魔物工場(中編)
一人目の生存者は物置と物置の隙間に隠れて魔物をやり過ごしていた。魔物は生存者の存在に気づいて襲い掛かろうとしていたが、隙間が狭過ぎてその毒牙が届かないようだった。
周囲の魔物を一掃したメトを見て、生存者の男は泣いて喜んだ。そしてここは地獄だと叫んだ。
「他に生存者は?」
メトの質問に、男は分からないと答えた。彼が施設内の見取り図を持っていたので、それを貰う。道中の魔物は全て倒したから一人で外まで行けと伝えると、男は絶望する顔になった。
渋る男を強引に行かせ、メトとガイは見取り図を確認した。
「施設の大半は魔物の保管所だ……。魔物の養殖って、フォーケイナの棺を使っているんだよね?」
《おそらく》
「養殖するのはまあいいけど、その養殖した魔物をちょくちょく地上に出しているのはなんでだろう。待機させておけばいいのに」
《増やし過ぎて溢れているか、不要な魔物を排出しているか……。見取り図を見た感じ、魔物の保管所から地上へ魔物を輸送する通路があるな》
「具体的にどうやってるんだろう……。実物を見たいけど、保管所には魔物がギチギチだろうから、無理だろうね。構内にあぶれているだけでも相当数なのに」
《もうこの施設は崩壊寸前だが、機能が停止せずに際限なく魔物を生産し続ければ、この平原だけでなく、広域に影響が出るだろうな》
「それは阻止しないとね」
見取り図に従い、生存者が残っていそうな場所を巡った。魔物は多く、フォーケイナの棺を使って強化されていたが、それでも小粒ばかりだった。メトはもちろん、ガイやゼロも効率よく魔物を倒せている。徐々に構内を徘徊する魔物を見かけなくなった。
生存者も三人ほど見つけた。誰もがメトたちに泣いて感謝した。ここで家畜のように扱われていたのだろう。しかし誰もこの施設の詳細を知らなかった。
「やっぱり幹部を見つけないと、全容が掴めないな」
ガイが言う。ガイは見取り図を逆さまにしたり透かしてみたりして、次にどこへ行くか考えているようだった。
「幹部がいそうな場所は全部巡ったんだけどな」
「あと残っているのは、魔物の保管庫らしき場所だね。見取り図はざっくりとしか構造が書かれていないから、安全に魔物を管理できる空間があるのかも」
「だろうね……、進んでみるか」
保管庫への扉は厳重で、巨大だった。二人がかりで引いて、開いた。
すぐに魔物が飛び出してくるかと思ったが、予想に反してそうはならなかった。保管庫に魔物が整然と並んでいる。多種多様な魔物がいるが、いずれも頭を垂れ、意識を失っているようだった。
こんなに大人しい魔物を見るのが初めてだったので、メトはその違和感に恐怖を覚えた。ガイも同じだったようで、ひえ、と小さく声を漏らした。
巨大な空間が幾つかに区分けされており、魔物の間をすたすたと歩く女がいた。書類を持って魔物の様子を検分している。
「おい……、そこの」
ガイが声をかける。女は振り向いた。若い女だった。華奢だが、メトにはすぐに分かった。フォーケイナの棺を大量に服用している。その目つきが魔物のそれに近かった。理性を失い、獣性に身を委ねているような、破滅的な雰囲気。
ガイを見た女は、書類を投げ捨て、それから、さっきまで自分のしていた行為を否定するかのように、魔法で書類を燃やした。つまらなそうに近くの魔物を一瞥し、そして、その魔物の心臓の位置に炎の槍を突き刺した。
魔法で出来たその槍はすぐに消えた。刺された魔物は悲鳴もなくただ倒れ、果てた。メトはじっとその女を見つめていた。
「もしかして、あなたがカルサさん?」
女は首を回してから、メトを睨んだ。
「――どうしてそう思う?」
「なんとなく」
本当はここの人間でカルサという名前しか知らなかったので、そう言っただけだった。そもそもカルサが男か女かも分からなかった。
女は微笑した。それから歯をむき出して、唾を吐いた。
「ドゥラ商会の副会長……。この肩書きを知っている人間は、まさかこんな若い女がそうだとは思わない。いかにも私がカルサだ。ここの施設長を任せられている」
「そうなんだ。今は何をやっていたの?」
「何、とは?」
「何か書類を見ながら魔物を検分していたようだけれど」
「ああ……、そうだ。重要な調査項目があったんだった。しかしなぜか書類が燃えているな。よくあるんだ、魔物が火を吹いて、全てが駄目になることが」
自分のしたことが分かっていないらしい。しっかり狂っている。メトはカルサと、その周囲に大量にいる魔物を警戒しながら、
「魔物の生産を止めて欲しい。周辺に悪影響が出ている……。それに、あなたにはこの魔物は制御しきれない」
「これはこれは、奇妙なことを言う。いったい何十年前の人間なのかなきみは。人類が魔物を屈服させる画期的な方法が編み出されたというのに、まだその恩恵にあずかっていない人間がいたとは」
「……いいからここを出よう。面倒なことはジョットがやってくれる」
「ジョット! ジョットがいるのか?」
カルサは突然大声を出した。メトは呆気にとられた。
「う、うん。近くにいる。知り合いなの?」
「知り合いなのかって? まさか! そんなおぞましいこと……」
カルサはぶるぶる震え始めた。
「あの男に同胞が殺された! 全員……、全員だ! この世界はもうおしまいなんだ……。あのときジョットを殺せていれば! 機会はあったのだ、ただ、犠牲を払うことを躊躇した!」
カルサはその後も喚き続けていた。メトはまともに話ができないことを察し、有無を言わさずに連れ去ることにした。
「博士、他に生存者は?」
《いない。この施設にあるのは、魔物の気配だけだな」
「結局、この施設について詳しく分からなかったな。他の幹部はとっくに魔物に食われてしまったのかな」
《かもしれん。さっさと脱出しろ。至近距離に魔物がいる状況は慣れん」
「そうする」
メト、ガイ、ゼロ、そしてカルサの四人は施設の出口を目指した。カルサの手を引くと、彼女は意外にも素直についてきてくれたが、いよいよ出口が近づいてきたとき、びくりと痙攣した。
「どうしたの、カルサさん」
「そこに! 悪魔がいるではないか!」
「悪魔? 幻覚でも見えてるのかな」
カルサが指差す方向にいるのは、ジョットだった。のんびり床の上に腰かけて、静かに時が過ぎるのを待っている。
カルサがメトの手を振り払って走り始めた。奇声を上げながら全力で逃げ去る。メトは舌打ちして彼女を追った。
カルサの走りに迷いはない。メトの足でも追いつくのに時間がかかる。ガイとゼロ、それにジョットもついてきていた。
《……メト。カルサが目指している場所、厄介かもしれん》
「え?」
《あえて今まで言っていなかったのだが、この施設の最奥にある保管所に、異様に巨大な魔物がいる。カルサはそこを目指している》
「それって……」
カルサは叫び続けていた。神だの救世主だの商人魂だの。そしてとある扉の前に辿り着くと、息を切らしながら呪文を唱えた。扉がゆっくりと開き始める。
「フォーケイナの棺は、魔物の再生能力を高める……。その再生能力を応用して自己増殖能をもたらすことができるが、同時に、一つの個体を際限なく巨大化させることも可能……」
カルサは扉が開くのをけらけら笑いながら眺めていた。大きく腕を広げ、全てを受け入れる姿勢を取る。
「フォーケイナの棺は私に若さと美貌を取り戻してくれた! 神秘の薬だ! 能力の獲得、不老不死、魔物の制御、そして、神の創造! 夢のような物質だ!」
カルサはけたたましく笑っている。
「そう、神だ! 私はここで神を見つけたのだ! 神の前では何者も無力! ドゥラ商会も、デイトラム聖王国も、全て討ち果たす! それが可能だ!」
扉の向こうで、その巨大な魔物はゆっくりと蠢いている。巨人の姿をしているようだったが、全身の形が定まらないようで、泥のような体が流動している。
「神、ですか」
ジョットが呆れたように言う。
「そして私が悪魔、ときましたか。どう思います、メト」
「じゃあ、私は天使で」
メトの言葉にジョットは呆れたように笑みをこぼした。そしてゆっくりと巨大な魔物に近づく。
「こいつを殺したら、彼女は次に何に縋るんでしょうか。少しだけ、興味がありますね」
カルサが不用意に魔物に近づく。神と呼ばれた魔物はカルサを容赦なく叩き潰そうと腕を持ち上げたので、メトがカルサを引き戻した。彼女はひどく暴れて、神のほうへ行こうとしたが、がっちりと拘束した。
「神が全てをひっくり返す! この世界は私のものだ!」
カルサの叫び声が反響する。神と呼ばれた鈍重で醜い魔物は、けだるそうにメトたちに向かい合い、ようやく敵意をこちらに向け始めた。




