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帰郷(後編)


 

 ドゥラ街道を順調に進んでいく。魔物と遭遇することが度々あったが、メトだけではなくゼロも戦えるし、魔物狩りの経験豊富なレッドは貴重な戦力だった。ガイも戦えなくはない。


 それに、これまで戦ってきた凶悪な魔物や、クマドの猟犬といった強敵と比べれば、大した相手ではなかった。メトたちは無傷で街道を移動することができた。


 しかし派手に魔物を狩り過ぎた。そもそも魔物を配置しているのはドゥラの商人たちだ。いったい幾つの派閥に分かれて対立しているのか知らないが、彼らが手を組んでメトを共通敵とみなした瞬間、倒された魔物の情報を共有して、その足跡をたどることは簡単なはずだった。


 そしていよいよそのときが来た。危険を察知した一行は街道から外れて荒れ果てた山野を進んでいたが、前方と後方、両方から魔物の群れが近づくのに気付いた。


「正直言うと、人間の追手よりも気が楽ですよ」


 レッドは言う。メトは深く頷いた。


「同感。傭兵を繰り出されたほうが対応に困る。やり過ぎると殺しちゃうし」


「私が魔物の足を止めます。とどめはお任せしてよろしいでしょうか」


「任された」


 レッドが走り出す。前方から現れたのは魔物四体――いずれも図体ばかりでかい鈍重な魔物で、レッドが地面に手を当てて氷魔法を繰り出す。その威力はすさまじく、周辺の植物もろとも一瞬で氷漬けにした。


 魔物は魔法への耐性があり、全身が凍ることはなかった。しかし動きが鈍くなったところで、メトが突進する。心臓の位置を的確に見抜き、槍を突き入れた。


 四体の巨大な魔物を倒すのに、一分とかからなかった。二人はすぐさま後方の魔物を仕留めようと引き返したが、既にゼロが二体の魔物を殺害していた。ゼロもまた、フォーケイナの棺によって増設された心臓の位置を把握できるようだった。


 斬殺された魔物は早くも風化し始めていた。切断された箇所から白いモヤのようなものが噴き上がり、肉体が溶けていく。ゼロの使う魔法による効果だろう。普通はこうはならない。


「やるね、ゼロ。ガイ、彼女の戦闘はどうだった?」


 ガイは何度か瞬きしてから、曖昧に頷いた。


「あ、ああ。正直、俺には何が起こったのか……」


「ゼロは、この世界に存在するありとあらゆる能力を抽出させられたはずだ。デイトラム聖王国の実験室にいる間に、自分で有用な能力を選んで、身に着けているはず。ゼロが一体どれくらいの数の能力を内に秘めているのかは、知らないけれど」


 レッドはそれを興味深そうに聞いていた。


「そんなことが……。詳しく聞きたいところですが、まだ敵襲は終わっていないようですね」


 木陰の奥から、一人の男が姿を現した。明らかに武人といった感じではない。でっぷりと肥えた腹を抱えた、裕福そうな男だった。


「……あんた、誰?」


 メトが訊ねると、男は余裕そうに体を揺すり上げて笑った。


「結構、結構! 貴殿らの実力、しかと見届けた!」


「はあ?」


「強化された魔物を六体、瞬く間もなく平らげるとは。噂以上の実力である。感心感心」


「勝手に感心されても困るけど……。あんた誰? この質問、二回目ね」


「失礼。ドゥラ商会の人間、とだけ名乗っておこう。メト」


「ああ、そう……。それ以外ないよね。で、私たちに何か用? デイトラム聖王国に引き渡す、とか言い出すなら殺すよ」


「そう凄むな。メト、貴殿の情報は非常に少ないが、その人となり、むやみに人を傷つけるような人間ではないと聞き及んでいる。無理するな」


 メトは仏頂面になったが、少し褒められたような気がして、悪い気分ではなかった。しかし軽んじられている、とも感じた。


「……で、何の用? これも二回目の質問」


「メト。貴殿の出身村……。ルーファという名前の村長がいるな」


 思わぬ発言に、メトの思考が真っ白になった。隣でのんびり話を聞いていたガイとレッドが、不穏な空気を感じ取って商人ににじり寄った。


 商人は両手を突き出して二人を制した。


「待て! 私はメトと話しておる。取り返しのつかないことになっても知らんぞ」


「取り返しのつかないこと、とは?」


 メトは尋ねた。自然と姿勢を低くしていた。さすがに商人は危機感を覚えたのか、一歩退いた。袖で額の汗を拭う。


「ふむ。言っておくが、私は貴殿と協力したくてここまで来たのだよ……。それも護衛もつけず、単身でね」


「はあ」


「敬意の現れだ。その強さ、海内かいだい無双である。一つ、頼まれ事があってな」


「うん」


「ドゥラ街道には、見ての通り、無数の魔物が潜伏しておる。ドゥラ商会は秘密の手段により、その被害を劇的に抑えているが、いずれは制御できなくなるだろう。そこでメトに、魔物退治を依頼したい――」


「取り繕う必要はないよ。フォーケイナの棺で魔物を操作しているんでしょ。それで魔物を使って、戦争ごっこをしている。互いの政敵を暗殺し合っているわけだ。最近はそれをおおっぴらにやっているようだけれど」


「ふむ……、少し実情と違うが、まあおおむね合っている。我々はこの現状に憂慮している。魔物を制御するこの秘薬は、人類にとって素晴らしい恩恵をもたらすはずが、今では殺し合いの道具でしかない。間違っているとは思わないか?」


「あんたはさ」


 メトは一歩、近寄った。商人は作り笑いを浮かべた。


「なんだ?」


「この、フォーケイナの棺が、どういう手段で造られたか、知っているのか?」


「も、もちろん……」


「間違っているのはこの秘薬の存在そのものだ。私はこれをなくすために行動している。そんな私があんたに協力するとでも?」


「もう、止められんさ」


 商人はにやにや笑っている。


「どういう手段かは知らないが、フォーケイナの棺は日に日に流通量が増している。量産体制が整ったわけだな。この流通を止めることはできない。そしてフォーケイナはデイトラム聖王国の精鋭部隊が堅く守っている」


「……確かに、そうだ。フォーケイナ自身も、協力しているのだから、普通は止まらない。たぶん、人類はこの後、この秘薬と付き合って生きていかなくちゃいけないんだろう」


「分かっているのなら……」


「気に食わないんだよ。呪われているんだ、こんな世界。フォーケイナの犠牲の上に人類の平和と繁栄が成り立ったとして、それに価値を見出せないんだよ、私は」


「何を……」


「本当に私が叩き折るべきは……。博士じゃなくて」


 メトは更に一歩、踏み込んだ。商人は気圧されて、尻餅をついた。その出っ張った腹のせいで、すぐに立ち上がることができないようだ。


「て、手を出すのか!? この私に!」


「いや。……さっき、あんた、ルーファさんの名前を出したよね。その意図を聞こうか」


「わ、我々は既に掌握しているんだ。あの村の近くに、魔物の生息地がある。どういう意味か、分かるか!?」


「分からないな。是非、聞かせてよ」


「既に魔物には秘薬を食わせている! あとは魔術師が命令を下せば、如何様にも動く! 貴様は村に捨てられた存在のようだが、ルーファには多少の情が残っているようだ! だ、だから……」


「脅しているつもりなのか?」


「あぁ?」


「脅しってのはこうやるもんじゃないのか?」


 メトは博士を長剣に変え、商人の喉元に近づけた。商人は硬直し、それからぶるぶる震えだした。


「や、やめろ!」


「いくら何でも迂闊過ぎないか? たった一人で、脅しに来るなんて……。どうせあんたの上にはまだ誰か控えているんだろう? あんたの生首をそこに届けさせるから、届け先の住所を言いなよ」


「できるわけがない! 小娘が!」


「普通ならできないよ。でも、村の人たちを殺す、と脅されたのなら、どうしたって天秤にかけざるを得ない。村の人たちの命と、あんたたちの命と」


「お前を捨てた村だろうが! 庇う意味はあるのか?」


 メトは吹き出した。この商人は錯乱しているようだ。


「何言ってるの? ルーファさんたちを人質に取ったのはあんたたちだろ? 庇う価値があると思ったから人質に選んだんじゃないの?」


「あ、ああ……」


 商人はしばらく黙り込んだ。それから首を振った。


「わ、忘れてくれ……。村には手を出さない。その代わり、カネを出す。魔物を駆除する手伝いをしてくれ」


 この期に及んでまだ交渉を続けようとする商人に、メトは感心した。剣を引く。


「断る。言っとくけど、私の村に手を出したら許さないから」


「しかし……」


「交渉終わり。これ以上言うことはないかなあ。うーん、一つあった。バーカ。じゃあね」


 メトは博士を鞘に収納し、歩き出した。商人は呆然と地面に腰かけたままだった。ガイ、ゼロ、レッドもついてくる。


 メトはしばらく無言で歩き続けた。目的地のタングスまでは近い。一行も、しばらく無言だった。


 やがてレッドが小走りになり、メトの前に立ちふさがった。


「……レッドさん?」


「メトさん。よろしければ、メトさんの生まれ故郷に立ち寄りませんか」


「え?」


「心配でしょう。先ほどの商人の一派だけではなく、他の派閥の商人も、メトさんの情報は手に入れているはず。何かちょっかいを出してくる可能性はあります」


「でも……」


 メトは言いかけたが、ガイとゼロが静かに頷いたのを見て、自分の中で考えをまとめた。


「……ありがとう。レッドさん、あなた優しいね」


「いえ。少女の泣きそうな顔を見て、放っておけないなと思っただけです」


「……え? 泣きそうだった、私?」


 メトに自覚は全くなかった。緩く笑った後、メトは決然と言った。


「……ごめん、タングスに向かう前に、帰郷するよ。最近帰ったばかりだけどね……。村の人たちに一言、警告する。前に戻ったときは、ろくに会話もできなかったし」


「それがいいです。ねえ、ガイ先生、ゼロさん?」


 レッドが微笑みかけた。四人はいよいよ街道から大きく外れ、メトが幼い頃まで住んでいた村へと足を向けた。








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