表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/71

旅の果て(後編)





 二年後。


 レタル帝国所領ガンバル島嶼地域。


 魔物の出現で漁が出来ず、島民たちが目に見えてやせ細っていた。魔物討伐の要請をレタル帝国本土に送ったが、ことごとく無視され、島民は命がけで海に出て魔物に食われるか、餓死するかの二択を迫られていた。帝国の人間はかつて塩害に強い作物を島民に分け与えその栽培を指示したが、そもそも農業に向いた土地ではなく、栽培は失敗した。帝国本土の人間はそれを島民の怠慢が招いた事態だと非難し、偏った思想を植え付ける宗教学校の設立の口実にした。


 色々理由はあるが島民は帝国に不満を抱えていた。メトたちが魔物退治に訪れたとき、帝国による正式な派遣部隊を示す旗を掲げていたことから、全く歓迎されなかった。現地で軋轢が生まれないように、良かれと思って携えてきたのに、逆効果だとは思わなかった。


 村で宿を提供してもらえないどころか、魔物の場所さえ教えてくれない島民に、メトは参ってしまった。


「発音が悪いのかな。まだこっちの言語はつたないんだよねえ……」


 メトは言ったが、一緒に魔物退治に来たゼロは首を振った。


「メトの発音は完璧。船の上でみっちり学習したおかげ」


 ゼロは二年前と比べて随分普通に話せるようになっていた。表情も柔らかなものになった気がする。メトは彼女に笑みを返した。

 

「あ、そう? ならいいけどさ……。ガイ、どうしようか」


 ガイは厳めしい鎧に身を包み、島の砂辺を窮屈そうに歩いていた。じゃらじゃらと勲章が付属する剣鞘を鬱陶しそうに見る。


「魔物の出現に困っていると聞いたから来たんだ。あんまり長居するわけにはいかないぞ。他にも魔物討伐の要請が七件溜まってる。強引にでも魔物の生息地を聞き出さないと」


 ガイは気軽に、岩場で貝殻を叩き割っている子どもに声をかけた。子どもは最初逃げようとしたが、獣人が珍しいのか、鎧の奥のもふもふの毛皮を触りたそうにした。


「怖くないぞ。俺は魔物退治屋のガイ。この島の人々を助けに来たんだ」


「ガイ!? ガイって、あの、反体制派が持ち出した艦隊をたった一人で撃退して、外国人で初めて星字勲章を貰った、あの!?」


「え? いや、まあ、そうだが……」


 子どもが大騒ぎするので村人たちが集まってきた。皆ガイのことはよく知っているようだった。


「ガイってあの!? ジス活火山に出没する七体の黒竜を討伐した“竜殺し”のガイ!?」


「ガイってあの!? ローミー氷河地帯で遭難した皇女部隊200名余を救出した“先導者”ガイ!?」


「ガイってあの!? 南の大陸で聖都を滅ぼした魔人を木っ端みじんに吹き飛ばした、“聖剣”ガイ!?」


 村人たちは興奮している。ガイはしどろもどろになっていたが、それを傍で見ているメトはにやにやしていた。


「こう考えてみると、噂に多少の尾ひれがついているものの、私たちも色々頑張ってきたね。全部フォーケイナの棺を回収するためなんだけどさ」


 プライム博士が前もってレタル帝国に持ち込んだフォーケイナの棺は反体制派が戦力強化に使用しようとしていたので、メトたちが奪い返した。その過程で艦隊を壊滅させることとなり、帝国の皇帝からの覚えが非常に良くなり、ガイが勲章をもらうことになった。


 帝国内での活動がしやすくなったので、大々的に情報を収集したところ、フォーケイナの棺を取り込んだと思われる黒竜が出没したと聞き急行した。再生能力に優れた黒竜に帝国軍は苦戦したが、メトたちの敵ではなかった。


 激化する魔物の増加に、帝国の皇女自ら部隊を派遣したものの、氷河地帯で遭難し、メトたちは救出に向かった。実はこの皇女はフォーケイナの棺を使った独自の部隊を編成しようとしており、それを察知したメトたちは事前にその企みを破った。皇女はフォーケイナの棺を服用したことによる副作用で錯乱しており、ゼロがそれを治すといたく感謝された。


 レタル帝国に持ち込まれたフォーケイナの棺のほとんどは回収し破棄した。しかし一部、魔物が取り込んだものがあるようだ。特にフォーケイナの棺を載せた輸送船が一隻難破し、積荷が海洋に流出したことから、海の魔物に多く影響がみられた。


 これはけじめだ。メトたちは徹底的にフォーケイナの棺を取り込んだ魔物を駆除して回っていた。


「ふー、なんとか居場所を聞き出せた」


 ガイが汗をぬぐいながら戻ってきた。メトはそんな彼をねぎらった。


「お疲れ様。英雄様は大変だね?」


「あのさ、メトちゃんが戦果という戦果を全部俺に押し付けるからだろ? 俺も多少戦えるようになったとはいえ、メトちゃんはますます強くなったからな……」


 メトは腰の直刀に触れた。直刀は今は眠っているらしく反応がなかった。


「……で? 魔物の場所は? フォーケイナの棺を食らってそう?」


「漁師が出没地点まで案内してくれることになった。例によって海中の戦いになるかもしれない。フォーケイナの棺を食べた魔物が相手かは分からないな。なにせ魔物退治屋がここを訪れたのは俺たちが最初らしい。退治要請を出しても、徹底的に帝国から無視されているらしい」


「人手が足りてないのかな。でも最近まで内戦寸前までいってたんだよなあ……。ここって数十年前まで帝国所領じゃなかったんだよね。まともに統治できないならまた元通り独立させてあげればいいのに」


「そんな単純な話じゃないだろ、メトちゃん。それはともかく、舟の準備が出来たら出発だ。鎧を脱いでもいいかな?」


「まあ仕方ないね。鎧が錆びたら厄介だし。見た目がいかついから示威効果たっぷりで、できればずっと着けててほしいけど」


「冗談言うなよ……。俺は魔法使いなんだ」


「仕方ないじゃん、私は剣士で、私の戦果も全部ガイのものってことになってるんだから」


「いやそれは元はと言えばメトちゃんが目立ちたくないとか言って、涙目になるもんだから。よくよく考えてみたらそんなことで気後れするような性格じゃないだろうに、どうして俺は騙されたんだ」


「ほら、結局ガイが悪いってことじゃん」


「俺を騙したことを認めるんだな?」


「人聞きの悪い……。操った、と言って欲しいな」


「もっと悪いだろ!」


 二人が言い合っている中、ゼロだけは冷静だった。


「その辺にして……。二人が魔物退治に向かっている間、私は村を回って、フォーケイナの影響を受けた住民がいないか調べてくる」


「ああ、分かった。頑張って」


 メトの言葉にゼロは頷いた。ゼロは地道に人々の治療を続けている。ゼロの治療の評判は広まり、旅を始めたばかりの頃は、旅先に治療を受けに来た人間で行列が出来たほどだった。結果、一年ほど南の大陸を巡りめぼしい患者の治療が終わり、レタル帝国への渡航を共にすることができた。当初の想定よりも遥かに早く治療が進んでいることから、フォーケイナの影響を受けた人間は激減して、いずれは世の中の表層には出てこなくなるだろう。


 しかし治療を希望しない人間は存在するもので、フォーケイナの細胞を取り込んだことによる副作用を受け入れてでも、強さを得ようとする者は一定数いる。レッドや、ラグ、クマドの猟犬の残党は治療を拒否した。彼らはその強さを社会の為に役立てるだろう。彼らに関してはそれほど心配していない。


 メトとガイはゼロと別れ、舟をまとめて置いてある浜辺に向かった。案内人が舟の前で待っていた。ガイの姿を見てほっとしたような顔になっている。


「本当に、あのガイ様が来てくださったのか……! これでこの島も救われる……!」


 ガイは苦笑しながら鎧を脱いだ。脱ぐのに手間取っている間にメトは舟に乗り込んだ。案内人はメトのことをじろじろと見た。


「あなたかい。ガイ様の弟子メトは」


「はい? 私って有名?」


 メトはせいぜい愛想よく笑ったが、案内人は苦虫を嚙み潰したような顔で、


「弟子のくせに態度が尊大で、大した実力もないくせに前線にでしゃばる小娘だって話だけど、本当かい? 今だって、師匠より先に舟に乗り込んで偉そうに……」


「え……」


 さすがにちょっと心に傷を負ったメトはしばらく何も言えなかった。ガイが舟に乗り込もうとしたとき、メトは立ち上がってガイを制止した。


「ちょっと待って。ここの魔物は私だけで倒す」


「え? メトちゃん、しかしそれだと……」


「いいのです。師匠。私もそろそろ独り立ちするときが来たのです……」


「……何か悪いものでも食ったか、メトちゃん?」


「さあ、おじさん。魔物のところまで連れて行って」


「え? いや、ガイ様が来てくださらないなら、おれは魔物の巣まで行きたくないよ」


 色々察したガイは苦笑して、


「案内人。その子は恐ろしく強いよ。彼女に任せて大丈夫だ」


「しかし……」


「大英雄ガイ様の言うことが信じられないのか? 大丈夫、巣に近づいたら私を置いて逃げていいから」


 案内人は渋ったが、結局言われた通りにした。水に潜る前に可能な限り服を脱いで、薄着になった。剣だけを携える。案内人の男は、メトが思ったよりも逞しい体をしていることに驚いたようだった。


「お嬢さん、さすがガイ様の弟子だけあって……」


「いかついでしょ?」


「いや。美しいよ。失礼なことを言って申し訳なかった。ガイ様が来て、浮かれていたんだ」


「はは、気にしないで」


 メトは魔物が出没する海域まで来ると、自ら海に飛び込んだ。案内人は心配そうな顔をしている。


「本当に、ここから離れていいのかい?」


「うん、ありがとう。大丈夫だよ。これくらいの距離なら自力で泳いで帰れるし」


 舟はゆっくりと去っていった。メトはそれを見送ると、海中に潜り、澄んだ透明度の高い海に満足した。これならかなり遠くまで見通せそうだ。そして海面に浮上して泳ぎ始める。頭の上に剣を器用に載せて、平泳ぎで進んでいく。濡らしたくないわけではなく、ちょっとした遊びだった。


《メトちゃん》


 フォーケイナの声がした。頭上――その剣から。


「フォーケイナ。起きてたんだ。いつから?」


《メトちゃんが案内人のおじさんにキレて、一人で行くと言い出したあたりから》


「別に、キレてないんだけどな」


 メトは笑った。無機物の剣と化したフォーケイナ。プライム博士が自らの複製体を量産した、その技術をフォーケイナに適用した。こうして出来たフォーケイナの複製体は記憶の操作が、人間状態のときより容易であり、苦しみや憎悪の記憶をうまいこと除去することができた。


 本物のフォーケイナは、全ての記憶を失い、今頃タングスで穏やかに暮らしているだろう。今こうしてフォーケイナの複製体を旅に連れ出しているのは、彼に世界を見せたかったからだ。


 研究所で拘束されていた日々。辛い記憶ばかり思い出される。でもこの世界はあまりに広大で、それを知らずにいられるほど、メトたちはか弱くはなかった。


 与えられたこの強さは世界を見る為のもの。メトはそんな考えを持つようになった。いつかタングスまで戻ったとき、世界を旅した複製体の記憶を、フォーケイナに見せてあげよう。この世界を呪うしかなかった彼が、いつか立ち直れるように。メトはそう信じて旅を続ける。


《メトちゃん、真下から魔物が急浮上してくる。きみを食べようと口を広げながら襲ってくるぞ》


「ふーん……。フォーケイナの細胞は取り込んでいる?」


《いや。ただの普通の魔物のようだね》


「あら。じゃあ食べるのは私のほうだな」


 メトは笑みをこぼしながら水中に潜った。透明な海を我が物顔で泳ぐ魔物が数体眼下に見えた。その内の一体が、巨大な躰をくねらせながら浮上してくる。メトはフォーケイナを変形させた。巨大な刀。魔物の勢いを利用してそのまま両断する。面白いように簡単に切断したので、魔物は自分が死んだことにしばらく気づかず、半分になった躰をしばらくくねらせて海の中を泳いだ。


 同胞の死に気づいた魔物が次々殺到する。逃げ出すような臆病な魔物じゃなくて良かった。メトは魔物を一方的に討伐した。ぷかりと浮かんだ魔物の死骸で、小さな島が出来たようなものだった。魔物の毒が海にじんわりと広がり、周囲を泳いでいた魚が何尾か死んでしまった。さっさと処理しないと、この毒を島民も口にしてしまうかもしれない。


 フォーケイナを変形させて網にした。魔物の死骸を全て中に入れ、泳いで牽引した。さすがに四苦八苦していると、向こうから案内人の舟に乗ってガイがやってきた。


「おーい、メトちゃん。討伐したかい?」


「ちょうど良かった。ガイ、これ処分お願い!」


 メトは魔物の死骸の一つを宙に放り投げた。それを見たガイは巨大な爆炎魔法を撃ち、空中で魔物の死骸を焼却した。案内人は腰を抜かしていた。


 自分の食事用の分を残し、魔物の死骸を処分した。島に戻ると島民が総出で出迎えてくれた。メトとガイ、それからゼロは改めて歓待を受けたが、次の魔物の討伐に向かう為、自分たちが乗ってきた船に乗り込んだ。


「気分はどう? 気持ち悪くない?」


 甲板で海風に吹かれながら、メトはフォーケイナに尋ねた。魔物の血が悪影響を及ぼしていないか気になった。


《それ、毎回聞くけど、大丈夫だよ。博士が魔物の血から自分の魂を守るコツを教えてくれたから》


 博士……。かつてメトと共に旅をした博士はここにはいない。フォーケイナの複製体を作り、記憶を操作した後、メトに封印された。いつかメトたちが旅を終え、本物のフォーケイナに複製体の記憶を見せるとき、博士にはもう一役買ってもらう。


 結局、メトは博士を殺すことができなかった。封印して、今は眠っているだけ。メトだけで決めるのではなく、ジョットや、ゼロ、ある程度落ち着いた状態のフォーケイナにも判断してもらう。それが筋というものかもしれない。


「……タングスに戻るのは何年後になるかな?」


《世界中を旅するのには、結構時間がかかるだろうね。でも、僕たちはどんな環境でも適応できそうだし、いつかは帰れるよ》


「そうだね。……フォーケイナ、旅は楽しい?」


《楽しいよ。けどね、思い出せないことがたくさんあるし、メトちゃんのことは信用しているけれど、どうにもならないような不安に襲われるときがある。きっと失われた記憶に関係していることなんだろう》


「大丈夫……、フォーケイナ。私はあなたと一緒に生きるよ。ゼロも一緒。たまにジョットもいる。ディシアも、ガイの中で生きている。みんな一緒だ」


《うん。みんな一緒だ。だから僕は安心して眠れるんだ。メトちゃん、旅に連れ出してくれてありがとう。生まれてきて良かったって、きみと一緒にいると、切にそう思うんだ……》


 フォーケイナは眠りに落ちた。メトは直刀の柄に優しく触れ、振り返った。たまたまそこに立っていたガイが、少し驚いた顔になった。


「メトちゃん、泣いているのか?」


「え?」


 気づけばメトは涙を流していた。自分で拭って初めて気づいた。


「本当だ……」


「どうした。どこか痛むのか? さっきの戦いで怪我を?」


「いやいや、自分でも分からない。大丈夫だよ、大丈夫」


 心配するガイを振り切って、メトは考えた。嬉し涙なのだろうか。生まれてきて良かったなんて、そんなことを思う日がくるなんて、研究所にいた頃は信じられなかっただろう。


 メトはこの世界のことをよく知らない。自分が生まれ育った南の大陸のこともよく知らない。どこかの地名を聞くたび、世界にはまだそんな場所があるのかと新鮮な気持ちになる。


 この世界にはまだ魔物がいる。フォーケイナの細胞を取り込んだ人や魔物が、未来の災禍となるかもしれない。それでもメトはこの旅で前へと進んでいる確信がある。


 どんなに苦しいことがあっても、一人でなければ、乗り越えられる。博士はメトたちに大いなる試練と苦しみを与えたが、不思議な絆をもたらしてくれた。


 だから今は、とりあえず封印だけでいい。許したわけではないし、いつか殺さなければならないかもしれないが、もうそこに激しい感情はない。


 メトたちを乗せた船は穏やかな風を帆に受けて次なる目的地へと進む。次の街でも彼女らは歓迎され、いとも容易く魔物を討伐するだろう。そしてほんの少しの間、人々は苦しみを忘れて、今日の喜びを明日生きる糧とするだろう。


 メトたちが負った過去の傷は消えることはなく、悲しみや虚しさを、その身から完全に消すことはできないだろう。しかしそれでも、人々の感謝の声を浴び、笑みをかわすことは、次の旅路への原動力となる。


 メトは、自分の一生が、魔物の血にまみれたものになることを悟っていた。それで良かった。人に感謝されるたびにこの世界が好きになれる気がする。フォーケイナも自分と同じだったら、こんなに嬉しいことはないのだが、彼はどうだろうか。


 眠りに落ちた親友をメトは優しく撫で続けた。次に彼が目覚めたとき、まだそれを続けていたら、ちょっと気まずい雰囲気になるかもしれない。それでもやめられなかった。

  

 この旅の果て、そこに皆の幸せがあることを願って。メトは剣を振るい続ける。


これにて完結です。ありがとうございました。毎日投稿を達成できて少し自信になりました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ