《さあ。私の知るところではない》


 メトは舌打ちした。これでは親玉のもとへ辿り着くことさえできない。徐々に進んで砂蟲の死骸を少しずつ増やしても、そうこうしている内に廃坑の道が埋まってしまうかもしれない。


 長期戦か……。メトは覚悟した。しかしそのとき、その辺を転がっていた砂蟲の動きが急激に鈍った。遅れて、凄まじい冷気が足元に流れてきた。


「おわっ、寒っ」


 ガイが飛び上がった。メトは目を凝らした。光魔法を前方に投げて照明を確保する。無数に絡み合っている砂蟲が白く変色して凍り付いていた。おそるおそる近づいて凍った砂蟲を蹴飛ばすと、バリンと音を立てて粉々に砕け散った。


 メトは砂蟲が幾重にも連なった道を進んだ。面白いように砂蟲が割れていく。匂いも色もない雪道を進んでいく心地だった。


「いったい、これは……」


 ガイはそう言ったきり、絶句した。メトには分かっていた。これをやったのが誰なのか……。


「レッドさんね。あの人が仕掛けてくれたんでしょ」


「彼女しかいないのは分かるが、この規模の魔法を使うなんて……。俺たちなんか抜きでも、一人でやれてたんじゃないか……」


「思ってた以上の強者だったね。でも、だからこそ、敵の脅威度を見誤るなんてことはないんだと思う」


「となると……」


「まだ油断できない。ガイはこの辺で待ってて。暇潰しに、凍った砂蟲を踏み割っててもいいかもね。私は親玉を仕留めてくる」


 メトは抜刀したまま奥へと進んだ。凍った砂蟲で覆われた道が延々と繋がっていた。冷気がいよいよ強まり、環境変化に強いメトの肉体でなければまともに動けなくなっていたかもしれない。息は白くなり、砂蟲の体液で濡れていた髪の一部が凍り付いた。


 開けた場所に出た。天井が高く、ときどき巨大な氷柱が降り注いでくる。と思ったらそれは天井に張り付いていた砂蟲の死骸で、落下と同時に粉々に砕け散っていた。


 光魔法で照明を投げる。雪景色は突然途絶えていた。前方にはまだ蠢き続ける砂蟲の群れがある。なぜかとある地点を中心に、凍り付いていない砂蟲が密集している。


「お弟子さん、どうも」


 気づいたらレッドが隣に立っていた。悠々と構えている彼女は少しも疲弊の色を見せていなかった。メトのほうがくたびれているくらいだった。


「どうも……。レッドさん、氷魔法はあなたが?」


「ええ。幸い、氷魔法に関する優れた能力を持ち合わせていたもので。常人の数百倍の威力を放つことができます」


 人間は、生まれながらに何らかの能力を幾つか持つ。くだらない能力であることも少なくないが、レッドが持つ「氷魔法の才能」は戦士にとって垂涎ものだろう。かつて何の能力も持たないと診断されたメトにとっては羨ましい限りだった。


 レッドはメトのほうをちらりと見た。


「……思っていたよりも到着が早かったですね。ガイ先生はどちらに?」


「後方で控えてる。魔物の退治は私がやる」


「あの巨大な砂蟲を見ても、同じことが言えますか?」


 レッドが光魔法を放つ。その光はメトやガイのものと比べて、やはり数百倍の規模の差があった。それでいて直視しても眩しくない優しい光で、広域を均等に照らす魔法特有のものだった。


 そこにいるのは全容が掴めないほど巨大な砂蟲だった。周囲に無数の砂蟲を控えつつも、その巨体故の高い体温で氷魔法の侵食を防いでいる。そして現在進行で砂蟲を生んでいた。体表から剥がれ落ちるようにして肉片がこぼれ、それが小さな砂蟲となっている。その増殖速度はぞっとするほどだった。


「あの巨大な姿を見てください……。あれを初めて見たとき、単独での退治は諦めました」


 レッドは言う。


「雑兵を幾ら集めても無駄でしょう。とびっきり優れた戦士が何名か必要でした。ガイ先生のお弟子さん、あなたにあれが倒せますか」


「もちろん、倒せる。倒せるけど……。一つ尋ねていい?」


「どうぞ」


「あの親玉は別として、他のザコ砂蟲に関しては、レッドさん、あなた一人だけでも対処可能だよね。それも、大した疲労もなく。わざわざギルドメンバーを広域に展開する必要はなかったんじゃない?」


 レッドは穏やかに微笑んだ。


「この規模のものは今回初めて試したもので……。何事もやってみるものですね。それに、砂蟲が氷魔法に弱いというのも、部下が体を張って調べてくれた成果ですし」


「なるほど。つまらないことを尋ねちゃったね。じゃあ、援護頼める?」


「本気で倒すつもりですか? ガイ先生にも加勢してもらったほうが……」


 レッドはメトが怖気づくと思っていたようだ。ガイのほうをあてにしてここまで来たのだろう。妥当な判断だが、もちろんメトはガイの助力などほぼ無意味であることを知っていた。


「これくらい倒せないと師匠にどやされるので」


 メトは言い、一気に駆けた。あまりに巨大な砂蟲の親玉は、他の砂蟲と違って鈍感だった。敵の接近にも全く反応がない。代わりに他の小さな砂蟲は一斉に飛び上がって、メトに敵意を剥き出しにした。


 そして、少しでも親玉から離れた砂蟲はレッドの氷魔法によって動きを止め、全身が凍り付いた。メトはそんな砂蟲を一切無視して親玉に飛び掛かった。


 空中で曲刀が巨大に変化する。際限なく、メトの背丈を大きく越え、この廃坑内で許される限りの大きさとなり、重みが増していく。


 地面から生えているかのように屹立する巨大な親玉の肉に曲刀が突き刺さる。他の砂蟲と比べて硬度が凄まじく、簡単には刃が入らなかった。親玉がさすがに反応して巨体をくねらせ、そのおぞましい頭部をあらわにした。長く鋭い牙が無数に生えた頭部をこちらに突き出してくる。


 曲刀を小さく畳む。メトが振りかぶった次の瞬間、また巨大化する。重みに任せて振り下ろした曲刀が親玉の頭部を縦に切り裂く。あまりに親玉が巨大で両断とはならなかった。


 弾力のある肉がぶるんと両側に垂れ下がる。切断した肉の断面からまた無数の砂蟲が生まれる。そのおぞましい光景にさすがのメトも息を呑んだ。


 同時に親玉の持つ灼熱の如き体温が漏れ出して、レッドの氷魔法を一時的に凌駕した。無数の砂蟲がなだれ込むようにメトを襲い、メトは素早く後退した。


 痛みに悶える親玉が巨体をくねらせ、一帯の空間全体に砂蟲をばらまいた。またバラバラと凍り付く小さな砂蟲だが、親玉が力尽きるまで相当な時間がかかりそうだった。あるいはこれだけの化け物となると、再生し始めるかもしれない。気絶させようにも博士の雷魔法の出力も足りない。


「下がりましょう、お弟子さん」


 レッドが呼びかける。メトはそれに頷きかけた。


《メト。レッドに力を貸してもらえ》


「え?」


《雷魔法だ。微調整は私がする。レッドに雷魔法の出力を担ってもらう》


「レッドさんは氷魔法だけじゃなくて、雷魔法も使えるってこと?」


 どうしてそんなことを博士が知っているのか。


《いいから打診しろ。メトが斬撃を加える瞬間に、最大出力の雷魔法を撃ってもらう。親玉の体温は常に高温に保たれているようだ。神経系も熱耐性があるのは間違いない。となれば多少強めに雷を撃っても、発火させずに麻痺させることができるはずだ》


「分かった……」


 メトは撤退を始めたレッドの隣に移動し、


「レッドさん。雷魔法はできる? 氷魔法と同じくらい得意だったりしない?」


 メトの言葉にレッドは怪訝そうにした。


「どうしてそう思うんです?」


「もし得意ならあれを倒せると思う。だから聞いているんだけど」


 レッドは不審なものを見る目でメトをじっと観察した。


「……具体的にはどうすれば?」


「簡単。私があいつを斬る瞬間に合わせて、最大出力の雷魔法を撃って欲しい。大人しくさせられるはず」


「……分かりました。やってみましょう」


 メトとレッドは頷きあった。メトは反転して親玉のほうへ駆け出した。道中邪魔になりそうな砂蟲は、再び氷魔法を発動したレッドの手によって凍り付いていく。


 メトは跳躍した。目を持たない親玉は暴れ回るのみ。狙いを定めるのは簡単だった。


 メトの刀が巨大化し、親玉の横っ腹を切断する。その瞬間、レッドの雷撃が迸り、親玉の全身を覆う。


 効果はてきめんだった。大暴れしていた親玉がウソのように動きを止めた。巨体が倒れ、土埃が舞った。相変わらず小さな砂蟲が増産され、その体温は維持されたままだったが、やがて時間が経てば冷めていき、砂蟲の全てが凍り付くだろう。


 レッドは氷魔法を発動しながら、メトを出迎えた。メトは血を拭うことなく刀を元の形に戻して鞘に納めた。


「……驚きました。お弟子さん……、いえ、メトさん、でしたか」


「辛勝だね。私一人では到底勝てなかった」


 メトの言葉に、レッドは苦笑した。


「辛勝だなんて、とんでもない。あなたには余裕があった。より素早く討伐する為にこういう形になっただけのこと。私には分かります」


「うーん、それは買いかぶり過ぎだけど、ありがとう」


「自在に変化する武器、私の魔法を的確に受け流して敵に当てる魔法技術、恐るべき怪力と身体能力……。私がこれまで見たどんな戦士よりも優秀です。ガイ先生はあなたを見習いだとおっしゃっていましたが、超一流の戦士ですよ」


 メトはハハハと乾いた笑い声を上げて、首を振った。


「師匠はもっと強いよ。私なんかよりもね」


 と、無駄に持ち上げておいた。困った顔のガイが見たかったというのもあるし、評判の為にしたというのもある。半分は遊びだった。


 氷魔法によって砂蟲はどんどん死滅していく。メトはそれを観察していた。レッドは平然としている。


「私よりも、レッドさん、あなたの魔法の才能のほうが凄いと思うけど。氷魔法だけじゃなくて、雷魔法まで扱えるなんて」


 レッドはバツの悪そうな顔をした。


「……ええ、そうですね」


 メトは首を傾げた。謙虚な人柄、というだけでは説明がつかない態度に思えた。


 それから一時間ほどかけて、砂蟲を凍り付かせていった。親玉の躰も冷めていき、その取り巻きの小さな砂蟲はほぼ全て砕け散っていた。魔物退治はいよいよ終わろうとしている。そんなときだった。


「誰だよ、ったく……」


 その声は親玉の死骸のほうから発せられていた。メトとレッドは驚愕のあまり絶句した。


 親玉の肉片から人間の手が突き出た。魔物の死骸から徐々に輪郭を現す。這い上がってきたそれは、よく見知った顔をしていた。


 全裸の少女。長く肢体に絡みついた黒髪に、赤い瞳。魔物の死骸の上に立つ。


「ディシア……」


 メトは呟いた。博士は何も言わなかった。全力で気配を断ち、その存在を暴かれないようにしている。


 魔物の死骸から這い出てきた少女は気だるそうにあくびをした。異常な事態にレッドが後退し、地面に引っ掛かって尻餅をついた。さすがの猛者も恐怖で体が固まっているようだ。慌てて立ち上がったが、冷や汗で髪が額に張り付いていた。


 そこにいるのは、メトと同じく、生まれつき何の能力も持たず生まれ、博士に買われ、実験を施された少女。温厚なフォーケイナや、大人しいゼロ、普通の人間としての域を出なかったメトと違い、ディシアは化け物へと変貌し、人間の常識は通用しなくなっている。


「大丈夫」


 メトはレッドに対して優しく言った。それから一歩前に出た。


 ディシアはもう一度あくびをかました後、メトに気づいた。


「うあ、お前……。ナナシじゃねえか。こんなところで何をしてる」


「久しぶり、ディシア。今日は随分とご機嫌みたいだけど、とんでもないところで昼寝してるんだね」


「まーな。寝相が悪いんで、頑丈な寝袋を調達したんだ。で、どうだ、お前は記憶は戻ったのか?」


「それがもうあっさりと。私の名前はメト。薬の効果が切れたみたいでね、他の記憶もするする思い出せたよ」


「へえ。村の名前は?」


「……聞いてどうする気?」


「どうせ甘ちゃんのお前のことだから、滅ぼしてねえんだろ。あたしが代わりに祭りを開くんだよ」


「必要ない」


「あたしたちを捨てた人間を庇うのか? 滅ぼされて当然だろうに。……ん?」


 ディシアがレッドを見た。レッドは後退して逃げようとしている。この異常な人間を前に、それは当然の反応だった。


 ディシアの表情がみるみる強張っていく。そしてメトを睨む。


「おい、ナナシ――じゃねえ、マト。そこのぐっちゃぐちゃの女はなんだよ」


「私はメトだよ。……ぐっちゃぐちゃって、レッドさんのこと?」


 きょとんとしているメトを見てディシアは長髪を乱暴に掻きまわした。


「おいおいおいおいおい、愚鈍で盲目なのは薬のせいかと思ってたが、そうじゃなかったみたいだな!? お前、そこの女が何者なのか気づいてねえのか!?」


「え?」


 メトはレッドを見たが、彼女も、わけがわからない、という顔をしていた。心底困惑しているのだろう。何が何やら分かっていないが、ディシアの敵意が爆発した。


「レッドさん、逃げて!」


 レッドが走り出す。メトは彼女の前に立った。次の瞬間、ディシアが弾丸のような速度で飛んできた。鉤爪状に変形したディシアの右腕を、メトはぎりぎりのところで掴んでいた。


「おお!? ミト、やるようになったじゃねえか!」


「ディシア! どういうつもりだ! 彼女を殺す気だっただろう! それに私はメトだ!」


「いいからどいてろ! メト……、じゃねえ、ムト!」


「わざと間違えてるんじゃない!」


 メトは渾身の力で彼女を投げ飛ばした。ディシアは翼を生やし、そこに風の魔法を当てることで、空中で静止した。


 ディシアはにやりと笑った。


「寝起きの体操にはちょうどいいな。いいぜ、遊んでやるよ。あの女を殺すのはその後でいい」


 全く意味が分からない。しかし、博士が宿屋で言っていたことを思い出し、きっとこれは何か根拠のある殺意なんだろうと直感していた。だからこそ止めなければならない。メトは姿勢を低くしてディシアを睨みつけた。






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