蘇る相棒(中編)
ディシアは魔物の器官を自由に生やすことができる。自らが巨大な魔物に変化することもできるし、その怪力や、毒性、特殊な能力を模倣することができる。
その真価を、ディシアは発現していた。ジョットは炎を纏い、巨大な魔物になったディシアを焼き尽くすが、次から次へと新たな魔物の腕や足が生え、再生を繰り返していた。新たな魔物の肉体が出てくるたびに、その耐性や特性が違う為、ジョットは攻撃方法を変えなくてはならなかった。
ジョットはディシアが作り出す魔物の肉体に即座に対応して繰り出す魔法も変えていた。大体が炎魔法だったが、それはレッドが常に氷魔法でジョットの足元を狙っていたからだろう。もし炎を常に出さないでいたら、あっという間に地面を凍り付かせ、動きを止めていたはずだ。
同じ炎魔法でも、炎の刃で引き裂いたり、爆発させたり、特殊な効果を付与させたりして、ディシアが繰り出す魔物の肉体に対処していた。
「なかなか器用な真似すんじゃねえかよ、ジョット! 昔のお前はもっと力任せだったのによお!」
ディシアが竜の貌のまま叫ぶ。既に彼女は原型がなかった。全身が燃え、切り裂かれ、魔物の胴体から腕が七、八本生え、得体の知れない毒液を噴出するそんな怪物が、今ではメトたちの味方だった。
ジョットは冷静に立ち回っていた。常にレッドの氷魔法を無効化するべく炎を纏いながら、ディシアを削りまくっている。その上でゼロの立ち位置を逐一確認し、そしてメトが接近すると距離を取ろうとする。
ゼロが雷魔法を撃った。一直線に伸びたそれはジョットの肩に直撃し、一瞬体勢が崩れた。ディシアが好機とばかりに覆いかぶさろうとする。
ジョットの纏う炎が更に燃え上がった。一瞬でディシアの全身に炎が回り、動きが止まった。ジョットがディシアに致命的な一撃を入れようと踏み込んでくる。
そこに立ち塞がったのはメトだった。博士を振るい牽制する。その牽制に全く臆することなく突っ込んでくる。ジョットの右腕を直刀の博士が切断したが一秒後には再生していた。凄まじい再生速度だった。
「メト。私を殺そうとしてくれていますね。これで心置きなく、きみを殺せる」
ジョットは無表情のまま言った。
「じゃあ、他の人間にはもう手を出さない?」
「しかし、こうなってくると、メト以外の人間も殺さなくてはならなくなりました……。このまま戦ってもいいのですが」
ジョットの躰が突然膨れ上がった。風船のように、破裂する寸前。メトは思わず身構えた。
《動きを止めるな!》
博士が叫ぶ。メトはすぐに判断を誤ったことを自覚した。さっさと突っ込むか、退くかすべきだった。
ジョットの躰が爆発した。全身に爆風を受け、メトは地面を転がった。
眩暈と共に起き上がると、既にジョットの再生は完了していた。既に炎を纏っていない。
振り返ると、レッドが爆風で吹き飛ばされていた。負傷してすぐに動けそうにない。ゼロは無事のようだった。頭を押さえながら立ち上がる。
ディシアは重傷だった。的がでかく、爆発の影響をもろに受けてしまったようだ。再生能力は健在だったが動きが鈍くなっていた。そこにジョットが近づく。
メトは走った。ディシアがいなくなれば、あの苛烈な攻撃を受け止める者がいなくなる。あっという間に全員がやられてしまうだろう。
「博士、二刀流で行く」
《ふん……、少しは上達したんだろうな?》
直刀と盾。盾はメトが操作する。ジョットが目を見開いた。そして光を放つ。光弾が無数に飛んでくるが、盾で弾き飛ばした。博士が槍、鞭、大鎌、大剣と、瞬きごとに変化する。そこにメトも盾を変形させて一気に突っ込んだ。
ジョットがさすがに距離を取って回避しようとする。そして次なる魔法を準備したところで、地面が盛り上がった。
地中から生えた魔物の腕。ディシアが時間をかけて仕込んでいた攻撃。ディシアが再生を完了して、メトに合わせて突進した。ここで終わらせるつもりのようだった。
ジョットは地中の腕を振り払おうとしたがそこに更にゼロの雷魔法がまとわりつき、動きが止まる。ジョットはここで空を仰いだ。
「さすがに、辛いですね……。魔法だけで対応するとなると」
ジョットの躰が再び燃え上がった。自分で自分を燃やした。メトは足を止めて、やや離れた位置から槍を突き入れた。
槍の先から融解していく。慌てて博士が変形して短くなった。メトは二つに分かれた博士を一つに戻した。
「なんだこれ……。燃えてる」
メトは呆然とした。手の出しようがない。ディシアもゼロも止まった。ひたすら燃え盛るジョットを見ていた。
《これはもしかすると……》
「博士?」
《意図的に自分を破壊している。肉体も、脳も》
「どうしてそんなことを……?」
《ジョットの実力はこんなものではない。まだ本気を出していないだけだと思っていたが、もしかすると出せなかったのかもしれない》
「どういうこと?」
《元々が、無理な動機だった。メトを殺したい。メトを殺したいからメトを挑発する。その挑発方法が、別の人間を殺すということだった。しかし別の人間を殺すのにも、本来は制限がかかっている。ジョットは自分の中でうまいことごまかしたつもりかもしれないが、実際には無理、矛盾が生じていた》
「それは……」
《制限を外そうとしているのかもしれない。気を付けろ、メト。よく見極めるんだ、奴の動きを――」
卒然、炎が消えた。全身が炭化し、まるで炭の柱だった。特に頭部は執拗なまでに炙られている。
「……潰すぜ」
ディシアが巨大な魔物の体を揺すりながら近づいた。彼女が一薙ぎして、バラバラにその炭の体が崩れ落ちるというのなら、こんな楽な話はない。しかし、メトにはそうなるとは思えなかった。
ディシアが繰り出した腕が、吹き飛んだ。ディシアは驚き、派手に転倒した。ジョットは脱皮するかのように炭の体を破り、中から新たな肉体を生み出した。
姿は以前と変わらないように見えた。濡れたように輝く銅色の髪が風になびき、ジョットは清々しそうな表情になっている。衣服を一瞬で創成し、肌にぴたりと寄せた。転がったディシアを一瞥する。
「ふぅー……。プライム博士の不殺の制約が復活するまで、10分ってところか。厄介な躰になっちまったもんだ」
その口調は、研究所時代のジョットのものでも、直前までのジョットのものでもなかった。また新しい人格が出来上がっている。メトは博士を握る手に汗をかいていた。野卑で凶暴な雰囲気が復活した気がする。
「ディシア、お前をぶっ殺すのは時間がかかる。だから戦いはまた今度だ」
ディシアはまだ立てない。肉体の再生がうまくいかないようだった。メトが一歩踏み出す。
「……何をするつもり?」
「ああ? お前、メトか。やることなんて決まってるだろう。虐殺だ」
ジョットの体が浮き上がった。
「一人でも多く殺す。それが俺の目的だ。プライム博士が俺に厄介な縛りを設けやがった。だからこれから10分しか自由に人を殺せねえんだ。酷い話だと思わないか?」
「ふ、ふざけるな! 何が目的で人を殺すっていうんだ!」
ジョットは憐みの表情でメトを見下ろした。
「仮に、お前が満足に歩けない体になったとして――10分だけ歩けるようになったら、特に目的はなくとも、その辺を歩いて回るだろう? それと同じだ」
ぞっとした。思考が普通ではない。人殺しを何とも思っていない。この男は口にしたことをあっさり実行する非情さがある。
「なんなんだよ、お前……! なんなんだよ!」
「お前らはしぶとそうだから、相手したくねえんだよ。またの機会にな。しかし、この辺は人の気配がほとんどねえな。俺から逃げようとしてるのが何十人かいるっぽいけど、そいつらを追うしかねえか」
避難した村人を追いかけようというのか。メトは博士を振りかぶってディシアに詰め寄ったが、彼はふわりと宙に浮いてかわした。そのまま飛び去ろうとしている。
逃がしたら惨劇が起きる。メトは叫んだ。急いで追わなければ! ガイやシャキアに危険を報せないと!
「ちっ……、乗れ」
ディシアが魔物の体を分離し、いつもの少女の姿になっていた。小さな翼を生やしている。汗だくで、疲弊した様子だった。
「ディシア! 大丈夫なの」
「ジョットの奴が、あたしの体に何か細工したようだ。魔物の器官がうまく作れねえ……。癪だからあの野郎ぶっ殺してやる。お前も来るんだよ、早く!」
メトはディシアの背中に乗った。二人の体格は似たり寄ったりなので、ほとんど肩車みたいな体勢になる。ディシアが翼をはばたかせると、風の魔法と併用し、空を飛んだ。
先行するジョットを空から追いかける。ジョットが後方をちらりと振り返った。そして急に下降する。
《ガイだ》
博士が言う。
《ガイのいる地点だ。村人を十人ほど先導している》
「危険を報せてあげて!」
《とっくにやってるよ》
爆発。ジョットが下降した地点から爆風が発生する。ディシアが体勢を崩した。飛行を維持できない。
「ごめん!」
メトはディシアの背中を蹴って跳躍した。そして爆発の中心部にそのまま突っ込む。
煙の中、視界が利かない。着地と同時に構えた。
「ガイ! 返事をして! ガイ!」
メトは叫んだ。すると村人たちの悲鳴が聞こえてきた。逃げ惑う足音もする。その音を頼りに突っ込んだ。
すると煙の中で突然、ジョットの姿が見えた。メトは一切躊躇することなく博士を振るった。ジョットの首が飛んだが、触手が断面から生えて、引き戻した。すぐに接合する。
「今更だけど、不死身かよ……!」
メトは呻いた。ジョットは鬱陶しそうに腕を払った。
「俺はこれから人を殺しまくるんだよ。もう時間がない。邪魔するな」
ジョットが生み出した風圧で、近くの煙が一瞬だけ晴れた。メトは見た。ジョットの背後から襲い掛かるディシアの巨大な鉤爪を。
ジョットの背中に深々と突き刺さった鉤爪から、毒液が噴射される。ボコボコとジョットの肉体が変形した。毒液による腐食と肉体の再生がせめぎ合っているようだった。
ジョットは振り向きディシアを睨んだ。鉤爪を力ずくで引き抜く。
「ふー……、殺したという実感が湧かないから、こういうのは好きじゃねえんだが、お前相手なら仕方ないな」
ディシアの体が吹き飛んだ。いったいどんな攻撃なのか、メトには見えなかった。上半身と下半身が分離し、ディシアは血を吐きながら地面に転がった。やはり再生がうまくいかないようで、ひたすら呻いている。
メトはここで躊躇してしまった。自分も、この男に挑んだところで、同じように吹き飛ばされるだけではないのか。ジョットはそんなメトを見透かして、村人たちのほうへと飛ぼうとした。
「待て!」
そう言ったのはメトではなかった。
ガイ。
ジョットの正面から魔法を構えている。その決死の表情が、メトにはあまりにも恐ろしく見えた。けして彼が退くことはないと分かってしまったから。
メトの頭の中が真っ白になった。
「やめろ、ガイ! 逃げろ! 逃げてくれ!」
ジョットはガイのことを全く意に介さなかった。地面すれすれを飛行する。ガイが放った火球魔法を、弾くことも避けることもせず、ただ食らった。その魔法はジョットに何の影響も与えなかった。
ジョットは先ほどと同じことを繰り返した。ディシアを破壊したように、ガイも破壊した。
ガイが吹き飛ばされた。地面を転がったガイには上半身しかなかった。下半身が跡形もなく消し飛び、臓物と大量の体液が見えたところで、メトの頭は目の前の光景の理解を拒んだ。
「ガ……、イ?」
メトの世界は急速に狭まった。ジョットも、ディシアも、周辺の地形も、爆発によって生じた煙も、全てがメトの頭の中から消え去った。今見えているのは即死したガイの昏い瞳だけだった。
認めたくなかった。
息ができなかった。
涙も出なかった。
ただ茫然と、もう二度と光を宿すことのないガイの瞳を見つめていた。




