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進化(中編)


 

 メトとガイは研究所内を徘徊した。焼失し、機能を失った実験器具がたくさん見受けられ、その隣に実験で使っていた魔物の死骸が転がっていた。メトの知らない、逃げ遅れた子どもたちの死体らしきものもあった。博士がいったいどれだけ多くの子どもたちを買ったのか知らないが、研究の本流だったのはメトたち五人、生き残った子どもだった。


 その内の一人は死んだ。更に二人はプライム博士の手中にあり、メトとゼロだけが、こうして世間と交わっている。


 しかしメトはこのまま平穏に暮らす未来がないことを知っていた。プライム博士の思惑はどうあれ、メトとゼロの存在を知ったデイトラム聖王国は二人を欲しがっているようだ。優秀な実験体として、研究したいのだろう。


 加えて、ドゥラ商会もデイトラム聖王国の要請を受けたのか知らないが、メトたちを追っている。このタングスに滞在していることも、ジョットが報せている可能性が高い。


 あまり長居できない。メトは焦っていた。しかしこの研究所でフォーケイナを救う手立てが見つからなければ、強引な手段に頼るしかないことも分かっていた。


 研究所内を歩く。塞がっている場所も多く、大した発見はなかった。二人は博士が待つ例の部屋に戻ることにした。それまで黙ってついてきていたガイが、メトを追い越して、振り向いた。


「なあ、メトちゃん。思ったんだが……」


「なに?」


「フォーケイナを救うのなら……。やはり方法は一つしかないと思うんだ」


 メトは歩みを止めた。じっとガイの目を見つめる。


「……言ってみなよ」


「きみがどう考えているのか、俺も理解しているつもりだが。俺はプライム博士を殺害するのが最も簡単だと思っている」


 ガイの口調は静かで、淀みがなかった。メトは腕を組んだ。


「……続けて」


「彼がいなければ、フォーケイナはもうただ自分が切り刻まれるだけの生活に別れを告げるだろう。話を聞いた感じ、彼自身に世界をどうこうしようという意思は感じない」


「どうだろうね……。私が助けに行ったのに拒否するくらいだもん」


「きみは……。メトちゃんは優しいから。復讐相手であるプライム博士を殺すという選択肢を取りたがらなかったのだろう。無機物の博士ならともかく、生身のプライム博士となると、その手で殺すことが恐怖なんだ。それは、別におかしなことではないと俺は思う」


 メトは苦笑した。


「うん……、どうかな」


「俺はきみの決定に従う。俺はディシアの分も戦うと決めたよ。だけど、俺が戦うのはメトちゃんに幸せになってほしいからだ。一緒に旅を始めた頃は、俺は俺のことしか考えてなかった。きみに恩を返したいとか、立派な魔物退治屋になりたいとか、そんなことばかり考えてたが、今はそれだけじゃないんだ」


「ガイ……。あなたは何度も死にかけた。私のために。もう私についてくることは、本当はないんだよ」


 メトはそう言ったが、すぐに笑って首を振る。


「でも、もう無関係ではなくなったね。ディシアの肉体が、あなたの命を支えている。こんなことになったのに、ここでお別れなんて、ガイ自身が納得できないだろう。だから、最後まで付き合ってもらう」


「ああ、もちろんだ」


 メトは歩き出した。ガイもそれに続く。


「私は、私自身がどんな判断を下すのか、分からない。プライム博士をどうしたいのかすら、いまいち方針が定まってない。だから、ガイ。私の意見なんて気にしないで、ガイ自身の感情で動いてもいい。私は今、そう思ってる」


「そうか……。メトちゃん、大丈夫だ。今は考えが定まっていなくとも、いずれは分かるようになる。まずは今日を生きることだ。俺はきみの味方で居続けるよ」


「ありがとう」


 二人は博士が待つ部屋に戻った。さっきまではなかった強力な照明が点けられ、博士が安置されていた金色の容器が、今は宝石のような神々しい翠色の光に包まれていた。


 部屋の入り口で呆然と立ち尽くしたメトだったが、博士は発光をやめた。メトがおそるおそる近づく。


「ええと……。大丈夫?」


《ああ。色々と機能を確認していた。外部の人間がいないと解放されない機能もあるので、後でガイに手伝ってもらいたいのだが》


「だって」


 メトが博士の言葉を伝えると、ガイは頷いた。


「それは、もちろん」


《……とりあえず私自身に施せる改造はやっておいた。メトが私の変形方法を知ってしまったので、それがやりやすいように操作しておいた》


 メトは首を傾げた。


「と、言うと?」


《私を幾つかに分解して、複数の武器を同時に操ることがあったな? そのとき私は私自身の核がある一つしか操作できず、増やした分の操作はメトがやる必要があった。それを変更した》


「博士を複数に分けたとき、私自身が武器変形をしなくて済むようになったってこと?」


《ああ。その代わり、私を複数に分ければ分けるほど、変形精度が低くなる。私の思考能力にも限界があるからな」


 メトは頷いた。戦闘時には役立つ変更だが、ある意味ではどうでもいいことでもある。メトが求めるのはフォーケイナを救えるのかどうか、その情報だけだった。


 メトは博士を手に取った。容器は熱を帯びていて、まともに触れなかった。


「この容器って、持ち運べないの?」


《動力があれば機能する。この容器を調整器と呼称するが、調整器は大量の魔力を消費して、私に干渉し、変化を施す。調整器を安置しているこの箱には魔力を貯蔵してあったが、今はほとんど空だ。もうここに置いておく意味はないな》


「じゃあ、取り外すね。でも、魔力を大量に消費するなら、おいそれと使えないね」


《ガイだ》


「え?」


《ディシアの肉体を受け継いだガイは、無尽蔵の魔力を練り出せるはずだ。魔法使いとして、奴は格段の飛躍を遂げているはず。この調整器の起動に足る程度には、奴は魔力を持っている》


「そうなの?」


 メトがガイに尋ねると、ガイは首を傾げた。


「何が?」


「ガイが、魔力をたくさん持っているって……」


 ガイは驚き、自身の手を開いたり閉じたりした。


「ええ? 自分ではよく分からないな。まだこの躰になってから魔法を使っていないから」


「そっか。ガイ、この調整器っていうのを持ってて。これを起動するときに魔力を供給して欲しいんだって」


「分かった……。で? 何か有益なことが分かったか?」


「これから聞く。博士、まどろっこしいから、私とガイ、いっぺんに声を届けることはできないの」


《私に直接触れろ》


「分かった。ガイ、ほら」


 メトは博士を変形させ、棒状にした。それからガイに端を持たせる。


《……簡潔に成果を伝える。私はフォーケイナの代わりにはなれそうにない》


「そっか……」


《やはりあいつは奇跡の子だ。どのような経緯を辿ってあの体質を得るようになったか、もちろん私は把握している。しかし再現性はない。詳しいことは省くが、奴の覚醒は突然変異とでも言うべき偶発的な要因によるものだ。同じことを別の人間にやったところで、死ぬか、全く別の方向性の進化を遂げるだけだろう》


「人間を使う以外に、フォーケイナの棺と似たものを作ることはできないの?」


《100年研究期間を設けてくれたら、やれるかもしれん。数年以内に、というのなら不可能だな》


「じゃあ……。元の人間に戻す、という方向性だとどうなる?」


《フォーケイナの特殊体質を常人に戻すことで、プライム博士の計画を頓挫させる、ということだな? 結論から言えばそれは可能だ》


「え? 可能なの?」


《ここの研究所の設備を復旧させる必要がある。しかも、高確率で死ぬだろう。それに、フォーケイナを拉致して救い出すよりも実行難易度が高いだろうな》


「ああ……。一瞬でそれができるならともかく、連れ出して長期間の治療が必要なら、そうだね」


《治療というより、再改造だな》


「そっか……」


 メトは意気消沈した。やはり強引な手段しかないのだろうか。再び聖都へ赴き、フォーケイナを攫うしか方法がないのだろうか?


 ここでガイが、口を開いた。


「なあ、博士……」


《なんだ》


「プライム博士は、普通の人間なのか?」


《と、いうと?》


「簡単に殺せるか、と聞いている」


 メトはガイの顔を見た。思わず博士を握るその手に自分の手を重ねる。


「ガイ、何言ってるの?」


「確認だよ、メトちゃん」


「何の確認? プライム博士を殺そうとしているの? あなたが? ちょっと強くなったからって、調子乗ってるの?」


「その役目が回ってきたのかもしれない。俺はそう思ってるだけだよ」


 ガイは微笑んだ。メトは唖然とした。ディシアの肉体を手に入れて、その心境に変化が起こったというのか?


《……プライム博士は普通の人間だ。自らを改造するような危険を冒す人間ではない》


 博士が淡々と答える。


《だが、身辺は厳重に守りを固めているだろう。クマドの猟犬……、ジョット……、あるいはそれを上回る戦力によって》


「そうか」


 ガイは静かに頷いた。ガイが博士に尋ねたのはそれだけだった。メトはガイのその態度が不穏にしか感じられなかった。


 メトたちは研究所を後にすることにした。いつまでもここにはいられない。病院で待つゼロやレッドと合流して、この街を離れなければならない。


 次は何処へ行くべきか……。メトはまだ答えを持っていなかった。ただ分かるのは、まだメトは同じところに留まるという選択肢を持っていないということ。


 誰の手も届かないような遠く離れた地へ逃れるか、プライム博士やデイトラム聖王国との因縁を決着させるか。どちらを選択するのか。きっと後者しか選べない自分に気づきつつも、メトは想像してしまう。このまま逃げて、言葉の通じない異国の地でささやかな魔物退治稼業を営む自分の姿を。


 梯子を昇って、研究所の外へ出た。メトは少し離れた場所にある瓦礫の陰の人の気配に気づいた。


《メト》


「分かってる」


 メトは博士の警告に答えた。ガイが梯子を昇ってきたのを確認すると、研究所への扉を閉めた。


 研究所付近に複数の人の気配がある。ガイは気づかないと思っていたが、意外と彼は鋭敏だった。


「俺の体は、ディシア並みに再生する。メトちゃん、俺のことを庇う必要はないからな」


「分かった」


 メトは正面に立つ一人の男だけを見据えていた。クマドの猟犬の、アメド司祭。海上の戦いで決着がつかないままそれきりになっていた異形の男。とうとうここまでたどり着いたか。


「ここなら人目はない。アメド司祭、思い切りやろうか」


 アメド司祭はメトの堂々たる佇まいに少し驚いたようだった。それから部下に合図した。


「……殺すつもりでやりなさい」


 周囲から放たれる殺気が膨らんだ。メトは静かに抜剣した。





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