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帰郷(中編)



 鉱山の街ガンヴィにはレッド率いる魔物討伐ギルド“大戦廻”がある。一時期お世話になっていたし、挨拶くらいはすべきだろうとメトは思ったが、ガンヴィは今、少し浮足立っていた。


 隣村の騒ぎがこちらにも影響したのだろうかと思ったがそうではなかった。赤い鎧装備で統一された一団が、街の中央通りを陣取っている。そればかりではなくガンヴィの要所を面相の悪い兵士たちが占拠し、住民や旅人を威嚇している。


「なんだ、あれは……」


 メトは唖然とした。ガイとゼロもワケが分からないようだった。住民に尋ねても、彼らが何者なのかいまいち把握していないようだった。昨日、姿を現して、特定の人間を連れ去って乱暴を働いたが、一般市民には危害を加えていないので最低限の規律はあるようだった。


 メトたちはガンヴィの入り口まで来たが、住民の忠告もあって立ち寄るのは危険だと判断し、そのまま立ち去った。ガンヴィから少し離れた街道の木陰で、弁当を行儀の良い姿勢で食べている女がいた。


 それはレッドだった。久しぶりに会ったが以前と変わらず美しいままだった。銀髪に黒装束の彼女は神秘的な雰囲気を纏っていたが、快晴の下だと風景に浮いて見えた。ちょうど弁当を食べ終わった彼女は、メトたちに手招きした。まるで三人が現れることを予期していたようだった。


「予期していました」


 レッドは言い、三人を座らせた。ちょうど三人分の日陰があったのも、彼女の計算通りだったのだろうか。


「お久しぶりです、ガイ先生、メトさん。そしてそこの方は、もしやゼロさん?」


「知ってるの」


「ガンヴィを占拠している者どもが、御三方を探しているようなのです。ついでに、フォーケイナの棺の流通に関わっている者を捕縛して尋問しているようです。私も、大口の購入者なので、こうして避難しているのですが」


 レッドは自分の手首を切る仕草をした。彼女はフォーケイナの棺を大量に摂取したおかげで、多数の戦闘技能を獲得し、再生能力も得ている。ギルドの頂点に立っているのも納得の強さのはずだ。


「連中は何者なの?」


「ドゥラの商人に雇われた傭兵……、だと思います。彼らもわざわざ名乗りはしませんが、北方の紛争地域で名を挙げているストーム傭兵団の持つ特徴と合致するという話もあります」


「ストーム傭兵団……。聞いたことないなあ。ガイはある?」


 ガイは疲れた様子で、首を振った。


「ない。俺も詳しくはないし……。ドゥラの商人はいったいどうしてフォーケイナの棺に執心しているんだ」


「これは、私の想像の域を超えませんが」


 レッドは声を低くして言う。メトたちは少し耳を近づけた。


「――彼らはフォーケイナの棺の流通網を掌握しようとしているのだと思います。これから莫大な富を築くことのできる商材だと踏んだのでしょう」


「それだけ?」


「こんな話を聞きました。フォーケイナの棺を使えば、魔物を飼い馴らすことができると」


「その話、おおやけになってるんだ……。事実だよ、それ」


「そうですか。魔物を操作できるのなら、商取引の輸送費コスト削減が進むでしょうね。魔物の襲撃に備えて護衛を雇う必要がなくなります。むしろ、魔物を護衛代わりに使えます。また、魔物を兵隊として運用すれば戦争における革新が起きるでしょう。魔物をそのまま戦わせるも良し、機動性の高い魔物を駆って空中や海上を制するも良し。魔物の種によっては、愛玩用に使われるかも……」


「確かに、そんな使い方もあるだろうね」


「人間の能力を伸ばすだけではなく、魔物を支配することもできるとなれば、その利用価値は計り知れません。商品として売るだけではなく、使う側に立ちたい、というのがドゥラ商会の思惑でしょうね」


「みんな使えるようになったら、優位性なんて生まれないからね。独占しようって魂胆か」


「ええ。世の中に流通してからでは遅いですから、今の内に大規模な作戦に出たようです」


「でも、それだと私たち三人を探している理由がよく分からないね」


「仕入れ先との関係ではないでしょうか」


「仕入れ先? フォーケイナってこと?」


「つまり、フォーケイナさんを管理している人間にメトさんやガイ先生を献上すれば覚えが良くなる、といった思考かと……。あるいは正式な要請があったのかもしれませんが」


「ふうん……。まあ連中に捕まらなければいい話か。レッドさんはどうするの?」


「私はしばらく街には戻れないですね。ギルドは私がいなくともうまく回るでしょうが……。フォーケイナの棺で魔物を支配する時代が来たら、魔物討伐ギルドに仕事はなくなりますね」


「そうはならないよ」


 メトは言った。レッドが意外そうに眉を持ち上げる。


「……メトさん?」


「そうはさせない。フォーケイナはいつか解放してみせる」


 決然として言ったメトに、レッドは笑いかけた。


「……髪をお切りになったからでしょうか、メトさん、前よりも凛々しくなったように見えます」


「え? そうかな」


「以前は、どこか厭世的でした。いつ自分が死んでもいいと考えているかのような……」


「そんなことないけどな。でも、確かに、目的はふんわりしてたかも」


「……もしドゥラ街道を通って行かれるのなら、ストーム傭兵団との接触は避けられないでしょう。メトさんたちならば後れを取ることはないでしょうが、我々魔物退治屋からすれば人間相手の戦いはやりづらいもの。……そこでどうでしょう」


「ん? なに?」


「メトさんたちには恩もあります。ドゥラの勢力圏から離れるまで、私を雇いませんか?」


 メトとガイは顔を見合わせた。


「……いや、レッドさんを巻き込むわけには……。って、レッドさんも狙われてるかもしれないんだっけ」


「ええ。実を言いますと、ギルドの部下たちからはこの街を離れるように説得されていましてね。どうせ姿を隠すなら、お尋ね者になっているメトさんたちと一緒に行動するのが、自分にとっても都合が良いと思ったのです」


「それで、わざわざ待ってたんだ……。レッドさんほどの実力者なら、一人でも逃げられると思うけどな」


「どうでしょうね。私が得られた力は所詮、与えられたもの。他の人間も同じように強化されている可能性もあるわけですし」


「私はいいけど……。ガイ師匠とゼロはどう?」


 ガイは頷いた。ゼロは無反応だったがさっきからじっとレッドのことを見ていた。あまり反対しているという雰囲気はない。


「俺は構わない。最近まで大所帯だったのに、一気に数が減ってしまったからね。味方が増えるのが良いことだ」


 四人は木陰から出て、街道を進み始めた。街道では時折人とすれ違ったが、旅人や商人以外にも、武装した部隊を頻繁に見た。そういうときは街道から外れて姿を隠すようにした。幸い、感知能力や遠視では博士に優る者はいなかったし、レッドも相当に敏感だった。


 ドゥラ街道は長大で、途中で幾つかに分岐する。レッド先導のもと、人通りの多い区間を避け、目的地であるタングスへと向かった。


 三日間ほど、野宿を繰り返して、平穏に旅を続けた。幸いにもストーム傭兵団の警戒網には引っ掛からなかった。


「平和だね」


 メトは大きく伸びをしながら言った。しかしそれまでにこにこしていたレッドが、急に険しい顔になった。


「え、ごめん、油断しちゃ駄目だった?」


「いえ。異臭がします」


 レッドは五感も強化されているようだった。いかにも嗅覚が鋭そうなガイも気づかないほど微細な臭いをかぎ取った。


《……レッドの言う通りだ。近くに死体があるな》


「死体……」


 四人は街道を慎重に進んだ。すると街道脇の窪地に、破壊された馬車と、数人の腐乱死体が転がっていた。死後数日経っている。メトは近くに寄っていく気力が起きなかった。


「魔物に殺されたのかな」


 メトが言うと、レッドは頷いた。そして彼女は死体にずんずん近づいていく。


「……そのようですね。獣が死骸を食い荒らさないところを見ると、魔物の毒が強烈に残っているのでしょう」


「まったく……。傭兵団を幅広く展開しているのに。魔物駆除くらいできないのかな」


「いえ。これは純粋な魔物被害というより、魔物を使った殺人とみるほうが正しいかと」


「え?」


「以前、ドゥラ街道で、大規模な魔物被害が出たことがありました。旅の僧侶と、それから獣人の魔物退治屋の活躍で鎮圧されるまで、甚大な被害を出し続けたものです」


「……もしかしてガドレガと私たちが退治した、あの……」


「そうですね。あの魔物たちも、フォーケイナの棺で操作された可能性があると考えられているんです」


 メトは頷いた。ドゥラ街道で退治した魔物はフォーケイナの棺が与えられ、再生能力を得ていた。


「魔物は特定の人間だけを襲うように指示されていた。被害が出ていたのは商人ばかりで、旅人や宿場町の人間の被害はさほどでもなかった。私の考えでは、ドゥラの商人同士、敵対する者を襲うように魔物を調教していた。ドゥラの勢力図は知りませんが、一枚岩というわけでもないでしょう」


「商人同士の殺し合い……。魔物を使った暗殺合戦ってことか」


 メトはうんざりした。フォーケイナの棺が世の中に大量に出回ることになれば、こんなことが世界中で頻発するのだろう。やはりフォーケイナの棺で理想の世界を作ることはできない。プライム博士はこの現状を見てどんな感想を抱くだろうか?


《メト……。近くに魔物がいるがどうする?》


 博士が言う。メトは振り向いた。目線に気づいたレッドが、目を見開く。


「……いますね、魔物。戦いますか」


「商人の手駒なんでしょ? なんだかしょうもない戦いに巻き込まれている気がして、うんざりするな」


 しかし食料を調達しておくのは大事だ。メトはディシアから貰った魔物肉を最後に絶食していた。


「……皆は先に行ってて。私が一人で片づけておく」


 メトは歩き出した。レッドは唖然とした。


「いえ、協力させてください。せっかく一緒に行動しているんですから」


「まあまあ」


 ガイがレッドの腕を掴む。メトは軽く頷いてガイに謝意を示した。


 街道からかなり離れた位置の茂みに、その魔物はいた。標的となる商人が街道を通りかかるまで、ここを寝床にして待機しているようだった。メトが近づくと威嚇するように尾を振った。ワニに似た魔物で、鱗が赤黒く、分厚い。巨大な牙と爪は黒く変色しており、もしかすると人間の血かもしれない。


 メトは博士を振った。斬り応えのありそうな敵だった。それまで背を向けて眠っていたワニは素早く方向転換しメトを正面から見据えた。巨大なワニと、メトの目線が、ちょうど同じ高さにある。


 睨み合った。そうしている間にもメトは歩み続けていた。間合いがどんどんなくなっていく。


 ワニが地を這う。想像以上に素早く、それを見たメトは跳躍した。


 ワニの尾が空中のメトを撃ち落とすべく振り回される。


 尾を素手で掴んだ。ワニの動きが一瞬止まった。驚いたようだ。


 博士を尾に突き入れる。易々と尾が裂け、ワニは尾を左右に振ってメトを吹き飛ばそうとした。


 食らいつく。メトは地面に足を着くなり、思い切り力を込めて尾を握り込み、ワニをぶん投げた。


「例によって、心臓は複数あるの?」


《二つだ。雑魚だな》


 ワニが空中で手足をばたばたさせている。メトは博士が指示した箇所に正確に槍を突き入れた。心臓が的確に破壊され、ワニは空中で既に動かなくなった。


 派手に地面に落ちたワニの肉を、メトは早速解体し始めた。その場で生肉を頬張り、腹いっぱいになった。それから持てるだけ肉を保存袋に入れた。


 もちろん魔物の肉は大量に余った。このままこの地に捨て置くことになる。メトは魔物の死骸の上に腰かけた。


《……どうした? 戻らないのか?》


「仮に博士が、本物のプライム博士を超えて、第二のフォーケイナの棺を開発できたとして……。それでフォーケイナを解放できたとして……。この世界はどうなるのかな」


《いきなりどうした》


「魔物を征服できたとしても、魔物に怯える生活は終わらない。むしろ、人間の意志で魔物が動くようになれば、被害が増えるような気がしてならないんだよね」


《……そうかもな。だが、魔物という人間の天敵が、フォーケイナの棺によって、剣や銃といった数ある武器の内の一つへと数えられるようになるわけだ。人間にとって魔物がどういう存在であろうとも、人間同士の戦いが終わることはない。ならば魔物を管理下に置けるようになる意義は十分に存在すると私は考えるが》


「……そりゃ博士はそう言うよね。ろくでなしだもん」


 メトの言葉に、博士は怒るわけでも呆れるわけでもなく、ただ黙った。メトは魔物を茂みの中に放り込み、火をつけた。茂みごとそれはよく燃えた。





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