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聖都大虐殺(四)



 ガドレガにはもう息がなかった。メトがこの手で殺したのだ。


 後には瓦礫だけが残った。メトはその場にへたり込み、しばらく動けなかった。ガドレガとの戦いは実際には完敗だった。ただガドレガの業があまりに深すぎたために、自爆しただけのこと。それに、ラグが手を差し伸べてくれなければ、噛み砕かれて死んでいた。とことん運が良かった。


 けれど生きている。街は半壊し、大勢の人が亡くなったけれども、逃げ延びた人もたくさんいる。この街でやれることは全てやった。後はプライム博士を追うだけだ。


 いつの間にかラグが姿を消していた。メトが瓦礫の中を彷徨っていると、ひょっこり姿を現した。


「ラグ司教……」


「メト。プライム博士を追うんでしょう? それなら港に向かいなさい。六花の祭壇と呼ばれる軍船を、プライム博士は略取したみたい」


「ああ、例の宗教船……。教えてくれてありがとう。でもガイが追ってくれているから大丈夫」


「あら、そう? なら聞き出したのは無駄骨だったかしら」


 そう言ってラグが引いてきたのは大男だった。完全に気絶し、手足をだらりとぶら下げたまま立っている。ラグの魔法によって、気絶したまま歩行しているようだった。


「彼は?」


「ヴェーナー助祭。クマドの猟犬の一人。メトとガドレガの戦いを見届ける為に、プライム博士が置いていったんでしょうね。離脱しようとしていたから、私が捕まえておいたわ。聞きたいことがあったら好きなだけ聞いていきなさい」


 ラグがヴェーナー助祭を突き飛ばした。彼はつんのめって倒れた。メトが近づくと白目を剥いたままその場に座り直した。気絶したままだが、ラグに操られている。


「ヴェーナー助祭……。プライム博士が海路でどこへむかっているか、教えて?」


「北方のレタル帝国」


 メトが訊ねると、ヴェーナー助祭は口をぎこちなく動かして答えた。無意識状態のまま尋問できている。ラグの尋問魔法の効果のようだった。


「レタル帝国? 聞いたことないな。別大陸の国?」


 メトの言葉にラグが呆れながら答える。


「レタル帝国を知らない? 北方の覇権国家よ。デイトラム聖王国のざっと八倍の国土を誇るわ。世界各地に植民地があって、異民族の交流も激しい。プライム博士はそこに自分の席を見つけたようね」


「席……」


「フォーケイナの棺が、帝国の上層部に随分気に入られたみたい。でも、プライム博士の狙いは恐らく、帝国に取り入ることじゃない。帝国の流通網を使って、本格的に全世界へフォーケイナの棺をばらまくつもりなのよ」


「それは……、結局、プライム博士はその先に何を見ているんだろう」


 メトの言葉にヴェーナー助祭が反応した。


「プライム博士は全人類にフォーケイナの細胞を取り込ませるつもりだ」


「それでどうなるの」


「重要な意思決定は全てプライム博士が行う。彼の決定は、フォーケイナを通じて、全人類に行き渡り、彼の命令は絶対に遂行されることになる。歴史を見ても、優れた独裁者が率いる国家は繁栄を謳歌する。独裁国家の没落は有能な独裁者が老い、死に絶えた後から始まるものだ。しかしその点、プライム博士は不死なる存在へ自らを昇華した。未来永劫続く世界国家の樹立が、プライム博士の悲願だ」


「なにそれ」


 メトは思わず声を漏らしていた。


「そんなくだらないことを夢想してたの。自分が玉座にふんぞり返る、その為の研究だったわけ」


「有能ならば、為政者は誰でも構わないと博士は言っていた。しかし自分自身がそうなるのが最も手っ取り早いと考えたようだな」


 メトはその場に座り込んだ。白目を剥いたまま喋るヴェーナー助祭を睨んだ。


「はあ……。私が手に持っていた博士も似たことを考えていたのかな。今じゃもう何も聞けないけれど」


「どうしてだ?」


 ヴェーナー助祭が訊ねる。


「はい? 死んだからだよ。っていうか、もうあなたとは話してないから」


「複製体ならば、まだ生きているだろう。この街と同化した際に自我が薄くなり、魂が無防備となったが、死んだわけではない」


「え?」


 メトは立ち上がり、瓦礫の中を歩き始めた。ラグ司教が何か言いたげな顔をしたが、肩をすくめてその場を去った。


 メトは耳を澄ました。遠くで誰かの悲鳴が聞こえる。火災で建材が燃える音が聞こえる。煙に巻かれて方向を見失った野鳥の鳴き声を聞く。自分の心臓の鼓動を聞く。


 気配を探した。地中に潜む博士の、助けを求める声を探した。しばらくは何も聞こえなかった。仮に、博士を見つけたとしても、武器は粉々に砕け散り、元の姿になれるかは分からなかった。


 いや、博士を取り戻す方法を、メトは知っていた。しかし、それをする価値があるのかどうか、まだ分からなかった。このまま博士を見捨てて、ガイと共にプライム博士を追うという選択肢もあった。


 地中で自らの複製体と戦う博士。自我を失いかけ、自らの魂を守る為、地中を駆けずり回っている。そんな博士の実体なき精神の波動を、メトは探した。


 やがて、とある場所で座り込む。博士の気配を探し当てたわけではない。探しても無意味だということを悟り、ここで待ち構えることにした。それしかないと思った。


 メトは瓦礫を掻き分け、地面を均すと、そこにそっと右耳をくっつけた。瞼を閉じる。


「博士……。まだ生きてるの? もし、まだ生きているなら、おいで。逃げ場所なら、私が用意してあげる」


 誰かの声が聞こえた、気がした。鉱山地帯で博士に肉体を乗っ取られかけたときのことを思い出す。あのときと同じことをすればいい。


 メトは自らの魂を剥き出しにした。いつ博士が飛び込んできてもいいように。それは賭けだった。無防備な自分を曝け出すことで、取り返しのつかないことになるかもしれない。


 しかしプライム博士を倒すには、博士の協力は必要不可欠だった。メトはじっと待った。遠くから聞こえてくる雑音を置き去りにして、意識を集中させた。


《……お前は阿呆なのか?》


 瞼を閉じている闇の中で、博士の姿がぽつんと浮かび上がった。実際にプライム博士の姿ではなく、馴れ親しんだ直刀の姿で。


「博士」


《早く自分の魂を守れ。他の複製体も、この街の地中を駆け巡っているのだぞ》


「博士。死んでなかったんだね」


《思ったよりもタフだったな。自分でも驚きだよ。私の意識を乗っ取ろうとする複製体が、地中に三体も潜んでいた。三対一だ。私が体を分割し、ガドレガを抑え込もうとした瞬間、存在が希薄になった私に一斉に襲い掛かってきた。自我が千切れ、意識を保つのも難しかった》


「でも、こうして話せている」


《正直、メト、お前に呼びかけられなかったら、意識が朦朧としたまま、永遠にまどろみ続けていたかもしれん。そっちのほうが穏やかな死を迎えられたかもしれないが》


「そんなの許さないよ。一緒に来て」


《しかし、私の大半は粉々に砕けてしまった。まさかお前の意識の中に留まり続けろと?」


 メトは瞼を開けた。そして近くにあった鉄片を持ち上げる。


「この中に宿りなよ」


《冗談言うな。そんな簡単な話ではない》


 メトは鉄片を強く握り込んだ。手の平に血が滲む。鉄片のふちが、少しずつぐねぐねと動き始める。時間をかけて、ゆっくりと鉄片が伸び、直刀の姿になっていく。


《メト、お前……》


「ガイが調整器を持っているでしょ。それでなんとかなるかも。とりあえずこの中に入ってて。無理なら私の中にいるしかないけど」


《……やってみよう》


 即席の直刀に、博士が入り込む。メトの意識がすっと晴れていく感覚がした。


「入れた、博士?」


《……驚いたな。お前、いつからそんなことができるようになった》


「私の肉体の中に入れてるってことは、私の血の中に博士の意識を溶け込ませることもできると思った。こういうのは感覚でしょ、感覚」


《非常に不愉快だな。私の研究を否定されたような気分だ》


 そう言ったが、博士は少し楽しんでいるような声だった。博士は直刀の姿で、鞘を生成し、その中に収まった。メトは鞘を腰に括りつけ、瓦礫の中を歩いた。


 ラグが瓦礫をどかして中にいた人を救助しているところだった。他に街の人々が協力して救助活動を始めている。


「ラグ。私たちはもう行くね」


「無事に複製体を取り戻せたようね。でも、プライム博士にはまだまだ戦力が揃っている。兵隊を山ほど連れているし、クマドの猟犬、それからジョット、複製体の数々、その全てをあなたとガイだけで打ち破れるかしら」


「やるしかない。プライム博士には、自分のしたことのツケを払ってもらう」


「ふふ……、健闘を祈っているわ。復興した聖都でまた会えるといいわね」


「ありがとう、ラグ司教」


 メトは走り始めた。瓦礫の山を越えて、聖都の外に出る。聖都の外には避難して途方に暮れている人々がたくさんいた。


 港町ゲイドへ。なんとか追いついてみせる。絶望的な戦いに違いないがメトの心はさっきより晴れていた。




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