魔物工場(前編)
長い階段を下りていく。ジョットは照明もなしに暗い階段を下りていくが、メトとガイは手元に光を宿して、視界を得た。ゼロがひょこひょこついてくる。
長い階段の終わり、正面に明かりが灯っていた。十分ではなかったのでガイが照明を投げつける。そこは油まみれの器械や工具が雑多に置かれた小汚い部屋で、奧に大きな扉があった。そしてその扉の前に、四人の男女が立っている。
彼らを見る前までは、メトは彼らがドゥラの商人か、商人に雇われた傭兵だと思っていた。しかし実際に目にすると、みすぼらしい恰好をした彼らは明らかに人柱にされていた。つまり、ジョットの侵入を防ぐ為の肉壁としてそこに立たされていた。
「もういいよ」
怯える四人の男女にメトは呼びかけた。
「誰にやらされているのか知らないけど、そこをどいて。危害を加えたくない」
しかしメトの言葉を、四人は無視した。互いに抱き合うようにして立っている。こちらを見ようともしない。
「対話ができないのです」
ジョットが冷たい目で彼らを見ながら言う。
「何度も試みたのですがね。別の入り口を探したのですが、下手をすると施設が崩壊する。魔物が地上に溢れて、駆除するのが面倒になりますから、少々困っていたのです」
「分かった、私に任せて」
メトは進み出た。四人の男女はびくりとしたが、扉の前で手を広げて行く手を遮った。
そんな彼らにメトは優しく語り掛けた。
「聞いて。あなたたちはもうそんなことをする必要はない。私たちはここの施設を破壊しに来た。もうそんなことしなくていい。誰かにやらされているのなら、そいつら私がぶっ飛ばすから。大丈夫」
メトの言葉に、一人の女が縋るような目をした。しかし別の男がそんな女の顔を伏せさせた。
《……人質でも取られているのではないか。メト、強行突破したほうが早い》
「でも……」
《お前なら殺さずにどかすことなど容易だろう。ガイはまだ自分の力を満足に制御できない。ゼロはこいつらと満足に意思疎通することができない。ジョットは問題外。お前がやるしかないだろう》
「それは分かったけど……。仕方ないね」
メトが女の体を持ち上げた。女は必死に抵抗した。手足をばたつかせ、他の三人もメトから女を取り戻そうと暴れ始めた。もちろんそんな抵抗などメトには全く影響なかったが、不意に、一人の男が短刀を取り出した。
受け身になったのがいけなかった。すぐに武器を取り上げるべきだった。相手がどう行動しようと、無傷で突破できるという過信があった。
まさか男が一切の躊躇なしに自殺をはかるとは思っていなかった。自分の首に短刀を突き入れようとした男の動きを止めたのは、ゼロだった。いつの間にか近くに忍び寄っていた彼女は、その白く細い腕から信じられないような力を発揮し、武器を取り上げた。男の首はほんの少し傷ついただけで済んだ。
《メト。半端な対応をするな。さっさと気絶させろ。こいつら自分から死のうとするぞ」
「分かった……」
メトは四人の首を締め上げて失神させた。縄で軽く縛る。すぐに四人は意識を取り戻した。絶望したような顔になる。
「最後に聞く。あなたたちがそこまでしてここを死守しようとしてたってことは、何か事情があるんだよね。何があったのか聞かせてくれない?」
メトの言葉に四人は顔を見合わせた。ガクガク震えている。
「もし、人質を取られているのなら、私たちが救出できるかもしれない。でも、事情も分からないままこの先を進んだら、対応が遅れて、助けられる命も助けられないかもしれない。言ってること、分かるかな」
メトの言葉にガイが頷いている。ジョットは退屈そうに一同を見ている。ゼロは取り上げた短刀を腕力で捻じ曲げて刃を丸めていた。
一人の女が、メトを見上げた。そしてその隣に立つガイに視線を動かす。その眼には涙が浮かんでいる。
「あなたは、もしや……。魔物狩りのガイ様ですか?」
ガイは自分を指差した。そしてぎこちなく頷く。
「いかにも、そうだが……。俺のことを知ってるのか?」
「私たちの上司が、あなたのことを警戒していました……。凄腕の魔物退治屋だと」
そういえばドゥラ街道やガンヴィで、ガイは多くの魔物を倒した実績がある。実際はメトがやったものだが、時間が少し経って、評判が大きく広まっているようだ。
メトはガイに目配せした。ガイは頷き、メトに代わり話をした。
「上司というのは?」
「私たちはドゥラ商会の一派、東席派と呼ばれる集団に所属しています。ドゥラ商会は内部で、とある秘薬を巡って政争が絶えないのですが……。東席派はその争いに敗れました」
「ほう」
「しかし秘薬の効能があまりに絶大で、このまま引き下がることは商会内での失墜を意味すると判断した東席派の幹部たちは、秘薬の製造施設を押さえました。それがここです」
メトとガイは顔を見合わせた。実際は、ここでフォーケイナの棺の製造をしているわけではないだろう。末端が真実を知らされていないのはよくあることだ。ただ、ここが魔物の養殖、調教、改造といったことを目的としているのなら、フォーケイナの棺とも無関係ではないため、あながち間違っているわけではないのかもしれない。
「……それで?」
「ここの施設は、随分前に稼働を止めたらしいのですが、我々が再稼働をしました。しかし、それと時を同じくして、周辺に魔物が大量出現するようになり……、因果関係は不明ですが、ここの設備がそれに関わっている可能性が高いと私は思いました」
「普通はそう思うよな。それで?」
「我々はそれを止めるように進言しました。結果、半数は殺され、半数は商会員としての権利を剥奪され、いいように使われています。幹部たちは気が狂ったようにここの設備に執心しています。頑迷というよりも、狂気に染まっているとしか思えません」
「ふうん……」
「我々が命令に背けば、施設内で働いている仲間も幹部に殺されます。幹部たちは私たちの命を軽んじています。些細なことで部下を殺し、魔物の餌にしています……」
「幹部ってのは、前からそんな冷酷な連中だったのか?」
「いえ……。以前は厳しくも合理的な人たちでした。今は、狂っているとしか……」
ガイは頷いた。そしてメトとジョットに向き直った。
「どう思う、メトちゃん、ジョット」
ジョットは首の骨をコキコキと鳴らし、
「どうでもいいですが、中にも人がいるのですか。これでは奥に進んでも施設を破壊できないですね」
メトはやる気が感じられないジョットを横目で見ながら、
「……ここの連中は、丸腰の人たちを肉壁としてここに配置していた。門番としてはあまりにお粗末だよね。明らかにジョットにかけられている制限を知った上での行動だよ」
「俺もそう思うが、それが意味するところは?」
「東席派の幹部とやらは、プライム博士やデイトラム聖王国の内情に詳しい。フォーケイナの棺を手に入れる為に、その過程で情報をたくさん得たんだと思うけど、そこまで詳しいなら、ここの施設の正体にもすぐに気付いたはずだ」
「ああ、そうだな」
「そもそも、彼らはフォーケイナの棺にどんな利用価値を見出していたのかな。魔物を自由に操ったり、魔物を戦力として扱うことが目的なら、フォーケイナの棺ではなくここの施設の確保を優先したとしても、おかしくはない」
「彼らの狙いはなんだ? ここで魔物の軍団を組織して、何と戦うつもりなんだよ」
ガイの言葉に、ジョットが反応した。ゆっくりと扉に近づき、軽く押した。おそらく施錠されていたが、錠がへし折れて、扉が開いた。
「……ガイ。何と戦うのか、と聞きましたね。自分以外の全て、と言って差し支えないでしょう。十分な戦力があれば、一時的な同盟や停戦など必要なしに、全てを屈服させることができる。力というのはそういうものです。彼らの野心が本物なら、まずはドゥラ商会の主流派となることを目的として戦い、その次はフォーケイナの棺を造っているデイトラム聖王国に侵攻するでしょう」
「そんな……」
「彼らが最も警戒しているのは、この施設の存在を知っているプライム博士でしょう。プライム博士が自由に使える手駒は限られている。だからこそここに幹部たちは肉壁を置いた……。しかし当然、こんなもの、いずれは破られる。行き当たりばったりですよね、彼ら」
「物騒な連中だよな。商人とは思えん」
「これは推測ですが、幹部たちは漏れなくフォーケイナの棺を服用しているでしょう。他派から暗殺される可能性がある以上、自らを強化するのが効果的だと考えたのかもしれません。しかし、フォーケイナの棺に耐性がある人間はそう多くはない。過剰に使えば、突然死の可能性が高まり、意識障害などが起こることもあるかもしれません」
「ジョット、お前はこう言いたいのか。幹部たちはフォーケイナの棺を使って、頭がいかれちまった」
「元から大した頭じゃなかったでしょうが、とどめを刺された、という感じでしょうかね。今後どう行動してくるのか読めませんよ、これは」
ジョットは扉の奥を指差した。そこには放し飼いにされた魔物が何体かうろついていた。魔物に殺された人間の赤黒い血液がそこら中に散らばっていた。四人の縛られた男女が悲鳴を上げる。
ジョットがくすりと笑った。
「我々が手を下すまでもなく、内部から崩壊していますね。生存者がどれだけいるかな?」
メトは博士を引き抜き、とりあえず目についた魔物を斬り殺した。フォーケイナの棺で強化されている個体だったが、もはや狩り慣れている。問題ではない。
「……ジョット。ここで待ってて。中にいる人を全員助ける。それが終わったら設備の破壊をお願い」
「待つのは構いませんが。恐らくまともな頭を持っている末端の構成員は魔物の胃袋の中でしょう。そして狂った幹部たちは安全な場所で、破綻した計画を練り上げてほくそ笑んでいるところだと思いますよ」
「構わない。全員ここから出す。……ねえ、ここの最高責任者の名前は?」
メトが訊ねると、四人の門番は名前を口にするのも恐ろしいとばかりに、
「東席派の首魁にして、ドゥラ商会の副会長でもある、カルサ様です……」
「カルサさん、ね。了解。行くよ、ガイ、ゼロ」
メトはジョットを置いて、ガイとゼロと共に中に踏み込んだ。扉の向こうは腐臭が充満していた。地中をくりぬいて洞窟のような形状になっており、一部分だけ金属製の部屋が埋め込まれている。
「ねえ博士。人の気配がどこにあるか分かる?」
《分かるが、もう少ないぞ。せいぜい10人ってところだ》
「案内して」
《人の数より魔物の数のほうが多い。絶望的な状況だが……》
「お願い」
《……分かった。好きにするがいいさ》
メトは魔物を斬り伏せながら先へ進んだ。プライム博士が破棄しようとしているこの施設を、メトがそれに協力して破壊しようとしている。もしかするとプライム博士にとって不都合なことがこの施設にあるのかもしれない。カルサたちがこの施設を利用としているのなら、かなり詳しく調べたはずだ。
カルサたち東席派の幹部から話を聞きたい。メトのもう一つの目的はそれだった。この施設に来たのは偶然だが、偶然だからこそ、プライム博士の計算から外れた行動になった可能性はある。施設でメトと会った、とジョットがプライム博士に報告したら、そのとき彼はどんな顔をするだろうか。メトはそんなことを考えながら進んでいった。




