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魔物工場(後編)




「カルサ氏にならい、こいつを神と呼んでも構わないのですが、少々抵抗がありますね」


 ジョットが言う。巨大な魔物は近くの壁や扉を溶かしながら近づいてくる。巨大な魔物がまとう泥のような流動体は物質を溶かす性質があるようだった。ジョットとメトはやや後退しながら魔物を見据える。ゼロとガイはカルサを連れてさっさと施設から退却するところだった。


「そう?」


「仮称を決めたいのですが、どうします。邪神、偽神、人造神、どれがいいと思います?」


 ジョットの提案にメトは呆れた。


「魔物でいいでしょ。どうせすぐに倒すし」


「しかしこれは特別な魔物ですよ? 他の魔物を食べて巨大化する性質があるようです」


「え、マジ?」


 ジョットが指差す。保管所からあぶれてきた魔物が、巨人の魔物に近づくと、その粘性のある泥に捕まり、身動きが取れなくなった。そんな哀れな魔物を鷲掴みにした巨人が、頭から丸かじりにしてしまった。


「魔物の上位存在とでも言えます……。魔王と呼びましょうか?」


「……ねえ、ここの施設にいる魔物ってどれくらいの数?」


 少し遅れて博士から返事があった。


《数えきれないほどだ。フォーケイナの棺の超再生能力を、魔物が自己増殖に使っている。つまり魔物の数だけ苗床があるということだ。小さな魔物を含めたら、無数としか言いようがない》


「それなら、この巨大な魔物……。人造大魔神さまに全部食わせてみない? ついでにこいつが暴れたら施設も破壊されるでしょ」


《……あまりお勧めできない。こいつが全ての魔物を全部平らげてくれるように誘導するのは、普通に殲滅するより難しそうだ。全てうまいこといったとして、こいつを倒せるとも限らん》


「いや、でもこの泥さ……」


 メトは地面を這ってくる魔物の泥を避けながら言った。保管所の扉を開けたままにしているおかげで、またぞろぞろと現れた魔物が泥に囚われる。泥は流動しており、巨人の魔物に吸い寄せられていく。泥から逃れることはできそうになかった。巨人は運ばれてきた魔物をうまそうに食べ始める。


《泥に囚われた魔物は、あの巨人のほうへ導かれるようになっているのか……》


「うまいこと施設全体に泥を行き渡らせることができれば、魔物を一網打尽にできると思わない?」


《可能かもしれん。しかし、肝心の巨人を倒せるのか?》


「博士、知ってる? 歴史上、討伐できなかった魔物はいないんだよ」


《最初の一例目を我々が作り出そうとしているかもしれんというのに……。まあいい、やってみるがいい」


 メトはジョットに作戦を説明した。ジョットはやる気なさそうに頷いた。


「要は泥を行き渡らせていけばいいんですね。全ての保管庫の扉を開放すれば、おのずと人造神の泥が全域に充満するでしょう」


 幸い、巨人そのものの動きは緩慢だった。空を飛べるジョットに施設内の移動を任せ、メトはさっさと退却した。随分協力的なジョットに拍子抜けしつつも、ガイたちが待つ施設の入り口に到達した。


「さっさと避難して! この辺一帯が戦場になる。全力で逃げること」


 拘束した四人の門番、施設内で保護した数人の生存者、そしてカルサがその場にいた。一同はメトの言葉に驚いたが素直に行動した。避難はガイに先導させる。カルサだけは巨人の雄姿を見る為に戻ろうとしたので、ゼロに拘束させて、運んでもらう。カルサ自身、大量のフォーケイナの棺で強化改造されているので、ゼロでもやっと抑え込めるほどだった。


「神を冒涜するな! 全てを委ねろ!」


 涎を撒き散らしながら叫ぶドゥラ商会の重鎮の姿は、末端構成員には衝撃的だったようで、皆唖然としていた。


「フォーケイナの棺を大量に服用した影響だよ。こんなものを自分に取り込んでもろくなことにならない」


 メトが言うと、一同は神妙な表情で頷いた。ガイたちをできるだけ速やかに避難させる。メトはそれを見送ると、再び施設内に戻ろうとした。


 するとジョットが飛び出してきた。その足元には泥が迫ってきている。泥は沸騰しているかのように泡が生まれては弾け、施設の壁や床をどろどろに溶かしていた。


「ジョット!」


「早く地上へ!」


「巨人はどうするの!?」


「どうせ戦場は地上になります!」


 ジョットが先に地上への階段へ向かう。メトもそれを追った。土石流のような勢いで泥が迫り、メトはそれを寸前で躱しながら進んだ。階段で上がり始めると、少し余裕ができた。


 地上、そして建物の外に出ると、先に避難していたガイたちがまだそこにいた。


「早く避難して! 死ぬぞ!」


 メトの叫びで一同が走り出す。それとほぼ同時に、地面が大きく揺れた。地面が罅割れて、敷地内にあった大穴から巨人の腕が飛び出す。この大穴は巨人の保管場所に繋がっていたようだ。この穴から巨人にエサとなる魔物を投下していたのだろうか。


 魔物の頭部が地上に出てきた。最初からここまで巨大化するように設計していたのだろうか。大きくさせて、この大穴から出られるように計画していたとしか思えない。巨人はのっそりと頭から肩、腰、足と順々に地上に出してきた。巨人の全身から泥が湧き出てきて、あっという間に一帯を泥の海に変えた。


 メトは後退した。ジョットは上空を飛翔し、旋回している。巨人は完全に地上に出てくると、けだるそうに周囲を見回し、それから平原の奥のほうへと歩き始めた。


 歩くたびに自重で地面が罅割れ、近くの木々が浮き上がり、根が剥き出しになる。遠くでカルサが叫んでいるのが聞こえてきた。


「そのままドゥラ街道を破壊しろ! 神よ、全てを作り替えるのだ!」


 しかし巨人はカルサが指差すほうとは反対方向へと歩みを進めている。ボゴボゴと泡立つ泥を撒き散らしながら、漫然と進んでいる。


《さて……。メトよ。あの魔物をどう倒す。これまで対峙した最大の魔物の、十倍では足りないほどの大きさだぞ》


「こっちはいくらでも武器を大きくできるでしょ」


《しかしそれを振り回すお前は、敵からすれば豆のように小さいぞ》


「自信ないの、博士? やるしかないでしょ」


《ふん……、ジョットもお前と同じ心境のようだな》


 ジョットが巨人の上空で水流魔法を放つ。大量の水が巨人に降りかかった。しかしあまり影響はないようだ。


 次に炎魔法を撃つ。泥で守られた巨人には、やはり効き目が薄い。


 次は氷魔法……。一瞬巨人の表面が凍るが、やはり流動する泥が氷を溶かしていく。巨人はのっそりと歩を止めない。


 ジョットは岩石魔法を放ち、巨大な岩が巨人の頭部に当たった。巨人の頭部はへこんだが、全く効いていないようだった。全身が泥でできているのか? ならば単純な攻撃は無効化されてしまうかもしれない。


 メトは駆けた。泥が地上を侵食して、まともに近づけない。メトは上空のジョットに指示した。


「私が巨人を分断する! 比較的効果のあった氷魔法で固体化させて! 物量を減らせば、動きを止められるかもしれない」


 メトの指示にジョットは頷いた。地上の泥に氷魔法を放ち、足場を確保する。すぐに泥の氷は溶けていくが、その上をメトは駆けていった。巨人に近づいていく。

 

 更にジョットが岩魔法を放ち、巨人の体にめり込んだ。すぐに弾かれるか、巨人の泥の中に埋もれていくが、それを足場にしろということだろうか。メトは氷と岩で出来た足場を飛び跳ねるようにして移動し、巨人の体を駆けのぼっていった。


 そして巨人の頭部付近までやってきた。取り込んだ魔物をまだ咀嚼中なのか、泥の中からバキバキという魔物の骨が折れる音が聞こえてきた。


 振りかぶり、博士を巨大な斧に変える。あとはその重みに任せて振り下ろすだけだった。斧が魔物の脳天にめりこむ。泥の粘性のおかげで、食い込んだ斧には思ったより勢いがつかなかった。途中で斧が取り込まれそうになる。


「博士! もっと大きくだ! もっと大きくなれ!」


 博士は必死に自身を巨大化させていく。いまだかつてこれほど大きくなったことはない。斧の刃が分厚く、巨大になり、斧一つで巨大な城砦と同じくらいの大きさになった。


《これが今の私の限界だ……、これ以上大きくすれば私の組成が崩壊する》


 斧が自重で泥の中を落ちて行く。魔物はちぎれていく自分の体に危機感を覚えたのか、これまでより遥かに機敏な動きで斧をどかそうと腕を振り回した。


 その腕が凍る――ジョットが飛び回りながら氷魔法を撃つ。氷の結晶を撒き散らしながら魔物は暴れ回った。巨人の魔物が動くたびに地震が発生し、地割れが起こり、岩が隆起した。


 斧が地面に落ち、巨人を完全に両断した。すぐに小さく戻す。取り込もうとする泥から博士を引き抜くのに全身の力が必要だった。


 巨人はまだ死んではいなかった。泥を媒介に、二つの大きな体がくっついて再生しようとしている。しかしその断面にジョットの爆炎が走った。断面の泥が乾き、土の塊となって地上に降り注ぐ。


 メトは足元を埋め尽くす泥の流動性が失われ、その上に立てるようになったことに気づいた。確実に効いている。メトは跳躍した。


 水平方向に刃を振るう。再び巨大化した博士を振るうのは、今度は純粋なメトの膂力だった。重力任せの攻撃とは違い、全身の筋肉が悲鳴を上げる。しかし泥の粘性が減ったことで、刃がすんなり通った。


 巨人の膝あたりを切断したことで、巨人は後方に倒れ込んだ。ジョットが断面に業火を放つ。最初泥は炎などものともしていなかったのに、いまや炎が消えることなく巨人の表面を燃え盛り、みるみる泥が乾いていった。


 一帯の泥がごろごろとした土の塊になる。巨人は体を起き上がらせようとするも、ジョットが炎を追加していくおかげで、全身の崩壊が止められないようだった。


 その後もメトとジョットは攻撃を続けた。ここまでくるとあとは息の根を止めるだけの作業だった。細切れにされ、全身の水分という水分を失った巨人は、かすれた叫び声を放つと、やがてピクリとも動かなくなった。


 泥の中から、取り込み損ねた魔物の死骸がうじゃうじゃと出てきた。メトは激しく息をついた。博士を直刀に戻し、鞘に戻そうとする。


 鞘に収まらない……。メトは驚きのあまり二度見した。博士の形状が定まらない。


「どうしたの、博士。さっさと鞘に収まってよ」


《少々無茶をし過ぎたようだ……。巨大化するということは、私という存在を希薄化し、他の物質に依存するということだ。その状態で泥を浴びたので、ガタがきている》


 メトはうねる博士を呆然と見た。


「え……」


《ガイが持っている調整器を覚えているか? 研究所にあった金色の箱だ》


「もちろん」


《あれを使って再調整すれば、元通りになるはずだ》


 それきり博士の放つ言葉は不明瞭になった。メトは何度か呼びかけたが、明確な返事はない。


「おーい、メトちゃん!」


 土の塊で汚れた平原一帯を、ガイが駆けてくる。周囲を見ると、騒ぎを聞きつけてやってきた遊牧民が、巨人の死骸で荒れ果てた一帯を呆然と見ていた。


「ガイ」


「やったじゃないか。こんな巨大な魔物を倒せるなんて。もうどんな魔物が来ても、メトちゃんなら簡単に倒せてしまうな!」


 ガイは心底嬉しそうだった。メトはぎこちなく笑みを返した。


「大半はジョットがやってくれた。魔法使い100人分の出力だよ……。本当にすごい」


「……どうしたんだ、浮かない顔だな」


「ああ……、博士が死にかけてる」


 メトは鞘に収まり切れない博士を差し出した。ガイはすぐに懐に入れていた金色の箱を取り出した。


「これを使うってことかい?」


「うん……、それを使えば助かるって。ガイ、使い方わかる?」


「ああ、使い方は聞いている。だが、メトちゃん、いいのか?」


「何が?」


 ガイは金色の箱を中途半端な位置に差し出しながら、


「きみが浮かない顔をしているのは、いよいよ博士を望む方法で殺せるかもしれないと思っているからだろ?」


「そんなの……。今の私は博士を失ったら、何もできない。ただ少し頑丈なだけの女だ。フォーケイナを助けることもできなくなる」


「確かに、戦力的には痛手だろう……。だが、重要なのはきみの気持ちだ」


 メトは博士をガイに渡した。ガイはやはり中途半端な位置に博士を持った手を浮かせた。


「そんなの……、どうでもいいじゃん」


「どうでもよくない。きみは今一度、この機会に考えるべきだ。きみは今もこの博士の複製体を恨んでいるのか? それとも恨んでいるのは、あくまでプライム博士本人? あるいは、もう恨みなんてないのか?」


「ええと……、急に言われても」


「私も気になりますね」


 ジョットが巨人の頭部だった場所に腰かけながら、言う。メトとガイはジョットが冷たい眼差しになっていることに気づいた。


「プライム博士は、メト、あなたに興味を抱いている。この後味方になるのか敵になるのか、見極めたいと考えているでしょう。是非、メト、今のあなたの気持ちを聞かせて欲しいです」


「私は……」


 メトは硬直した。大戦果を挙げた直後の彼女は、こんなことなら巨人なんか倒せずに敗走していたほうがマシだと一瞬思ってしまうほど、苦しい思いを抱いていた。


 ずっと先送りしてきた。複製された博士との関係。


 たぶん、仲良くやっていくことは簡単だ。しかしそれで本当にいいのか?


 メトの中に割り切れない気持ちがあることは確かだった。研究所で自分が味わった苦痛……。切り刻まれるフォーケイナ。悲鳴をあげるジョットとディシア。みるみる性格がねじ曲がっていく子どもたち。子どもたちの苦しみに一切の感情を向けることなく実験を続けたプライム博士の、なんとも涼しげな顔を思い出す。


「分からない……。けど、博士は直して欲しい。私は、フォーケイナを助けたい。博士をどうするかはまだ決められないけど、今、この瞬間、博士に死なれると困るよ」


「……分かった」


 ガイは頷いた。金色の箱――調整器に博士を入れる。ガイが調整器をじっと見つめる。容器が金色の光を放ち、ブブブという羽音のような異音が辺りに響き渡った。


 ジョットが興味深そうに見つめている。ガイは瞼を閉じて精神を集中させた。メトはそんなガイの横顔を見つめていた。


 ガイが、自分の代わりに博士を殺してくれたらいいのに。


 メトは一瞬、そんなことを考えてしまった。そんな自分に心底驚いた。メトは自分の思考に動揺して、その場にうずくまった。巨人の土塊が、徐々にさらさらの砂状に変化していく。メトはその上に座り込んだ。


 遠くでカルサの泣き叫ぶ声が聞こえる。誰も彼女に構わなかった。


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