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聖都大虐殺(二)



 かつて博士は言った。ガドレガは超越者であると。


 勝ち目がない。逃げろ、と。


 その助言は正しかった。ガドレガは四人の猛者を相手に、余裕を崩さなかった。


 ガドレガの右腕が変形し、メトの変形する博士の攻撃に完全に対応している。こちらの攻撃をいなすだけではなく、斬り込んでくる。かすっただけでも半身が吹き飛ぶほどの威力で、しかも毒を撒き散らして周囲の材木や石材を溶かしている。


 ゼロも珍しく前衛で戦い、ガドレガの攻撃を全てかわしているのは流石だが、近距離から叩き込んだ魔法がまるで効果なし、命がけで戦っても決定的な一撃は加えられそうになかった。間もなくゼロは下がり支援に回った。


 ガイの魔法はなかなか効果的だった。無尽蔵の魔力から放たれる火炎、雷撃、氷結、風圧の魔法が、ガドレガの足を度々止めた。まともに食らうと危険だと判断したのか、ガドレガは翼を生やして回避に専念する時間帯があった。しかしガドレガの攻撃も、ガイにとっては致命傷。ゼロの支援でぎりぎりかわしているが、これ以上前に出るのは難しそうだった。


 空を飛んで牽制していたラグだったが、ガドレガが最も警戒しているのがこの女司教だった。ラグの一挙手一投足に注目し、追い込まれる前に場所を変える。ときにガドレガはメトやガイを盾にするべく大きく回り込む。そして最も強力で効果的な一撃をラグに叩き込むべく機会を窺っていた。


 ラグ司教には何かがある。ガドレガを仕留める決定的な何かが。メトはそれを察し、ガドレガの注意を引くべく動き回った。


「無駄ですぞ、メト殿! 吾輩には目が無数にあるのです!」


 ガドレガの黒い右腕が変形し、みるみる巨大化する。その表面に無数の目が浮かび上がった。怨嗟と共に右腕が分岐し、それぞれがメトに襲い掛かった。


 メトは博士を二分割した。そしてがむしゃらにガドレガの攻撃をさばいたが、守勢一方で、どんどん後退していった。


 おそるべき戦闘力だった。まともに戦って勝てる気がしなかった。メトがさっきまでいた場所に撃ち込まれるガドレガの腕。石畳の綺麗な道がボコボコに破壊されていった。


 ふと気配を感じて振り向くと、クマドの猟犬であるギャルム司祭が、家屋の屋根の上でじっとこちらの様子をうかがっていた。ガドレガにかかりきりになると、ギャルム司祭が猛然と襲い掛かってくるに違いない。


 どうする。このまま戦い続けてガドレガを仕留めたとしても、無傷で勝てるとは思えない。ギャルム司祭や他のクマドの猟犬が、隙を見て襲ってきたらただでは済まない。


《メト。こうなれば新たな攻撃を試すしかないだろうな》


「新たな攻撃?」


《私は無機生命体。自らを肥大化させるたびに周辺の物質を取り込んでいる。つまり瞬間的に、自己を増幅している。私は自我の確立を優先するため、その機能に制限をかけてきた。それを取っ払う》


「するとどうなるの?」


《私が私でなくなる危険性もあるが、飛躍的に戦術面での進歩があるだろう。やれば分かる。メト、ガイから教わった武器変形技術を覚えているか。今お前が左腕に持っている武器は、お前が管理するんだ》


「それはいいけど、何をする気なの」


《なに。反則技さ》


 二つに分割されているものの内、右腕に持っていた博士が、一瞬小さくなった。思わず取り落としたメトはぎょっとしたが、ガドレガの攻撃を左腕の武器一本で凌がなければならない。勢いに押されて後方に吹き飛んでしまった。


 素早く体勢を整える。そしてメトの目の前に飛び込んできたのは、うねる石畳の道だった。地震が起こったわけではない。聖都の道全体と同化した博士が、足場を揺らしている。博士はこの一帯の物質全てと同化し、物質を支配していた。いうなれば博士はこの“街”そのものになった。


 ガドレガは素早く反応し、空を飛んだ。生えた翼は禍々しい形をしていた。ガドレガは歓喜の表情をしていた。


「そのワザ! プライム博士が吾輩を打ち破った、例の仕掛けですな! 屋内戦ならともかく、外ならばこうして対応もできます!」


 勝ち誇るガドレガの後背から、ラグ司教が弾丸のように飛び込んできた。捨て身の突進にガドレガは反応できず、そのまま地面に叩きつけられた。


 ガドレガは素早く起き上がったが、待ち構えていたガイが爆炎をぶち込む。ガドレガは動揺し、一瞬動きが止まった。


 石畳の道が巨大な腕となり、ガドレガの体をがっちりと咥え込んだ。みるみる石材が集結する。体を巨大化させて振りほどこうとするガドレガだったが、博士の仕掛けのほうが迅速だった。


 結果的に、聖都の街に巨大な石像が出来上がった。おぞましい体を肥大化させていくガドレガの表面を石材が締め付ける。ほんの一瞬だが、メトはその異様な姿に見入ってしまった。


「よくできました」


 ラグが周囲にいるクマドの猟犬に注意を向けながらも、メトの傍に降り立つ。


「ラグ司教」


「あとは私に任せてください。最大最強の一撃でガドレガの命を絶ちます。あなたたちは周囲のクマドの猟犬に気を付けて。彼らはプライム博士の犬ですから」


「分かった」


 ラグ司教が、完全に拘束されたガドレガに近づく。今もなおガドレガは抵抗しているが、石材の圧力に打ち勝てないようだった。ラグが構える。


「――人間の可能性は無限大。それゆえに力を持ち過ぎると、私のように持て余すようになる。プライム博士は私という失敗作を参考に、自分の配下に制限をかけるようになったけれど、ガドレガ、あなたは私と同じように、際限なく強さを追い求めた怪物。今、粉砕してあげる」


 ラグ司教の体に魔力が集まる。その濃度と大きさは、遠くから見ているメトでもぞっとするほどだった。ガイが威力の規模を察して全力で逃げ出す。ゼロもそれに続いた。ギャルム司祭も、近づくと危険だと判断したのか、じっと動かなかった。


 メトはしかし、後退しようと思えなかった。ガドレガの抵抗が一瞬緩んだように見えたのだ。観念したのか? いやそんんなはずがない。


「ラグ司教、気を付けて――」


 言い終わる前に。石材が剥がれ落ちる。肥大化したガドレガの醜い体躯が露になった。ラグが最大魔法を構えたまま、呆然と立ち尽くす。


 しかし動揺したのは一瞬だった。ラグ司教は気合の声を上げて、魔法を撃った。白色の光芒。凄まじい魔力の奔流が、巨大化したガドレガに襲い掛かる。


 ガドレガの大部分がラグの光線に触れて瞬間的に蒸発し消滅した。しかしごく一部の肉体が上方へ逃げた。おぞましく黒く変色した怪僧は、全身から血を流していた。今にも息絶えそうになりながらも、しかしガドレガは笑っていた。


「狙い通りですな、さすがです!」


 いったい誰に呼びかけているのか……。剥がれ落ちた石材が、勢いを得て、ラグに襲い掛かる。ラグは瞬間的に状況を察知して空を飛び、襲い掛かる“街”から逃れたが、そこにガドレガが待ち構えていた。


 ガドレガの腕がラグ司教の腹を貫いた。ラグ司教は気丈にも光の刃を生み出しガドレガの首を切断したが、無意味だった。すぐに新たな頭を生やしたガドレガは、全身の半分くらいを口に変形させ、そのままラグを丸かじりにしてしまった。


 ラグ司教を飲み込んだガドレガはけたたましい笑い声を上げた。メトは揺れる地面にまともに立つことさえかなわず、目を見開いていた。


「何が起きた……。博士! 返事をしろ、博士!」


「まだ状況が掴めないのかい、メトさん」


 はっとしたときには、ギャルム司祭がメトのすぐ後ろに立っていた。彼の異形の姿も、ガドレガと比べると随分大人しく見える。


「ギャルム司祭……!」


「慣れないことをするからだね。彼は、自己の保全をないがしろにして、最大出力でガドレガを攻撃した。自己が分散し無防備な状態になっていた。そこへプライム博士が攻撃し、彼の自我をバラバラにしてしまった」


「そんな……。博士はどうなったの」


「複製体である彼は、プライム博士が持つまた別の複製体に取り込まれたはずだよ。きみから武器を取り上げるには、ガドレガをエサに、彼の全力を引き出す必要があった。まんまとそうなったわけだ」


 メトはしばらく呆然としていたが、はっとして振り返った。ゼロの姿がなかった。ガイは瓦礫に体の半分が埋もれて身動きできなくなっている。今すぐ助けたかったが、ゼロのほうが危険な状況だった。


「ゼロは、どこにいる! 博士を返して!」


「ゼロはクマド司教が攫っていったよ。相変わらず、素晴らしい隠密能力だ。しかし、そんなにあの無機物が気に入っていたのかい、メトさん。そんなに欲しいなら、プライム博士が幾つも持っているよ。一つくらい、譲ってくれるかもね」


「そうじゃない! 私と一緒にいた博士は! どこへ行った!」


「死んだ。自我の喪失を死と呼ぶのなら、まさしく死んだ。ということだね」


 メトは愕然とした。自らが持っている左腕の武器は、今もなお変形自在。しかし呼びかけても返事はない。博士の意識はもうここには残っていないのだ。


「……さて、厄介なラグ司教を仕留め、メトさんの武器を取り上げた。ゼロさんの未来視能力の検証も済んだ。全て計画通りに進行している。これからメトさんはどうするね?」


「どうする、って……」


「プライム博士はこの国を見限り、そろそろ出て行く。本当はフォーケイナの棺のばらまきが完了した時点でそうしたかったが、メトさんやゼロさんのために、少し時間を置いていたんだよ。もちろん僕やクマドの猟犬もそれについていくが」


 メトは唾を飛ばして叫んだ。


「決まってる。プライム博士を追いかける! ゼロを取り戻す!」


「しかし、あれはどうする気だい?」


 ギャルム司祭が指差した向こうには、再び巨大化したガドレガがいた。黒い巨人となって、空に向かって吠えている。そして足元にある家屋を蹴り飛ばした。動きがますます粗雑になり、暴走しているように見える。


 聖都の人々が逃げ惑う。ラグが死んだことが早くも人々に知れ渡っていた。怒号と裂帛が入り乱れる聖都は、早くも地獄のような様相を呈していた。


「どうするって……」


「プライム博士はあれを回収しないつもりだ。駒としてはあまりに醜悪だし、不器用だからね。このままだと、ガドレガは聖都の人々を皆殺しにするよ」


「何を……! 他人事のように!」


「メトさん。予言しよう。きみはガドレガに挑み、無残に敗れ、死ぬ。心優しいきみは聖都の人々を見殺しにはできない。未来視なんてできなくとも、それくらいは分かるんだよ」


「黙れ……! あんな怪物を解き放って放置だなんて、本当うんざりだ! 私は、お前なんかの予言の通りにはならない!」


 メトは走った。瓦礫の下でもがいていたガイを救い出す。ガイは頭や足から血を流していたが、すぐに怪我が再生していった。


「メトちゃん、すまない……! 肝心なときに役立たずで!」


「ガイ。ラグ司教がやられた。博士も会話できない状態だ。ゼロも連れていかれた。このまま見失うとゼロを二度と取り戻せないと思う。だから、ゼロの行方を追って欲しい。ディシアの感覚を引き継いだガイなら、できると思う」


「メトちゃんはどうする気だ。まさかあの化け物と独りで戦うつもりか? 四人がかりでも倒せなかったあいつを、メトちゃんひとりで?」


「ラグ司教の攻撃が効いているはず」


「無謀だ。せめて俺も一緒に戦わせてくれ!」


「ガイ……、ここでゼロを失ったら、全てがプライム博士の思惑通りになる。たぶん、私たちはもう二度とプライム博士の足跡を辿れなくなる。彼が逃げたってということは、そういうこと」


「メトちゃん……。勝算はあるのか?」


「ある。ガイ、私を信じて」


 ガイは一瞬黙り込み、深刻な表情のまま、ぎこちなく口元を緩めた。


「……分かった。ゼロさんは俺に任せろ」


 ガイが崩壊しつつある聖都の通りを全速力で駆け抜けていった。それを見送ったメトは、左腕に持っていた剣を両手持ちに変え、そして巨大化したガドレガを見上げた。ガドレガは無差別に家屋を破壊して回っている。


 いつの間にかギャルム司祭の姿も消えていた。メトはガドレガの周囲を駆けまわった。そして必死に目を凝らし、弱点を探した。ガドレガはすっかり理性を失い、暴走しているように見える。ならばつ付け入る隙はあるはずだ。


 崩壊した家屋の中から叫び声が聞こえる。ガドレガが伸ばした手の中には人間が何人も捕まっている。そしてかの怪僧は躊躇することなくそれを口の中に運んだ。いったいこの短い間でどれだけの人が亡くなったのか、分からない。


 メトは泣きそうになる自分を叱咤した。ここであの怪物を止めなければ。止められるのは自分しかいない。


 ゼロが見た未来は自分が変えてみせる。メトはもう、死ぬまで退くつもりはなかった。


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