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氷雷の剣(前編)



 ドゥラ街道では、確かに、メトたちが商会員から狙われることはなかった。指名手配は解除され、のんびりとした旅が可能となっていた。人目を気にせず歩けることのなんと素晴らしいことか。


 しかし一方で、魔物被害が皆無となっていた。誰かが魔物に襲われたという話が全く聞かれない。魔物がいなくなったのではなく、人間の管理下に入ったということだろう。今もどこかで待機しているはずだ。


 確かに過ごしやすい世界になりつつある。プライム博士の研究とフォーケイナの犠牲が、魔物に怯えずに済む世界に貢献した。そう考えると、素晴らしい人類の発展と言ってよかった。


 しかしそれと並行して行われるフォーケイナの棺の大々的なばらまき……。ドゥラ街道の宿場町や都でも、フォーケイナの棺は能力開発の秘薬として堂々と販売されるようになった。少々高価だが庶民が手を出せなくもない値段だった。


 これを摂取しても、健康に問題はないのだろうか? たとえば、ジヴィラムではこれを服用して倒れる者が多かったときく。ゼロが能力を没収すると快方に向かったそうだが、普通の人間が何の考えもなしにフォーケイナの棺を服用すれば、ただでは済まないだろう。


《一つ買ってこい》


 博士の指示に、メトは素直に従った。宿場町の宿に泊まり、ガイ、ゼロと共に、購入してきた秘薬を部屋の中に広げる。博士は秘薬を前にしてすぐに言った。


《私が知っているものと、組成が変わっているな」


「と、言うと?」


《抽出した能力が籠められていない。本来のフォーケイナの棺は、ゼロが他人から抽出した能力を含ませることで、多様な能力を獲得することができる。しかしこれにはそれがない》


 メトは秘薬をつまんで持ち上げた。


「これを服用しても強くなれないってこと?」


《いや。再生能力や身体能力強化には役立つだろう。大量に摂取すれば、若返りや病気の克服なんかにも効果があるかもしれん》


「へええ」


《普通の人間にはこれくらいの効果で十分なのだろう。その代わり副作用を減らし、大量に作成できるようにしたというところか》


 メトは腕を組んだ。


「そっちのほうがたくさん儲けが出るってことかな。なるほどね」


《……たくさんばらまくのは、儲けが出るから、だけではないと思うがな」


「え?」


 博士の声が低くなる。


《多くの人間がフォーケイナの細胞を取り入れるようになったら、フォーケイナの意思で、服用者を操れるようになる。こちらが本命だろう。おそらくプライム博士は、フォーケイナがそんなことができるとは報告していないはずだ》


「……つまり、デイトラム聖王国の雇われ研究者でしかないプライム博士が上に一矢報いる秘策……、その布石ってことだね?」


《フォーケイナの棺で儲けを出すのは、デイトラム聖王国の貴族連中の願いだろうから、プライム博士は職務を全うしている。彼からすれば文句を言われる筋合いはないだろうな》


 しかし、ここで博士は黙り込んだ。メトは博士をぶんぶんと振った。


「博士?」


《いや、このフォーケイナの棺……。妙な感じがするな》


「これまでのと組成が変わっているってことでしょ?」


《どうも違和感がある。何か、重大なことを見逃している気がしてならん》


「重大なこと? たとえば?」


 しばらく博士は黙り込んだ。メトは辛抱強く待った。


《……プライム博士はフォーケイナを使って、大量の秘薬をばらまいている。ドゥラ街道一帯だけではない、他の国や地域でも輸出しているだろう。それだけの量を、フォーケイナの肉片を削るだけでまかなうことができるだろうか》


「量産に成功したってこと? だったら、もうフォーケイナも自由にしてもらえるかもしれないってこと?」


《そういう楽観的な意見を取り入れるために指摘したわけではないぞ、メト。お前はこれから何と戦うのか見極めなければならない。プライム博士なのか、デイトラム聖王国なのか、それとも、ジョット、クマドの猟犬、フォーケイナ……》


 メトは驚いた。


「どうして私がフォーケイナと戦うの」


《お前がフォーケイナの自由を手に入れたいと思うのなら、そうなる可能性も十分ある》


「よく分からないけど……。博士こそ、覚悟はあるの」


《何だ》


 メトは博士を床の上に置いて、コンコンと刃を叩いた。


「プライム博士と対峙して、取り乱さない自信はある? 自分自身と対面して、我を通すことはできるの? 変に遠慮するんじゃないでしょうね」


《……その件に関しては、私よりもお前の意思のほうが重要ではないのか?》


「かもしれない。けど」


 メトは買ってきたフォーケイナの棺を仕舞った。もちろん誰も口にはしなかった。しかし高値で買ったものをただ捨てるのも気が進まず、懐に入れておいた。また別件で分析することがあるかもしれない。


 メトたちは宿の部屋を出た。宿場町を抜けて次の街へと向かおうというとき、女性の甲高い悲鳴と、男性の野太い怒鳴り声が同時に聞こえてきた。


 通りを歩いていた人たちがさっと脇に避ける。髭面の男が、剣を振り回しながら駆けてくるところだった。


「どけどけどけ~い! 斬られたくなかったらどけ!」


 その髭面に見覚えがあった。その男は口元に何か料理の食べかすをつけ、でっぷりと張った腹をぽんと叩いた。その男を追いかける男が、悲痛な声で、


「食い逃げだ! 誰か捕まえてくれ!」


 食い逃げ犯はまっすぐメトたちのほうへ向かっていた。メトは躊躇することなく道を塞ぐように立った。


「どけ! そこのお嬢さん! 私の前に立つなぁー!」


「慌てすぎだよ、ゴイタムさん。食い逃げなんてするなよ。お代なら私が払ってやるからさ」


 髭面の男、ゴイタムはメトの言葉が聞こえなかったのか、武器を持ったまま突っ込んでくる。メトの合図で、ガイが魔法で道の石畳を一部捲り上げた。ゴイタムはつんのめり、メトはその隙に彼の腕を取って、投げ飛ばした。おー、と周囲の人間が拍手してくれた。


「どうもどうも。店主さん、お代はこれで足りるかな」


 メトは追いかけてきた店主に硬貨を投げ渡した。店主はそれを受け取ると、メトたちを睨んできた。


「足りるが……。あんたたち、この男の仲間かい?」


「仲間じゃないけど、一応知り合いだよ。それより気を付けないと。このおじさん、切羽詰まったらあなたのことを斬り殺してたよ。そういうのに躊躇しない人だから」


 店主は今一度、ゴイタムの持っていた剣の鋭利さに目をやり、ぶつぶつ文句を言いながら去っていった。メトはゴイタムの首根っこを掴み、ずんずんと歩き始めた。ゴイタムはあまり抵抗しなかった。


「メトさん。……これはこれは、お久しぶりで」


 ゴイタムの卑屈な笑み。メトは呆れた。


「ゴイタムさんさぁ、あんまり他人に迷惑をかけちゃ駄目だよ。あなたほどの腕の剣士なら、職なんていくらでもあるだろうに。まじめに働いてお金を稼がないと」


「それがですな、メトさん、聞いてください。魔物がほとんど出現しないようになって、魔物退治や護衛の仕事がめっきり減ってしまったのです。せっかくマナ殿に仕事を斡旋してもらったのですが、そこでも満足にお金を稼げず」


 メトは天を仰いだ。魔物退治屋からすれば今は不況か。


「ふうん……。私たちもそんなに余裕があるわけじゃないんだよね」


「メトさんは、どちらへ行かれるのです?」


「聖都」


 ゴイタムは眉を持ち上げた。


「また、ですか。船で聖都からこちらのほうへ逃れてきたのに、随分せわしないですな」


「状況はあまり変わっていないんだけどさ。結局、求めるものは聖都にあるようなんだ」


「ふむ。確かにメトさんは変わりないようで。しかしガイさんは随分たくましくなりましたな。見違えましたぞ」


「そう、だな」


 ガイは複雑そうに頷いた。ゴイタムはしげしげとガイを眺めては、何度も頷いている。


 メトはゴイタムを離した。彼は何もなかったかのようにけろりと一行の隣を歩き始める。


「ところでゴイタムさん。お弟子さんのクィックさんはどこに? 一緒じゃないの」


「クィックは真面目に働いております。とある貴族に気に入られましてな、護衛任務を請け負っているようで」


「ふうん。どこで働いているの」


「ジヴィラムという街です。私もクィックに養ってもらおうとそちらへ向かおうと思っておったのですが、腹が減って仕方がなく、食い逃げを繰り返している内にどんどんそちらから遠ざかるようになり……」


 ジヴィラム……。ゼロと再会した街だ。遠い昔のことのように思える。しかしそんなことより。


「ちょっと、食い逃げって今の一件だけじゃないの?」


「軽く見積もっても20件は。私の足に追いつける者は一人もおりませんでした」


「自慢気に言わないでよ! この人然るべき場所に突き出したほうがいいかな」


 ゴイタムは腰を低くして、メトに縋った。


「そんな、後生な! メトさん、私は役に立ちますぞ。私を雇ってはみませんか?」


「雇うっていったって、こっちもそんな余裕ないよ。ご飯を奢るくらいしかできないけど」


「それで結構です! うはは、これで決まりですな」


「いや、ちょっと……。ガイも何か言ってよ」


 ガイはハハハと笑った。


「別にいいんじゃないか? ジヴィラムまで連れていくだけだろう?」


 ゴイタムはけらけら笑っている。メトはゴイタムのことがあまり好きではなかった。当然のように人を殺す男。ふとした瞬間に敵対しかねない。


 できるだけ早く移動して、さっさとこの男とは別れよう。メトはそう決めて、まだ騒然となっている宿場町の通りを進み続けた。



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